第九三話 杖の素材集め、前準備
久々に、フランと別行動です。
王都でのあれこれから、およそ一週間後。俺は活動拠点である城塞都市アインバーグに戻っていた。
極端な浪費さえしなければ、三年くらい働かなくても現在の生活水準を維持できる蓄えがあるけれど、今日はまた何か依頼を受けようと思っている。
そんな訳で俺は今、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「あ、リク君だ。久しぶりだねー」
建物に入るなり、見知った顔から声を掛けられる。お人好しお姉さん、ロロさんだった。すぐ近くには、魔法使いのエリックも居る。
二人とも休憩スペースのソファーに腰掛けており、何やら話でもしていたらしい。
「お久しぶりです、ロロさん。エリックも久しぶり」
「訓練所では良く顔を合わせてたから、何だか本当に久しぶりな感じがするね」
俺が紅紫のエクスナーから指名依頼を受けたことはそれなりに広まっているらしく、どんなことをしてきたのかを質問された。
目的地へ向かう道中、その合間でフランからダンスの手解きを受けた。
王都へ到着した夜に国王陛下とエクスナー侯爵家当主様の二人と一緒に酒を飲み、その翌日は魔法具の組み立てを体験して、更に翌日は魔法具の設置を行った。
作戦当日は迎賓館でフランと踊ってから、帝国の准将を投降させた。
またその翌日から二日間ほど、フランと王都を観光してきた。
……と、ざっくり概要説明。
「ああ、そうだ。王都到着直前の夕方から夜にかけて、フランと一緒に空から王都を眺めました。中々の景色でしたよ」
こうやって並べ立てると、我ながらどんな体験をしているんだと言いたくなる。
「……物騒な部分をほんの少し削るだけで、ほとんど旅行になるね」
「帝国准将を投降させた、って何……」
ロロさんとエリックはそれぞれ反応する部分が違っていた。
「そうだ、二人にはお土産が」
折角なのでこの場で渡してしまおうと、アイテムボックスから二つの品物を取り出す。まあ、同じ品だけど。
「まずはロロさん。エリックもどうぞ」
手のひらから少しはみ出す程度の大きさの、四角い白い箱だ。上から開けられるようになっており、完全に開くとそのまま平面になる。果たしてその中身はといえば。
「ケーキ?」
呟いたのはロロさん。テーブルの上で箱を開け、現れたそれをまじまじと見ている。
種類はシンプルなショートケーキ。けれど、クリームのきめ細かさや苺の瑞々しさなど、非常に満足できるものだった。
「賞味期限についてはご心配なく。少なくとも本日中は問題無く食べられますよ」
「王都で買ってきたお土産なんだよね?」
今度はエリックが質問してきた。
「もちろん。人気店だったみたいで一時間くらい並んだけど、それだけの価値はあったと思わせてくれる味だった」
「あ、スギサキ君も食べたんだ」
通常、アイテムボックスに入れた品でも時間経過はする。どうやら物体の周囲の空間を切り取るようにして収納するらしく、真空パックのような状態になるようだ。なので普通に持ち歩くよりは保存状態が良くなるが、王都からアインバーグまで戻る日数を考えるとケーキというのは怖すぎる。
繰り返すが、通常であればの話だ。なお、俺のアイテムボックスは特別製である。
「今すぐお召し上がりでしたら、紅茶かコーヒーもセットで付きますが、如何致しますか?」
淹れたての紅茶とコーヒーをアイテムボックスに収納している俺は、割と場所を選ばずティータイムへと突入できる。そんな訳で、右手と左手にそれぞれコーヒーと紅茶を入れたポットを出してみせる。
なお口調は完全に悪乗りの産物である。
「リク君が大丈夫って言うなら、大丈夫なんだろうね。うん、私は紅茶でお願いするよ」
「じゃあ、僕はコーヒーを頼むよ」
二人から返事を貰ったので、二組のカップをテーブルに出してそれぞれ紅茶とコーヒーを注ぐ。
皿も二枚出してから、一度失礼してケーキを預かり開けた箱ごとその上に持って行き、箱だけをアイテムボックスに収納することでケーキを皿に移す。フォークを出してそこに添えるのも忘れない。
俺だけ何も無いと二人が遠慮するだろうからと、カップをもう一組出して紅茶を注ぐ。茶請けにはクッキーがある。
