第九二話 仕事終わりの王都観光
完全にデート回。
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パーティーが開かれた日の翌日。
俺達──リク・スギサキとフランセット・シャリエの二名は、王都の喫茶店で朝食を摂ったあとそのままティータイムに移行していた。
位置的には王城からも迎賓館からも距離を置いており、庶民も気軽に利用するグレードの店だ。それでも王都の店であることに変わりは無いので、それなりには身嗜みを整えた客ばかりだけど。
「事後処理は全部丸投げできて良かった。未遂で終わったとはいえ、帝国の軍人が王国の迎賓館に侵入して爆弾を設置、来賓を暗殺しようとしてたなんて。そんな面倒な案件の事後処理、どう済ませれば良いのか全く分からないし」
茶請けのクッキーを頬張りながら、存分にだらけている俺。語る言葉はへたれている。
「リクのお陰で被害がほぼ皆無でしたから、その面倒さは大幅に抑えられているとは思いますが」
成り代わりの為に拉致されていた貴族の方々三名とその関係者については、精神的なダメージがあっただろうけど。取り返しのつかない被害は無かったはずだ。
建物も人も爆破はされず、敵は全て捕縛した。
「俺はエディターの機能を使ってただけだからね。そこから得られる情報を有効活用した実働部隊の方々の苦労と比べれば、美味しいところを掻っ攫っていった俺は楽なものだよ」
俺はパーティー中、エディターのマップを味方陣営にのみ見える設定で、掲示板のように迎賓館の要所要所へ表示していた。掛け時計で時間を確認するような手軽さで、敵の位置情報をリアルタイムで把握できる環境を作っていた訳だ。
我ながら自重しなかったよ。周囲からはエクスナー家の後ろ盾があると思われるに決まってる状況だったから、敢えてぶちかましてみた。平穏に過ごす為の方法は、こそこそするだけに限る訳じゃない。既にそうできないのが明らかだから、開き直ったともいえるか。
あとはまあ、俺自身に探られて痛い腹は無いから、何故か警戒してくるクラリッサ様への軽い牽制の意味もある。積極的に手の内を晒すつもりは無いけれど、徹底的に隠したい訳でも無いですよ、必要とあらば躊躇わず晒しますよ、と。
味方にした方が有用だと思って貰えれば御の字で、もし敵対するというのならその意志を示していないのにそうなったということなのでどっち道アウトだった、ってことで諦めもつく。
「相手の帝国准将も、腹に掌底一発ぶちかましてエディターで脅してみたら、すぐ降参したし。誇り高き帝国軍人、なんて人に言ってた割に意気地が無いことで」
「……私も距離を置いて現場を見ていましたが、あれは仕方が無いのではないでしょうか」
何故か敵のフォローを始めたフラン。心優しい彼女だが、敵に対して理由も無く情けをかけることは無いと思っている。
「自覚が薄いのかも知れませんが、リクは既にこの世界において相当に上位の実力者です。軍というものは集団戦闘を前提とした組織ですし、前線からは退いた指揮官クラスの人間にリクの相手を一人でさせた上で戦意を維持しろというのは……残酷です」
「残酷です!?」
思わず紅茶の入ったカップを取り落としそうになったので、ソーサーに戻す。少し落ち着いてからこちらの意見を述べようとしたけれど、その前にフランが話を続ける。
「例えばあのときテラスに居たのがリクではなく、ベッテンドルフさんだったと仮定した場合。どのような結果になっていたと思いますか?」
唐突に仮定の話が来た。実際のドミニク・ベッテンドルフさんは、依頼人が紅紫のエクスナーだと発覚した瞬間に撤退していったけど。
とはいえこれは単純な戦力として考えた場合の話だろうから、そこは横に置いてまず答えてしまおうか。
「迎賓館のテラスが崩壊していた」
こうだろう。修繕費が幾らになるのか、想像するだけで怖い。
「いえそうではなく。……それはそれで有り得そうなのは否定出来ませんが、そうではなく」
フランにすら否定して貰えないドミニクさんが不憫に思えてきた。そもそも流れを作ったのが俺だったことは気にしない。
