十九話
ジーヴが持ったきた本は、どれも面白かった。
特に、ジーヴがよくわからないまま持ってきた異世界トリップ、転生ものにハマった。自分も異世界人という境遇だからか、すごくのめり込んだ。本にハマり始めて、ジーヴに対する態度は変わっていないはずなのに、ジーヴは機嫌が悪い。
ぼんやりしていても、恋人の機嫌が悪いことぐらいはわかる。いつもの、優しい口づけが落とされることも、ない。どうして機嫌が悪いの、とは直接聞かなかった。何となく、怖かった。
あれ……そういえば、恋人と言うわりには、ジーヴは私の唇には口づけをしたことはない。なんで? ……ぼんやりとした頭で考え事をするのは難しく、すぐに霧散してしまった。
ジーヴの機嫌が悪くなってから、なぜだか日に日に集中力がなくなっていく。大好きな本も読まない日が続き、寝ることが多くなった。
気がつけば、ほのかに甘いお香の匂いが、噎せかえるほど強いものに変わっていた。私が本を読まずに寝ていると、ジーヴはすこぶる機嫌がいい。それが不思議だったけど、そんな素朴な疑問さえ考えられないほど、意識がぼんやりしていた。
「ジーヴ、最近ご機嫌だね」
「最近、テマリの頭痛が全くないからな」
鼻歌でも歌い出しそうなはど、機嫌のいいジーヴ。お香の匂いで意識がぼんやりし、とろんとした目で見つめる。私の視線に気づいたのか、頭を優しく撫でる。
確かにジーヴの言う通り、最近はあのひどい頭痛が全く起きていない。いいこと、なのだろう。相変わらず、記憶は全く戻らないけれど。それでもいいと、ジーヴは言ってくれている。ならば、それでいいのだろう。
今はなにもかも、考えることができない。考えようとしても、すぐに霧散してしまう。きっと、お香の匂いが強いから。この甘い匂いのするお香は、意識をぼんやりさせるものだと、以前ジーヴが言っていたから。お香の匂いをある程度薄めてもらえれば、集中力を取り戻しまた大好きな本も読めるようになる。きっと、そうに違いない。
「ねぇ、ジーヴ」
「どうした?」
優しい声で問いかけてくるジーヴ。
「お香の匂い、キツいから、もう少し薄いものにしてほしいな」
私の言葉に、頭を撫でる手が一瞬止まる。不思議に思ったが、すぐに笑顔でうなずいてくれた。そのことに安心して、へにゃりと笑い返し、また眠りにつく。
覚醒はしたが、まぶたが重たくて中々開かない。このまま起きてしまおうか、また眠りにつくのを待つか、どうしようと迷う。
すると、傍でジーヴが何か言っていることに気づく。まぶたが開かないので仕方ない、と言い訳をしてジーヴの言葉を聞く。何か、甘い言葉でも囁いてくれるのだろうか。そんな風にわくわくしていたが、その期待は打ち砕かれる。
「ああ、こより。こより……! 初めてお前を見た瞬間から、こうして閉じ込めて誰の目にも触れさせず俺だけのものにしたかった……!」
今まで、聞いたことのない、ジーヴの狂気じみた言葉。頭から、冷水を浴びせられた気分になった。
更に、頭を鈍器で殴られたような痛みに襲われる。ジーヴに気づかれてはいけない。本能的にそう感じ、奥歯をぐっと噛み締めうめき声を漏らさないようにひたすら痛みに耐える。
ズキズキと鈍く痛む頭。今までの記憶が、一気に解放される。
殺し屋の家に生まれたこと。厳しい鍛練を続けたこと。殺し屋として、家の代表の名であるカラスを受け継いだこと。そのために、どれだけの人を殺めてきたか。
父様の依頼で異世界にきたこと。街で出会ったばかりのジーヴーー魔王と、一戦交えたこと。三年前まで、国中が魔物に支配されていたと知ったこと。私が魔王についていくと言った時の京の複雑な顔。泣き崩れる師匠の姿。
魔王城へ向かう途中で出会った嫌な魔物娘。気のいい船長とその部下の魔物逹。長い旅で私の心のオアシスだったゼフィーくん。魔王城について、薬を盛られて眠りにつく直前に見た、魔王の笑み。
……全て、思い出した。




