第九六話 パーティーへの勧誘
今回はエリック視点です。
次回をエリック視点にするか、主人公視点にするか、迷っています。
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僕──エリック・ブラスが武器を新調するための素材を求めて地下迷宮型のダンジョンに潜ってみると、そこで待っていたのは想像していたよりずっと楽な攻略だった。理由はとても単純で不可思議で理不尽で、一言で言うならスギサキ君のお陰。
道が最初から詳細に分かってる。敵の位置もずっと分かってる。スギサキ君が居るから勝てない相手はここに居ない。
初めてのダンジョンアタックとは思えなかった、というか思わないことに途中から決めた。だって、非常識にも程がある状況だったからね。
格上相手に戦っているのにとんとん拍子で倒せるから、レベルも上がってしまった。アンヌはともかく、ジャックには文句を言われてしまうかもしれない。中級冒険者二人と、その上の上級冒険者一人が一緒に戦ってくれる状況なんて、ちょっと恵まれすぎてるから。
今度、仲間の三人で、レベルを上げるためのクエストを受けてみようと思う。死んじゃったら元も子もないから、無理をするつもりは無いけど。
ダンジョンアタックは呆れるほど順調に進んで、問題が起こった……というか見えたのは、六階層に到着した瞬間だった。先にこのダンジョンに入っていた四人組が、七階層の魔物を相手に劣勢になっているとのことだった。
救助に向かいたいと言ったら、スギサキ君は何でもないことのように承諾してくれて。そして直後に死ぬほど驚かされた。
ダンジョンの壁が、何枚もまとめて突き破られる。そんな光景を目にするなんて、僕は考えたことも無かった。
スギサキ君はたまに、僕に魔法剣士になるよう勧めてくるけど。スギサキ君こそ、魔法使いになっても全く問題が無いと思う。
だって、あの風魔法。あんな威力の、あんな精度で。
魔法剣士って、普通はそこまで魔法は強くないはずなんだけどね。でも、スギサキ君を普通の魔法剣士として考えるのは無謀だって分かったから、そこはもう考えないようにするよ。
六階層を今までの階層の中で一番素早く抜けて七階層に下り、あともう少しで現場に到着できるというとき。マップで状況を見ていたスギサキ君から、小さく舌打ちが聞こえた。
追い込まれている四人組の内一人が、魔物達の中で置き去りにされた。そんなふざけた状況になったことを、説明された。
仲間を見捨てる。それは、僕がこの世の中で一番嫌っていることの一つだ。
仲間を置き去りにした三人は僕達から離れる方向に走っていったそうで、鉢合わせにはならないとのこと。つまり出口からは遠ざかってしまってる訳だけど、どうでも良いや。
満場一致でそちらは放置、ということになった。
置き去りにされた人が居たのは、それなりの広さを持つ部屋の中だった。
修道女のような服を、薄汚れさせて。身体のあちこちを擦り剥いたのか、血を滲ませて。
亜麻色の髪と琥珀色の目を持つ女の子が、自分に向けて振り下ろされようとする氷の刃を絶望の表情で見ていた。
僕の手は考えるより先に杖を構えていて、僕の口は考えるよりも先に魔法名を宣言していた。無意識の内に構築していた魔法がその宣言と共に現出し、それは熱線という形を取って氷の刃を砕く。
あの状況になることを、彼女の仲間は分かっていたはずだ。仲間に置き去りにされる絶望を、彼女の仲間は理解できない人間ということだ。
腸が煮えくり返る、という言葉の意味を強く実感する。
この報いは、必ず受けさせる。そう決めた。
僕がひとまずの一撃を終えると、スギサキ君はこの場に集まってきている魔物の方を処理しに行った。
ダンジョンの魔物は一体一体が一つの階層内をぐるぐる回るから、一箇所で長く戦っているとその分沢山の魔物を呼び寄せてしまうんだ。戦闘の音って、どうしても大きくなるしね。
でも今回はスギサキ君が居てくれたから、問題無いけど。
僕は、僕にできることを。自分の中に渦巻くありったけの熱を、魔法に込めよう。
ロロさん、アレックスさんの二人と協力して魔物を片付けると、襲われていた女の子は呆然と僕のことを見ていた。
何だろう?