「どうしてこうも手際が良いかな」
ロロさんが俺の手元を凝視していた。
「ともあれ、ありがとう。頂くね」
「ありがとう。僕も頂くよ」
冒険者ギルドの片隅で突如始まったお茶会の香りはそれなりに視線を集めたが、俺の顔を見ると納得の表情を浮かべて視線を外した人間の数がそこそこあったのは何故だ。
「俺の方は無事二人にお土産も渡したところで。そちらはここで一体何を?」
ロロさんとエリックの二人が一緒に居ること自体は別に不思議でも何でもないけれど、エリックの仲間であるジャックとアンヌの姿が無い状態で、この場所が冒険者ギルドとなると少なからず疑問が湧く。
「ロロさんにちょっと相談があって。僕の武器についてなんだけど」
返答したエリックが、一拍置いて自身の手元に長杖を出した。先端部分が黒くなっており、焦げているらしい。
木製なのだから当然と流したくなる気が一瞬だけしたけれど、通常の魔法使いは杖に魔法を纏わせて近接戦闘なんて行わない。むしろ行えない。無理に行ったとして火魔法なら杖を全焼させてしまいかねないし、そもそも動きが期待できない。
もう魔法剣士に鞍替えしろよ、エリック。完全に適性があるから。
「武器がエリックの戦闘能力に付いていけないか」
ひとまず思ったことを飲み込んで、別の無難な言葉を出しておく。
「いや、僕の使い方が無茶苦茶なんだと思うけど……」
思わずロロさんと目を合わせる。首を横に振られた。同じく俺も振った。
「そう思うなら魔法剣士に鞍替えしろよ」
結局言ってしまった。
「それは無いかな」
しかし頑なである。
「ジャックとアンヌの二人が前衛なのに、魔法使いの適性がある僕まで前衛になってどうするっていうのさ。バランスが悪いじゃないか」
しかも真顔である。
「実際、ジャックも前衛としてかなり良い動きをするようになってきてるからね。アンヌは元からそれほど問題も無かったし。そしてエリックは、まあ、確かに魔法剣士より魔法使いとしての適性の方が高くはあるんだよね。火属性に対する適性が飛び抜けてるから」
ここで何故か、ロロさんは俺をじっと見てきた。
「それで言うなら風属性に対する適性が飛び抜けてるリク君も状況は近いんだけど、剣技との組み合わせがぴたりと嵌まってるからねー。魔法剣士かな、やっぱり」
ですよね。俺もこのスタイルを変える予定は無いです。エディターの機能を活かし易いですし。
「話を戻すけど、エリックの新しい武器が必要なんだ。でも、近接戦闘用の魔法使いの杖、なんてほとんど矛盾してるような代物は普通売られてない。となるとオーダーメイドになるけど、必要な素材が少し特殊でね。あんまり市場に出回らないの」
ほとんど矛盾、という言葉にエリックが反応したけれど、放置しておこう。
「どんな素材なんですか?」
貴重な品なのだろうか。
「リビングアーマーの素材。その金属を精錬して、エリックの武器を作って貰おうとしてるんだけど……。原価だけでエリックに出せる額を超えちゃうみたいで。これはもう、素材を自分で取りに行くしかない、って話をしてたところ」
なるほど。
それにしてもリビングアーマー、つまり動く鎧か。中級の魔物だったと記憶している。
やや敏捷性に欠けるものの、それ以外のステータスが総じてバランス良く高い。武装は剣だったり槍だったり斧だったりと個体差があり、刃に炎や氷など魔法を纏わせてくるものも居るとか。人間で言うところの魔法剣士に近い。
なお、全てフランに教えてもらった情報だ。感謝、感謝。
「エリックはともかく、ジャックとアンヌにはまだ少しだけ厳しい相手か」
「そういうこと。だから私が一緒に行こうとしてるんだけどね」
さらっと問題無い判定をされたエリックが、驚いた様子で俺とロロさんを交互に見ている。
「え、相手は中級の魔物だよ? 僕、初級魔法使いなんだけど……」
「実力で言えば完全に中級だろうに。片足どころか両足突っ込んで、更に何歩か進んでるっての。いくらジャックが事前に状況を整えていたにしても、トロール二頭を一撃で同時に仕留めた魔法使いが何を今更」
畳み掛けるように俺が言うと、エリックは無言になってからコーヒーを一口啜った。
「四つ星に上がった今の私から見ても後衛を任せて良いと思えるからね、エリックは。回復魔法が苦手なことを差し引いても、あの高火力魔法は需要があるよ」