「半分くらいは冗談で言ったよ。そりゃあ、勝ってただろうさ。あの准将の四肢が四本とも残っていたか、分からなくなってくるけど」
【鋼刃】の二つ名持ちであるドミニクさんの戦い方は豪快だ。技量が低い訳では無いけれど、力加減は大雑把な印象がある。スキンヘッドのタフガイ、という外見がその印象を強めているかも知れない。
「そのベッテンドルフさんと、リクは同等の実力を持っています。私が言いたいのは、つまりそういうことですよ」
「……なるほど」
実際に戦ってみた准将の実力を考えて、それでドミニクさんと対峙するとなると──絶望しかないな。何ならエディターだけは使わせて貰えたとしても、全く勝てる気がしない。
「白のラインハルトことエルさんとか、上の実力を多少は知っているだけにね。自分が強くなってる自覚が薄いのは確かだったみたいだ」
「本人が不得手を自称する魔法のみの遠距離戦闘でも、ワイバーンの群れ程度は一方的に狩るのがエルケンバルトさんですから。七つ星において最強と謳われる方を比較対象にするのは、色々と破綻してしまいますよ」
「七つ星の中で更に最強だったのか、エルさん」
冒険者ギルド最強の七人が色持ちの方々なのは知ってたけど、その中で更に、とは。いやでも、確かに人類史上最高レベル到達者とは聞いてたな。
「勿論、状況に応じて強さは変動しますが。総合的に見てのお話ですね」
例えば包囲殲滅ならクラリッサ様です、と付け足された。
一人での強さを語っているはずなのに包囲殲滅とは、一体……。恐らくは神授兵装の能力なんだろうけど。
「そういえば、神授兵装の能力を全然知らないな。特に必要無い知識かと思って今までスルーしてたけど」
つまり、今はスルーできないと判断した訳だ。悲しいことに。
「では、順に説明していきましょうか」
「頼むよ」
そこからフランの神授兵装講座が始まった。
まずは白の神授兵装、長剣型のシュトラール。
持ち主はご存知エルケンバルト・ラインハルトさん。聖騎士様とか勇者様とかいう言葉が違和感無く似合う人。
能力は剣身に触れるものの選択。つまり、相手が盾を構えたとしても盾を通過して攻撃を当てられる。勿論、鎧だって通過されて何の意味も無い。
「エルさんの剣技はほんの少ししか見てないけど、あの剣技と合わせると凶悪極まりないな」
「七つ星最強と言われる所以です」
青の神授兵装、帯型のフリーデン。大きさは自由自在。
持ち主はこちらもご存知マリアベル・シャリエさん。フランのお姉さんで、溌剌とした性格の持ち主だ。
能力は肉体修復。損壊した生物の身体を正常な状態に戻す。腕一本がミンチになってしまっても元通りにできるというのだから、これまたとんでもない。
「跡形も無く消されてしまった場合には、傷を塞ぐことしかできませんが」
「それでも凄まじいと思う」
紅紫の神授兵装、扇型のエアインネルング。
持ち主はやはりご存知クラリッサ・エクスナー様。高飛車お嬢様。きちんと話せば案外分かり合えそうな気がしているけれど、俺は何故か警戒されている。
能力は非生物を対象とした保存と複製。なお、保存されるのは対象が保有するエネルギーなども含めてであり、赤熱した鉄塊が高速で撃ち出されたものを保存した場合、複製時にはやはり赤熱して高速移動する鉄塊が出現するそうな。
ただし、複製したものは時間経過で自然消滅するらしいので、資源を増やすことは不可能。
「複製できる数は、制御できる限り幾らでも、とのことです」
「そりゃあ、一人で包囲殲滅ができる訳だ」
そのまま他の神授兵装も説明してくれようとしたフランを、俺は制止した。
「聞くと関わりを持ってしまいそうな気がするから、止めておきたい。すでに関わりのある三人分だけで十分かな」
心からの思いだった。
「……持って数年でしょうか」
「何が、とは訊かないよ。俺は絶対に訊かない」
それが四色目ということなのか七色コンプリートということなのか含め、訊きたくもない。
少しだけ遠い目をしていたフランが普段の表情に戻ると、再び口を開く。
「ところで、アインバーグにはいつ戻りましょうか?」
その質問に対し、俺は暫し考える。
