十二話
飛んできた何かを、紙一重で避ける。それは窓にあたり、鈍い音を立てて落ちた。アームウォーマーの内ポケットから手ごろなナイフを取りだし、しっかりと握って私に向けて投石した女に向かっていく。女は、舌打ちをして同じように小ぶりなナイフを構える。刃がぶつかり合う。
私を親の敵みたいに睨み付ける女。うーん、すっかり目が覚めてしまった。
「何であなたみたいな人間ごときが……っ、ジーヴ様の目に留まるのよ!」
それはこちらが聞きたいものだ。私だってあの魔王が好きでついてきたわけじゃない。殺せるチャンスが転がっていたからついてきた。それだけなのに、女の嫉妬って怖いね。
さっきの投石、私の顔面を潰す気満々の威力だったし。
ジーヴ、ね。魔王サマには、まだ名乗ってもらえなかったからなぁ。ああ、そうだ。名前で思い出した。私の履いてるニーハイブーツの特殊加工って、結局何なんだろう。京に聞きそびれた。軽く現実逃避をする。女は、鬼の形相でギリギリと歯ぎしりをしながらヒステリックに叫ぶ。
「私のほうが、ジーヴ様の妃に相応しいのに!」
……うん? ちょっと待って、一旦落ち着こう。冷静になろうよ。妃ってなんだ。私、そういう感じで連れてこられたわけじゃないよ? どっちかと言えば、ドナドナに近い感じ。女が、ギリギリと歯ぎしりをしたままゆっくりと近づいてくる。なんかぶつぶつ言ってるよ。
「許さない、許さない、ジーヴ様のお心を射止めるのはこの私……」
「シャルルお嬢様! 見つけた……! また屋敷を抜け出して魔王様の元にきてたんですね」
とてとてと駆け寄ってくる小さな生き物。この子も魔物……なのか。こんなに可愛らしいのに。例えるなら、リスとうさぎを掛け合わせた感じ。もふもふしてて、小さくて、その上ちゃんと執事服まで着ているものだから、とても可愛い。執事服ってことは、男の子か。
可愛いのになぁ。リスとうさぎを掛け合わせた感じだから、リスうさぎさんと呼ぼう。我ながら安直。
シャルルと呼ばれた女は、リスうさぎさんを見て冷静さを取り戻したのか、ポトリとナイフを落とす。肩で息をして、ふらふらとリスうさぎさんの元へ行く。早くどっか行ってください。面倒事はごめんだ。私もナイフを内ポケットに仕舞う。
「ジーヴ様、待っていてくださいませ、すぐに他の妃候補を皆殺しにしてあなた様の元へ向かいます」
うっとりとした声とは裏腹に、どす黒いことを言うシャルル。私が立っている場所から反対方向へ向かっているので表情はわからないけど。わかりたくない。リスうさぎさんは、シャルルから見えない位置から、私にペコリと頭を下げてくれた。なんて礼儀正しい魔物……!
二人の魔物が去っていったあと、ポツリと従者の一人が呟く。
「シャルルお嬢様にも困ったものだ。権力を欲するあの貪欲さは、父親譲りだな」
「違いねぇ」
わはは、とその場にいた従者逹が笑い声をあげる。
権力、ねぇ。私には興味も関係もないことだ。まったく、私が殺し屋で普段から浅い眠りをしてて攻撃に敏感じゃなかったら今頃私の顔面潰れてたかもしれないよ。まぁ、向こうはそのつもりで投げたと思うけど。
それにしても、ジーヴは魔王の座を利用してハーレムを作ってるのか、けしからん。しかも、そのハーレム血にまみれたハーレムになりそう。私には、関係ないことだけど。
「魔王、様の妃って、やっぱり偉いんですか?」
隣の気の弱そうな女の人に聞いてみる。女の人は、ビクリと肩を跳ねさせ、怯えたように目を伏せ唇を噛み締める。
そんなにあからさまに怯えなくてもよくない? 私、ちょっとナイフでやり合っただけじゃん。別に傷ついたりしないからいいけど。何もされなきゃ私だって攻撃しないよ。
怯える女の人の代わりに、反対側に座る人間で例えると十五、六歳くらいの男の子が目を輝かせながら答えてくれる。
「それはもう! 魔物の中から貴族の中でもより一層優れた女性しか選ばれませんから。とても名誉のあることですし、何より残酷で誰よりも美しい魔王様に嫁ぎたいと思うのは、魔物の女性逹の願いだと思います」
残酷なところが魔物にとっては魅力になるのか……。魔王の顔が綺麗なのは、私も認める。綺麗なものが好きなところは、人も魔物も変わらないんだ。
「そんなにすごいことなのね。教えてくれてありがとう」
お礼を述べれば、男の子は照れたようにはにかむ。




