二十三話
明後日の方向に視線を向ける私に、魔王は自信満々に胸を張る。
「警備は完璧だ。何も心配することはない」
いや、そうじゃなくて……。私、あなたを倒すためにわざわざ異世界まできたんですけど。そのこと、頭から抜けてない? 頭のネジと一緒に、抜けちゃったの?
それに、薬を盛ったことも、洗脳術をかけたことも、私はまだ一言も許す、とは言っていない。なんだ、この脳内お花畑な魔王サマは。
「カラスの目的、お前殺すこと。妃? 冗談じゃない」
ようやく、現実逃避を止めてハッキリと拒絶の意志を伝える。更に、頭上から久しぶりに聞く声が。
『そうだ、わしの大事な主は、お前のような小僧には渡さん』
「クロエお姉さん……!」
『すまなかった、主。小僧の術のせいで中々出られなかった。薬を盛って洗脳などと、無理やり主を手に入れようとするとは……。いい加減、わしの堪忍袋も爆発寸前よ』
クロエお姉さんの低い声に、部屋の温暖が一気に下がった気がする。クロエお姉さん、めっちゃキレてる。思わずたじろぐ私とは正反対に、魔王は困ったように肩を竦めるだけで、余裕の表情。
魔王の態度に、吹雪でも吹いてるんじゃないかってぐらい、更に部屋の温度が下がる。いつの間にか、辺りが黒い霧に包まれていた。これは、どっちの闇だ?
「うるさい小姑は黙ってろ」
『礼儀をわきまえよ、小僧。わしは、主が生まれる前から主を守っていたのだぞ。お前のような小僧に主は渡せん』
「へぇ? 俺の術で簡単に封じられていたくせに、よく言えたもんだね」
『何だと、小僧……!』
今にも火花が散ってそうな会話が、繰り広げられる。何となく、私は口が挟めず二人の攻防を見守る。
あれから、ユズキさんは大丈夫だっただろうか。顔色も悪かったし、肌も冷たかった。細くて折れそうな体だし、生まれた子供は病弱ですぐに死んでしまったと言っていたから、ユズキさん自身も病弱なのかもしれない。
『主は、お前の嫁なんぞごめんだと、キッパリ断った。それにすがると言うのか、女々しい奴め』
「生憎、一度気に入ったものは手に入らないと気が済まない性質なんだ。ついでに言うと、手に入れるためなら、手段は問わない。何なら、うるさい小姑は殺してしまってもいい」
にぃ、と悪どく笑う魔王。コイツなら、やりかねない。そう思うと、不安になる。私はまだ、魔法が完璧に使えるわけじゃない。
このままでは、クロエお姉さんが危ないのでは、と。そんな気持ちを察したのだろう、クロエお姉さんの柔らかい声が聞こえる。
『前に言っただろう? あっちで守れなかった分、こちらではしっかりと守る、と』
「……ううん、ダメ。それじゃあ、クロエお姉さんが傷ついてしまう。魔法がうまく使えない、私のせいで」
「じゃあ、特訓するか? うちには魔物しかいないからな、こよりの魔法の特訓にはもってこいだろう。何なら俺が直接稽古をつけてやってもいい」
へ? さらっとすごいこと言ったよ、この魔王サマ。敵を鍛える奴なんて、聞いたことがない。しかも、部下だけじゃなく、自分まで参加とか。……やっぱり、思考がぶっ飛んでる。抜けたネジ拾ってあげるべきかな。
いや……でも、これはいいチャンスかもしれない。稽古をつけてもらうと見せかけて、殺せる隙を見つける。稽古中に殺せなくても、魔法を極めれば私だって、魔王をぶちのめす力ぐらい、あるはず。
「じゃあ、よろしくお願いします。これからは、師匠って呼ぶ」
「おう、ただ、俺は魔王だし、仕事があるから、休み時間とか、仕事終わりの少しだけだが」
まさか私がその気になるとは思わなかった、という表情で魔王は言う。だが、その頬は嬉しそうに緩んでいる。
……この人、本当に私が好きなのかも。ちょっとだけ、そんなことを考えてしまった。クロエお姉さんは、不満なようで、ぐちぐち言っていたが、アーアーキコエナイで聞き流した。というか、魔王にも仕事ってあるんだ。ただ王座にふんぞり返っているだけじゃないのね。
仕事って、どんな仕事なんだろう。偉そうな奴だけど、少し、ほんの少しだけ、気になる。でも、ここで私がそんなことを口に出せば、クロエお姉さんがキレそう。止めておこう。




