二十五話
部屋に入る時、食事を運んでくる時、目の前に並べる時、一々メイドが本気で睨んでくるの、ホントに止めてほしい。気に食わないの、充分にわかってるよ。私だって、好き好んで魔王と同じ空気吸いながら、メイドに睨まれて気まずい思いして、食事をとっているわけじゃないのだ。
勿論、隙あらば魔王の首の骨を折るのを狙っているが、だからといって、この状況は私が望んだものではない。よく見ろメイドよ、あの緩んだ表情の魔王を。全て魔王のワガママによって起こっているのだ!
魔王も魔王で、上機嫌で呑気に食べてないでメイドが睨んでいることに気づいてよ。私はずっと睨まれているせいで、食が進まないよ。
肉をナイフで、一口サイズに切り分ける。フォークで一口サイズの肉を突き刺し、口に運び、よく噛んで飲み込むが、喉にうまく通らない。水で、強引に流し込んだ。サラダ多めの食事を終え、ナプキンで口元を拭う。
「相変わらず食が細いな。フルーツでも、食うか?」
「誰のせいで食べれないと思って……。何でもありません、フルーツ、食べます」
私の呪いを込めた言葉も、自由な魔王の耳には届かない。耳にシャッターでもおりているのだろうか。しかし、フルーツに罪はない。遠慮なくお言葉に甘える。
皮を綺麗に剥かれ、一口サイズに切り分けられて運ばれてきたのは、桃だ。ほのかに甘い匂いが、鼻孔をくすぐる。
桃は、奇しくも私と魔王の大好物。桃が運ばれてくると、魔王は目を輝かせる。魔王は、なぜか桃の乗せられた皿を持って席を立ち、私のほうへ歩いてくる。不思議に思っていると、魔王は私の隣に立ち、フォークで桃を突き刺した。
そしてそのままーー私の口元へ。メイドが、視線で私を殺しそうな勢いで睨んでくるけど、それどころじゃない。
「あ、の……?」
「アーンしろ。この俺が特別に食べさせてやる」
あ、アーンて……。絶句する。相手が恋人でも、私はする気などないよ! だって、恥ずかしすぎる。アーンとか、私のキャラじゃない。
手足縛られて、何日も食事をとっていない状況で、空腹に堪えきれずに口元へ運ばれて、ようやく口を開くレベル。そのぐらいの恥ずかしさ。しかし、口元にあるのは、大好物の桃。滅多に食べられない貴重な桃なのだ。こ、これは……。
「どうした、早くしろ」
「いや……。ええと、あ、アーンは流石に……」
「なぜだ」
心底不思議そうな顔で首をかしげる魔王に、頭が痛い。なぜだって、あなたねぇ……! こ、この乙女の羞恥心が、理解できないと言うのか。
「は」
「は?」
「恥ずかしい、です……」
顔を両手で覆い隠して小さな声で訴えれば、しばし沈黙。
「恥ずかしい……そうか、恥ずかしいのか」
いやー、聞きたくない。聞きたくなかった。魔王の、実に楽しそうなこの声! 嫌な予感がする。すごく嫌な予感がする。
「アーンしなければ、桃はすべて俺が食うぞ」
顔を覆い隠していた両手をそろそろと離して、魔王の顔を見れば、新しいオモチャを手に入れた子供のように、楽しそうに笑っていた。それはもう、実に楽しそうに。
あの目は本気だ。私がここでアーンしなければ、桃はすべて魔王の腹の中に……!
「アーンして食べるなら、俺の分の桃もくれてやる」
なん、だと……!? くわっと、目を見開く。桃が、すべて私の腹の中に、入ると……! 魔王は今、確かにそう言った。私の耳が、しかと聞いた。じっと魔王の瞳を見つめる。
魔王は、私の考えたことを察したのか、ニヤリと不敵に笑う。
「ウソじゃないぞ」
「本気ですか」
「ああ、本気だ。こよりにアーンできるなら、大好物をくれてやる」
ほれ、早くしろ。と魔王が桃を押し付けてくる。私は、羞恥心で震える唇を、ゆっくりと開く。魔王が、勝ち誇った笑みを浮かべた。
焦らすように、ニヤニヤしながら桃を口の中へ入れる。口の中の桃を噛むと、果汁がじゅわっと溢れ出す。
お、おいしい……! 幸せ。
あれ? そういえば、全然関係ないけど……何で魔王、私の本名、知ってるんだろう。教えた覚え、ないけど。ま、いっかぁ。桃が美味しいから、何でもいいや。恥ずかしさも、今は頭から叩き出す。