俺とフランは当初の依頼を完遂した状態で、けれど案件の事後処理は前述の通り終わっていない。そこに首を突っ込むことは可能ではあるけれど、そうしたい筈も無く。
今回の報酬は既に受け取っており、帰る為の費用も別に受け取った。要するに、いつでも自分達のタイミングで帰れ、ということらしい。事後処理が終わるのに付き合った場合、どれほどの期間を王都で過ごすことになるか分からないからだ。
「荷物は全部俺のアイテムボックスに入ってるし、この後すぐに王都を出ても構わないけど。少しくらいは観光してみたい気持ちもあるかな」
最長でも二、三日程度で考えてるけど、と付け足した。
「ところでフランはどうしたい? もしすぐ帰りたいのなら、俺もそれに付き合うよ。空からの夜景は見たし、王城だって迎賓館だって入ったしで、特殊な観光は既にしてるからね」
「いえ、私も王都は久々に訪れましたから。折角ですし観光をしましょう」
という訳で、フランとの王都観光が決定した。
城塞都市アインバーグは、石材をふんだんに用いた無骨な雰囲気そのまま、何かと実用性を重視する傾向が強い。それは商店などについても同じことが言え、華美な装飾が施された品物は少ない。
対してこの王都ゲゼルシャフトは華やかな雰囲気そのまま、アインバーグではあまりお目に掛かれない華美な品々を見ることができた。
「花の絵が描かれて金の縁取りがされてるティーカップなんて、アインバーグじゃ見付けるのも一苦労だな……」
俺とフランは今、食器専門店にやって来ている。
店の雰囲気は明るく、それでいて静か。客足はそれなりにあるが、身なりの整った人が多い。
まあ、如何にも高級な食器が数多く取り揃えられているような店に、そうそう変な客は訪れないか。
「使えればそれで良い、と言わんばかりに無地の食器が主流ですからね。厚さも、アインバーグで見かけるものより薄く作られているようです」
すぐ隣に居るフランも陳列された商品を手にとって、しげしげと眺めている。
「このティーカップで飲む紅茶はきっと美味しい。という訳で買おう」
ティーカップだけでもそれなりに種類が豊富な店だけれど、先程から見ているものが特に気に入った。
「青い花の絵がとても丁寧に描かれていますね。私も気に入りました」
ソーサーと一緒に、二組買おう。
なに、高額の収入があったばかりだ。少々の支出は構うまい。
何かを察し一組分の代金は自分が払うと言い出したフランを、積極的に無視して。二組のカップとソーサーを購入した俺は店を出て、次は何処へ行こうかとエディターのマップを開き思案する。
「リクは時折、酷く強引です」
俺を追ってきたフランが半目になって俺を見てくるが、すぐに表情を普段通りに戻す。
マップはフランにも見える設定にしていた。
「次の目的地ですか?」
「取り急ぎ、俺が行きたかった喫茶店と食器専門店には行った訳だけどさ。この後はノープランなんだ。何かしらのお土産は買うとしても、それは別にこの後すぐである必要も無いかなって」
食器専門店の位置口から少し移動して、俺とフランは次なる目的地を考える。
「ああ、そうです。服飾店に行きませんか?」
「服? ああ、デザイン的にも王都の方が洒落たものが多いか」
女性の買い物は長いことが多いけれど、その代表格的な服選びだ。
とはいえ彼女の服選びを見るのは然程苦にはならなそうにも思う。大抵の服は見事に着こなすだろう。
「はい。リクはモノトーンの服ばかり着ていますから、たまには違う色にも挑戦してみるべきだと思います」
「俺の方だったか」
モノトーンばかり、というのは全く反論できなかった。何せ今現在、白い襟付きシャツに黒い綿パンという格好だ。
という訳で、やって来ました服飾店。ここはブティックと言っておこうか。
外装も内装も白を基調とした明るい雰囲気の店で、大きめの窓から外の光をふんだんに取り込んでいることもその印象を強める一因だろう。
そして女性客ばかり。少ない男性客も、どうやら女性客の付き添いが多そうだ。
「……俺達もカップルに見えるのかね」
ぼそりと、何と無しに呟いた言葉だった。
「何か言いましたか、リク?」
「いや、何でもないよ」
