二十六話
最近、殺しをやっていない。一応、体は鍛えているが。なんと平和ボケした日々だろう、父様に見られたら叱咤されるに違いない。
しかし、今の依頼は私をアーンさせて、うら若き乙女を辱しめた、あのにっくき魔王をぶち殺すこどだ。別に、依頼でもないのに殺す必要はないと思う。
元々、この仕事は好きでやっているわけじゃないし。家業だから、仕方ないと割り切ってやってきた。まさか、魔王退治まで依頼されるとは思わなかったけど。
私は今、部屋で休んでいた。時々、魔王にアーンされるという、屈辱を受けたことを思い出しては、広いベッドの上で恥ずかしさに悶えている。イモムシのように寝転がったまま、うねうねと体を動かしてみたり、顔を両手で覆ってゴロンゴロン転がってみたり。ゴロンゴロン転がっていたら、勢いよくそのままベッドから転げ落ちた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……。あの、あの魔王がぁ~! 私のようなうら若き乙女を辱しめてニヤニヤしているなんて、流石は極悪非道と呼ばれる魔王!」
ベッドから転げ落ちた体制のまま、私はくわっと目を開いて叫ぶ。静かに部屋に入るビーちゃんが、呆れたように半目で私を見る。
「自分でうら若き乙女とか言いますか、普通。辱しめたとか、大げさですねぇ」
「ひどい! 私の初体験を返して! それから、ビーちゃん、初めて会った時と態度がだいぶ違う」
「初体験て……うら若き乙女ならそんな恥ずかしい言葉叫ぶんじゃありません。あと、態度が変わったのは、こより様も同じでは?」
私のことをこよりこよりと呼ぶ魔王を見て、私専属のメイドになったビーちゃんも私の本名で呼ぶようになった。
あれからわかったことだが、魔王が私の名前を知っていたのは、ユズキさんから幼い頃聞かされていたかららしい。ユズキさんは、生んですぐに父様と一緒に元の世界へ送った私のことが気がかりだったようで、当然大王には胸の内は打ち明けれない。消去法で、幼い魔王にコッソリと打ち明けていたそうだ。
だから、街中で黒髪に金色の瞳の私を見て、すぐに私がこよりだとわかったらしい。
ひっくり返ってぐちぐち言う私を起こし、さっきまでの半目とはうってかわって、メイドの目になる。
「シャキッとしてください、あなたはこれから魔王様の妃になるんですよ」
「そんなん了承してないし……」
「あ、魔王様からの言伝です。もし、元妃候補が命を狙ってきたら、殺しても構わない。俺からの依頼だ、だそうてす」
人の話、聞けよ。そうなのである。魔王が私を妃にして、今の妃候補は全員要らんとぶっ飛んだ宣言をしてから、私は何かにつけてもうすぐ魔王の妃になるんだぞと言われる。
待て待て待て、肝心のオッケー出してないぞ、私。そんな突っ込みは、魔物のビーちゃんにも届かないようだ。なんなの? 魔物は都合のいいことしか聞こえない耳してるの? そら便利でようござんした。
私は立ち上がってスカートを軽く払う。そもそも、呑気に魔王城にいるから、トントン拍子で話が勝手に進んでいくのだ。早々に城を出ねば。戦略的撤退とも言える。そうと決めたら即実行。
体がダルいので寝ると言えば、ビーちゃんは一礼して部屋を出ていった。さて、と。窓の外を見る。高さは大体三階分ぐらいの高さ。壁を伝って降りることにしよう。
しかし、問題は外の邪気である。地表からわき出る邪気は、人間や植物に害がある。魔物達は平気らしいのだが。私は、逃げ出す時用に隠し持っていたごついマスクを装着し、異世界にきた時と同じ格好に着替え、窓を開けて、そろそろと壁の出っ張りに手と足をかけて降りる。
外で見張りをしている衛兵に見つからないように、気配を殺して素早く移動。城下町へ出た。
さぁ、城から出たのはいいけど、これからどうしよう。城下町は、意外や意外、賑わっていた。歩いているのが獣の擬人化した奴とか、角が生えた奴らじゃなきゃ、普通の町と変わらない。
ポツポツと、私と同じようにごついマスクをつけた、若い女の人を見かける。ああいう人が、子供を生ませるためにさらわれてきた若い女の人か。しかし、そういう女の人は大体二十代ぐらいで、見た目小学生の私は流石に目立つ。
じろじろと見られることに耐えきれず、私は路地裏へ逃げ込んだ。薄暗い路地裏を歩いて行くと、後ろに気配を感じたので、咄嗟に飛び退く。私が立っていた場所が、巨大な金づちによって割られていた。見ると、そこに立っていたのは、シャルルだった。
「うふふ、避けられてしまったわ。次こそは、あなたの頭をかち割って差し上げます。まさか、妃候補どころか、魔王様直々に妃に選ばれるだなんて……お陰で、私、お払い箱ですの。こんなにも魔王様を愛しているというのに、どうして伝わないのでしょう?」
こてん、と心底不思議そうに可愛らしく首をかしげるシャルル。……うん、今すっごいデジャヴ感じた。魔王よ、私よりシャルルのほうが気が合うんじゃないかな。