俺に続けてロロさんからも高い評価をされて、エリックは逆に小さくなっている。
何だろう、ちょっと親近感が。
「それでそのリビングアーマーなんだけど。アインバーグから馬車で東に二日くらい行ったところにある、地下迷宮型のダンジョンに居るんだ。建造物の中っていう侵入者側に不利な場所だから、不測の事態に備えて欲を言えば四人、最低でも三人くらいは人数が欲しいよね」
つまり、欲を言えばあと一人、と。
「……アレックス・ケンドールはどうでしょうか」
少し迷いつつ、その名を出した。そう、元ストーカーだ。
ロロさんが露骨に嫌そうな顔をした。
「大丈夫ですよ。戦力的にはロロさんにやや劣る程度、回復魔法は実用レベルで使えますし──、ちゃんと会話ができるようになりました」
言い方の酷さが口に出して改めて実感させられるな。
いや、俺だって別に奴のことは好きではないんだ。ただ、訓練所で度々手合わせをお願いしてきたあの姿は間違い無く真剣だったし、実力も確実に伸ばしていた。その結果が四つ星への昇級だろう。
フランへの付き纏い行為も一切見られなくなり、耳に入ってくる噂もかなり良いものへと変わっている。
まあ一応、嫌いでは、無くなっている。少なくとも一定の評価はできるくらいに。だから今、名前を出した。
実はアーデのことも頭には浮かんだものの、今回は止めておいた。下手に交友関係に絡ませると面倒が多そうな気がしたからだ。上手になら絡ませても良いけれど、それはまたの機会にしよう。何の準備も無しにはやりたくないことだから。
なお、今回フランは除外。流石に、悪乗りのサプライズなんかに付き合せるのは気が引ける。
「そう……だね、うん。リク君からの推薦って言えば彼も嫌な顔はしないだろうし、ちょっと誘ってみるよ」
この言い方なら、やっぱりそういう認識だよな。
「いや、俺も同行しますよ」
具体的にはダンジョンまで。
「ホント? 助かるよー」
無邪気な顔でお礼を言ってくれるロロさん。さてさて、俺の意図に気付くのはいつかな?
場所は冒険者ギルドから移り、訓練所へ。相変わらず鍛錬に勤しむ冒険者達で賑わっていた。
俺も割と常連なので、お互いに顔だけ知ってる連中から挨拶をされたりする。まともに言葉を交わしたことも無いというのに、何だか不思議なものだ。
いや、俺の名前は知られているのか? ……そこはどうでも良いか。
ともあれ挨拶を返しながら、模擬戦を行っている件の人物のところへと到着した。
中々に面白い光景が広がっている。
アレックス・ケンドールと噛ませトリオがチームを組み、相対しているのは──【鋼刃】ドミニク・ベッテンドルフさん。
最近のアレックスはカルル、マラット、セルゲイの三名と共にクエストを受注していると聞いていた。元からそれなりに仲が良かったこともあり、現に今のチームプレイも様になっている。
主軸になっているのは四人の中で一人だけ星の数が多い、四つ星のアレックス。最も高い頻度で攻撃を向けられているが、真正面からの打ち合いはしっかりと避け、いなすことに注力している。また時折、光の補助魔法で自身や仲間の回復まで行っている。
他三名はドミニクさんの死角に回ることを念頭に置いている立ち回りだが、一撃の重さが尋常でないドミニクさんの攻撃が掠めただけで吹き飛ばされている。しかし何度も立ち上がって、諦める様子は無い。
何だか、凄く健全に頑張っていた。
とはいえ相手は【鋼刃】。格下相手に手加減をしていたことは明らかで、実際に途中からドミニクさんの動きが変わり、一気に形勢が傾いた。決め技は豪快な回転斬り。まとめて仕留められ、一斉に結界の外へ強制退場。
徐々に動きを変えていく、とはならなかったのが何ともらしい。
「テメエらも随分マシな動きをするようにはなったが、まだまだだな。ま、気が向いたらまた相手をしてやらんでもねえ」
辛口に思える評価ではあるが、評価以前の問題外扱いされていた頃を思えば大躍進だ。何より、また相手をしてやらんでもねえ、という言葉は中々貰えない人だろう。僅かながらに笑顔も見える。
「お……? おお! リクじゃねえか! 戻ってきてたのか!」
あ、ドミニクさんがすこぶる良い笑顔を浮かべ始めた。きっと俺と戦いたいのだろう。そう顔に書いてある。
