二十二話
目の前には、満面の笑みを浮かべ立っている魔王の姿。すぐに、部屋の中を見渡してユズキさんを探す。部屋の床に、黒い霧状のものに体をくるまれ、転がされているユズキさんを見つけ、駆け寄ろうとして魔王にとうせんぼされる。
「言う通りにした。ユズキさんはーー」
「無事だよ。傷一つつけずに気絶させたから。部下も。殺すと、父上がうるさいからな」
肩を竦めて言う。じゃあ、どうして傍に行かせてくれないの。そんな意をこめて睨みつければ、魔王は宥めるように笑う。
「いくらでも母上の無事を確認するといい。その代わり、確認し終わったら俺についてきてもらう」
「……わかった」
渋々言えば、魔王は破顔してとうせんぼを止める。私は、ユズキさんの元へ駆け寄る。いつの間にか黒い霧状のものは消えていて、ぐったりと倒れているユズキさんの頬を軽く叩くと、目を覚ます。
よかった。ほっと安堵し、息を吐き出す。ユズキさんが、何か言おうと唇を震わせていることに気づき、耳を近づける。
「……んね、ごめんね、こよりちゃん……」
か細い声で謝るユズキさんに、ふるふると首を横に振る。
「私は、大丈夫ですから」
慣れない笑みを浮かべて、何とかユズキさんを宥める。何度も何度も謝り、また気絶してしまった。
ベッドまで運ぶのは流石に無理なので、せめてソファまで運ぼうと背負おうとする。背中に感じていた重みが消え、ふわりとユズキさんの体が浮く感触にビックリして振り返ると、ユズキさんの体が闇に運ばれそのままベッドへ寝かされる。
魔王の力だ、と気づき驚いて見つめると、少し照れたように頬をかいている。
「まぁ、血が繋がらなくとも、母親だからな。さ、行くぞ」
照れ隠しのように、やや乱暴に手を引かれ、ユズキさんの部屋をあとにする。真っ直ぐ、嫌な思い出しかない魔王の部屋に連れてこられる。
ソファに体を小さくするように座り、向かい側に魔王が足を組んで座る。メイドからお茶とお茶菓子を出されるが、魔王の部屋で出されたものには二度と手をつけまいと決めている。
口の中に、まだ変な味が残っているので、口直しに何か飲みたいけど、今は無理だろう。諦める。
「それで、何の用」
わざとトゲトゲした言い方をする。すると、魔王は、何か迷うように視線がうろうろ。私は魔王にガン飛ばしているので、たまに目が合うと、ソッコー逸らされる。
なに、コイツ。しばらくの間、視線も体もそわそわしていた魔王が、覚悟を決めたようにキッと私の瞳を射抜く。
一瞬、ほんの一瞬だけ、その真剣な眼差しをカッコいいと、思ってしまった。ターゲットを目の前に、一体何を考えているんだ、私は!
自分で自分を叱咤していると、魔王がゆっくりと口を開く。
「こより、俺とーー結婚、してくれ」
…………はぁ? 何を言っているんだ、コイツは。私、あなたとほぼ初対面。わかります? 第一、あなたには五人もの血にまみれたハーレムが築かれているじゃないか。正確には、五人の妃候補とも言う。
それだけいるにもかかわらず、まだハーレムを作ろうとしているのか、けしからん! もげろ、そして禿げてしまえ!
私は、全力で呆れてますオーラを出しながら半目で魔王を見る。まるで、初めての告白の返事を待つ女の子のような真剣な眼差しの魔王は、私が呆れている様子に微塵も気づいていない。
魔王は、懺悔するように小さな声で話し出す。
「薬で眠らせて、洗脳術をかけたのは……流石に、強引すぎたかなって反省してる。一目惚れだったんだ、街中で蹴り入れられたあの瞬間から、ずっと……だからっ俺、こよりに命狙われててもいいから、見ていてほしい……」
段々言葉尻が小さくなっていく。……うん、すごい思考がぶっ飛んだ人に好かれちゃったみたい。蹴り入れられた瞬間からって、お前はマゾか? 変態さんなのか? 私が蹴った拍子に頭のネジ何本か抜けたんじゃないかな。拾ってきましょうかー。
現実逃避してみるけど、目の前の変態マゾ野郎がもじもじしていることに変わりはなく、気が遠くなる。このままぶっ倒れてもいいかしら。
遠い目をしている私に気づいたのか、魔王が慌てたように言う。
「勿論、今の妃候補には全員退場してもらう。そもそも、俺が選んだわけじゃないしな」
絶賛現実逃避中の私の頭の中で、シャルルの言葉がよみがえる。そういえばあの子、私が妃候補になったら真っ先に殺しにくるって言ってたなー。うふふ、現実になりそう。