「怪我の具合は大丈夫? 立って歩けるかな?」
僕だけを見てくる理由は分からないけど、それよりも彼女の状態を把握しておかないと。そう思って質問をしてみた。
「……あ、はい! 大丈夫、です!」
あんまり本調子じゃなさそうだった。けど、最初に見た絶望しか映していない目ではなくなっているから、きっと大丈夫と言えなくはない。
「僕はエリック・ブラス。君の名前を教えて貰えるかな?」
ちょっとだけ遅くなったけど、自己紹介は大事だよね。名前を知らないとお互いに不便だし。
「私は、ステラです。ステラ・リーネと申します。この度は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
ステラ・リーネさんというらしい彼女はまず僕に頭を下げて、それからロロさんとアレックスさんにも同じく頭を下げた。
ロロさんとアレックスさんも自己紹介をしてから、この後のことを話し合うことに。
「目的のリビングアーマーは二体仕留めたし、これ以上先には行かなくて大丈夫かな?」
「素材の量としては不足ということも無いだろうからね。僕に異論は無い」
「そもそも素材を取りにきたんだから、私もそれで良いよ」
アレックスさんとロロさんも、特に反対意見は無いらしい。それなら、スギサキ君がこの部屋に戻ってくるのを待てば良いか。
「粗方片付けてきた」
そう思っていたらタイミング良く、そのスギサキ君が戻ってきた。ダメージを負った様子も、疲れた様子も無い。
これが、上級冒険者の実力なんだね。すごいなぁ。
「お疲れ様。こっちも片付いているよ。見ての通りだけど」
「そうだな。……焼き殺された魔物の比率が随分高いみたいだけど」
焼け焦げてぶすぶす言っているそれらを見て、スギサキ君は半笑いを浮かべてる。
「聞いてよリク君。エリックってば、中級の攻撃魔法と補助魔法を併用して、レッサーデーモン二体をまとめて一撃で焼き切っちゃったんだよ。これで二つ星冒険者なんて、前のリク君並の星の数詐欺だね」
「え!? 二つ星なんですか!?」
スギサキ君並の詐欺というのは、ちょっと不名誉が過ぎる。そう思って反論しようとしたけど、それよりずっと早く叫び声が上がった。
今回救出した、リーネさんの叫びだった。
「あ、うん。そうだよ」
ギルドカードも見る? と尋ねてみたけど、リーネさんは無言になって首を横に振った。
「思ったより元気そうだな。その様子なら、休憩を挟まなくてもこのまま帰還できるか」
判断基準がちょっといい加減な感じがするスギサキ君の言葉だけど、仲間に置き去りにされた場所で心休まるはずも無い。ここはその通りにしておく方が良いかな。
……多分、スギサキ君もそれを意図してると思うし。
「リーネさんは、それで大丈夫?」
でも一応、確認はしておかないとね。
「ええと、ええと。色々整理が追い付いていないのが正直なところですけど、頂いたポーションで傷はすっかり大丈夫なので、問題無いです。問題ありません」
落ち着かない様子の、けれど肯定で返したリーネさん。
それじゃあ、帰ろう。
凄く、というか色んな意味で酷く安全に、地上へ帰って来られた。理由はスギサキ君のマップに加え、時折先行しての敵の処理。もう本当に安全が過ぎる。
やっぱり今回のこれはダンジョンアタックじゃない。絶対に違う。保護者に引率されたダンジョンの観光だった。
「……あの、エリックさん」
僕のすぐ近くに寄ってきたステラさんが、小声で話し掛けてきた。
最初はリーネさんって呼んでたけど、ファーストネームの方で呼んで欲しいと言われたからそうしてる。だから彼女から僕のことを呼ぶときも、エリックで良いと言った。
何だかとても嬉しそうな様子だったから、フレンドリーなやり取りが好きなのかな。
「黒い剣士の方、一体何者なんですか……? 中級のダンジョンで、一人で楽々魔物を倒して、道も全部分かってるみたいで……」
でも今は困惑の色が隠せない様子で、先頭を行くスギサキ君の背中を見てる。
「ああ、彼はリク・スギサキ君。【黒疾風】って言った方が伝わり易いかもね」
「……くろはやて」
ステラさんの目が虚ろになった。
「元々僕の武器の素材を手に入れる目的でダンジョンに入ったんだけど、スギサキ君はそれに付いて来てくれたんだ。まあ実際には見ての通り、付いて来るというより引き連れる側だったけどね。戦闘と索敵の両方で、ちょっとおかしいから」