「ええ。ドミニクさんが全力で逃げた案件を、フランと一緒に片付けてから戻ってきました」
ともあれ、こちらも同じくらい良い笑顔で応対すべきだろう。それが礼儀というものだ。間違い無い。
だが、ドミニクさんは何故か表情を引き攣らせてしまった。いやー、何故かなー。
「……いや、俺みてえな無作法者が、貴族様の依頼を受けちまう訳にはいかねえだろう?」
微妙に返答まで間があった。
見込んだ効果は得られたか。
「だったら俺だって平民ですし。つまり、平民に対して出された依頼だったんですよ?」
決して嘘は言っていない。言っていないとも。
そもそも冒険者は大半が平民だろうけどさ。とりあえず、クラリッサ様は例外中の例外だ。
「じゃあお前さん、王都で何をやってきたんだよ?」
「帝国の軍人を招いた社交パーティーの警備です。来賓はやんごとなき方々ばかりで、会場になった迎賓館はとても豪華な建物でした」
「ほら見ろやっぱり俺じゃ務まらねえ案件だったじゃねえか!」
具体的な内容を問われてしまうと、どうしようも無かった。
「そうですか? ひと目見ただけで『こいつに喧嘩売るのはヤベェ』と思わせる警備員なんて、かなり有能な気がしますよ?」
「今まさに、微妙に喧嘩売られてるような気がすんのは俺の気のせいか……?」
そろそろ溜飲も下がってきたので、遊ぶのは終わりにしよう。ここに来た目的だって別にあるし。ロロさんから無言で背中をつつかれているし。
「嫌だな、ちょっとした雑談じゃないですか。それよりも、実は今日用事があるのはドミニクさんじゃないんですよ」
ここでようやく目的の人物であるアレックスへ視線を向ける。
すると、彼はとても驚いた様子を見せた。
「まさか、僕に用事が?」
半信半疑といった感じに疑問系だった。
まあそんなものだろう。
「リビングアーマーの素材に興味は無いか? 武具の素材として確保しに行くんだけど、あと一人くらい人員が欲しくてね」
魔物の素材は魔力との親和性がとても高い。それが金属となれば特に加工技術も発達しており、形もかなり自由に変えられるため、重宝される。そして人間にとっては都合が悪いことに、ダンジョンなどの撤退が容易でない場所にばかり金属の身体を持つ魔物は生息している。それ故、その素材は当初から明確な用途が決められた上で確保されることが多い。だからこそ、市場に出回る数は少ない。
まあ、大体がこの訓練所までの道中でロロさんから聞いた話だよ。
「リビングアーマー……。今の僕ならまあ、足手まといになることは無い、か?」
随分と謙虚になったもんだ。ついさっきドミニクさんと打ち合っていた動きに鑑みれば、足手まといどころか立派に戦力だろうに。
「【鋼刃】を相手にあれだけ食い下がれるなら、文句無しだよ。同行をお願いできないかな?」
ロロさんが積極性を見せた。あれだけ微妙な反応を見せていたというのに。
理由は語った言葉通りだろうから、ここに来たタイミングが良かったか。
「僕の武器を作るのに、どうしても必要なんです。お願いします!」
そして素材が必要な本人であるエリックが、勢い良く頭を下げて依頼する、と。
「……分かった。リビングアーマーの素材には僕も興味はあるし、戦力として見込んでくれたのはとても嬉しいからね。微力ながら、力を振るわせて貰うよ」
少し考える素振りを見せてから、アレックスは非常に謙虚な態度で同行を承諾した。
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう、助かるよ。さて、これで最低でも確保したかった三人は揃ったね」
ほっとした様子のロロさんの肩を、俺はポンポンと軽く叩く。
何事かと俺を見てくるロロさんの視線を受けてから、俺は俺自身を指差す。
「俺も同行しますよって、言いましたよね?」
ようやっとサプライズを実行。ネタばらしに近いか?
ともあれたっぷり十秒ほど、ロロさんの一時停止を眺めることになった。
「とっても、過剰戦力、だね?」
やっと出てきた言葉は、何ともぎこちないものだった。
アーデを出すか、アレックスを出すか。とても悩んだ結果がこれでした。
多分、アーデの方が人気が出るキャラだとは思うんですけどね。