不思議そうにこちらを見てくるフランに、俺は首を横に振って答えた。
「まあ、ささっと何着か見繕ってみようか。あんまり派手なのは遠慮願いたいけど」
「そうですね。今回モノトーンは外しますが、やはりリクには落ち着いた色合いが似合いますし。……ああ、伊達眼鏡をかけてみるのも良いのではないでしょうか?」
何だかフランがとても生き生きしている。
そうやって会話を続けながらしばらく服を選んでいると、若い女性店員が近付いて来た。
「どのような商品をお探しですか~?」
おっとりとした印象を与える外見で、口調もやや間延びしている。
「白と黒は除外して、落ち着いた色合いのシャツを探しています。個人的には、緑系統の色が良いと思うのですが」
何となくぼんやりと服を選んでいた俺に対し、フランには割と明確なビジョンがありそうだ。
「それなら~、こちらはどうでしょうか~? 彼氏さんにとても似合うと思います~」
彼氏ではないけれども。
ともあれ店員が出してきたのは、深緑色の襟付きシャツ。胸ポケットが付いていて、ボタンは白い。一見すると無地に思えたが、薄っすらとチェック柄になっている。
「いえ、彼氏、では、ないのですが……。あの、はい、そのシャツはとても良いと、私も、思います」
普段の三倍くらい読点を増やした感じのフランの言葉。かなりの動揺が読み取れる。
「あら~、照れ屋で可愛らしい彼女さんですね~?」
「彼女ではないんですけどね」
「……こちらは冷静ですね~」
動揺するフランを見て愉しそうだった店員だが、俺の淡白な反応にはテンションを下げた。
「ところで、そのシャツと同じくらい落ち着いた色合いで、赤系統の品はありますか? ああいえ、それはそれで買いますが」
「赤ですか~。それでしたらあちらの方に~」
視界の端に居るフランから、何となく強い感情を感じさせる視線を受けている気がするけれども。頑張って気付かないふりをしよう。
むしろ俺は何も気付いていないんだ。そう、とても鈍感なんだ。
そうして何着かトップスとボトムスを選び、ついでにフランが言っていた伊達眼鏡まで買ってしまった。
伊達眼鏡は黒いプラスチックフレームで、レンズの形は概ね角の取れた長方形といったところ。レンズが無いタイプもあったけれど、個人的にはあるタイプの方が好きだ。
「とても素敵です。普段より更に知的に見えます」
そう言って絶賛してくれているフランが選んだ品だった。だからある意味では、自画自賛なのか。
「それはどうも。知的に見えるかは、自分では分からないけど」
少しだけ苦笑しながらそう答えると、かえってフランは満足そうに頷いた。
その後も引き続き同じ店で、けれど今度はフランの服選び。
しかし、俺のものを選ぶときは随分と乗り気だったというのに、自分のものを選ぶとなるとフランは消極的だった。なので、ノリが若干鬱陶しかったものの押しが強い先程の店員の力を借りて、色々と買ってみた。
例として一部を挙げると、腕と鎖骨周りが透けている黒いストライプフリルドレスとか、膝が隠れる程度の丈のデニムフレアスカートとか。
「何故、リクが支払いを済ませてしまっているのですか!」
試着室から出てきたフランが、つい先程支払いを済ませて財布を片付けている俺に詰め寄ってきた。
なお、フランは前述のストライプフリルドレスを着ている。それの値札は店員と結託した俺が事前に切っており、勿論他の商品と一緒に会計を済ませておいた。
「隙があったから、つい」
「意味が分かりません!?」
普段は負けっぱなしなので、たまに攻勢に出ると面白い。程々にはしておくけれど。
「本当のところを言えば、常日頃からのお礼。……とりわけ今回の仕事、フランの同行が無かったら酷いアウェー感で悲惨なことになってたと思うし」
発言内容通りの状況を自分で想像しながら言うと、フランからの反論は来なかった。多分、俺の表情は中々のものだったんだろう。
「それはそれとして、見事に着こなしてるね。やっぱり美人は何を着ても似合うらしい」
褒め言葉も忘れずに。
わざわざお世辞を使わなくて良いので、言う方としても気が楽だ。
珍しく主人公が優勢でした。