「おいそこの初級魔法使い。中級の魔物相手に圧勝しといて、人のことを言えた義理か」
あ、本人に聞こえてたみたいだ。
「僕は、MPが尽きたらそれまでだからね。MP無しでも十分に強いスギサキ君ほどじゃないよ」
少し反論はさせて貰うけど。
「リク君を比較対象にしてしまえる初級冒険者なんて、エリックくらいだと私は思うけどね」
「僕も同感だ。君の火属性魔法の鋭さは、老練の魔法使いのそれを思わせる」
中級冒険者二人から言われた。
反論しなきゃ良かったかな。
ダンジョンを出た後は馬車を待たせている近隣の町に行って、そのまま泊まった。
ステラさんは手持ちが無かったから、スギサキ君が払ってくれた。それについてステラさんが凄く恐縮してて、自分は野宿でも良いって言い始めたけど、助けた以上は責任を持つというスギサキ君が自分の意見を押し通した。
馬車は往復費用を先払いにしていたし、帰りに追加で一人乗せても構わないって言ってもらえたから、そのままステラさんもアインバーグに行くことに。彼女の活動拠点はアインバーグの近くの町だそうだけど、それはもう使えないって言って力無く笑った。
「じゃあ、僕達のパーティーに入らない?」
揺れる馬車の中で、僕はステラさんを勧誘してみることにした。
「わ、私なんかじゃ皆さんの足手まといになってしまいます! なってしまいますから!」
手をわたわた、首を横にぶんぶん振って、目一杯の意思表示をしてくるステラさん。
「あ、ごめん。変な勘違いをさせちゃったかな。僕のパーティーっていうのは今ここに居るメンバーじゃなくて、僕が幼馴染の二人と組んでる三人パーティーのことなんだ。もしステラさんが入ってくれるなら、四人パーティーになるね」
でも二つ星のパーティーだから、三つ星のステラさんからすると物足りないかもしれないけど。そう付け足した。
「エリック、それ本気で言ってたら一周回って尊敬するぞ」
「スギサキ君、悪いんだけど今は口を挟まないで貰えるかな」
変な横槍は要らなかった。
「それでも……、私じゃきっと足手まといです。さっきの町に居たときにも話しましたけど、私は回復魔法しか使えません。魔法使いとして、欠陥品なんです……」
「……僕がほとんど回復魔法を使えないから、勧誘してるんだけどね。他の二人は剣士だし、勿論使えないけど。……僕がちゃんと回復できたら、良かったんだけど」
回復魔法しか使えないのが欠陥品なら、ほとんど攻撃しかできない僕も魔法使いとして欠陥品だと思う。
「ごめ、ごめんなさい!? 私、そんなつもりで言った訳じゃ……ごめんなさい!」
大慌てで謝り倒してくるステラさんを見て、むしろこっちが申し訳なくなる。
「分かってるから大丈夫だよ。それで話の続きなんだけど、回復魔法が得意な魔法使いをメンバーに入れることは結構前から考えてたんだ。最近だと特に切実な話になっててね」
切実とまで言った僕に対し、少し冷静さを取り戻した様子のステラさんがどういうことかと質問してきた。ちょっとくらいは乗り気になってくれたかな。
「火属性補助魔法のライズだけど、ⅠはともかくⅡの方は現状だと身体への負荷が大変なんだ。凄く短い時間で使う分には問題も少ないけど、長くなるとほとんど自爆技になっちゃって。数分使えば、その後立ち上がることもできなくなるよ」
「それって、つまり……」
察したらしいステラさんが、だからこそ少し妙な表情になってる。
「敵の攻撃による傷じゃなくて、エリックさんの補助魔法の負荷を軽減する目的の回復魔法っていうことですか?」
「敵から受けた傷についても、ではあるけど。わざと効果時間を短くすることで浮いた余力を筋力強化じゃなくて強度上昇に回したりとか、小細工はしてるんだけど……、直接的な解決にはなってないから」
今は一撃の威力の為にとか、或いは最後の切り札的にしか使えない手段だ。その制限をかなり緩めることができる回復魔法はとてもありがたい。
「……少し、考えさせて貰えますか?」
嬉しそうな顔でも、悲しそうな顔でもないステラさんは、ただ真剣にそう言った。
「勿論だよ。急な話だし、変なことを言ってる自覚もあるからね」
自覚はあったのか、なんて言葉が聞こえてきた気がするけど。その言葉、そっくりそのまま返すよ、スギサキ君?
エリックが回復役を欲しがった理由でした。
回復役の参入により一番上がるのが火力、という不思議。