第八話 与えられた能力1
馬車を降りた俺とフランは、降りた先の冒険者ギルドの建物に入る。受付に居たベテラン受付嬢、フロランタン先輩に後でお話がある旨を伝えて困惑させつつ、昨日も来た狭い部屋へと向かった。
目的の部屋に入室し、テーブルを挟んでソファーに座る俺とフランが対面して、話をする環境が整う。
「まず俺のこの剣、エディターには二つのモードがある」
テーブルの上にエディターを置きながら、俺はフランへの説明を始めた。今の溝の光は緑色だ。
「一つが緑のエディットモード。エディターの名の通りの機能で、ある程度の制約があるけどステータスの値を編集できる」
ここで、溝の光を青色に切り替える。
「もう一つが青のモードだけど、これはまだ秘密にしとこうかな。ま、肝心要の機能だけは話したってことで」
エディターをシャットダウンし、アイテムボックスに収納してしまう。
フランの方を見ると、驚愕と納得が同居する不思議な表情を浮かべていた。
「あの攻撃力の秘密はそういうことだったのですね。納得できました。ですがまさか、ステータスそのものに干渉する能力だとは……」
事象の書き換え、と小さい呟きが聞こえた。
何か、大層な表現をされたな。
「使い方を誤れば自爆する能力だけどね」
強みを作る能力であると同時に、弱みを作る能力でもあるのだから。いわゆるトレードオフ。レベリングによって徐々に解消されていく問題ではあるけれど。
「逆に使い方さえ誤らなければ、常に有利な戦法を取れる訳ですね」
至って真面目な表情のフランから、著しく高い評価を受けている気がする。その能力を扱うのは所詮俺なので、過度の期待はやめて欲しいところだ。まだ突進するだけの猪しか相手にしてないし。
「相手の手の内が分かれば、の話になるけど。あと、手札を隠されてたらどうしようもないかな」
防御や回避にリソースを割いて、相手に手札を出させることも可能ではあるだろうけど。それにしたって上手くいく保障は無いし。
「それでも、必要に応じて適切な役割を果たせるというのは非常に強力です。なるほど確かに、リクが能力を伏せたがったのも分かります」
いや別に、能力的に強力だと感じて伏せてた訳じゃなくてね。むしろデメリットがあるって部分を伏せておきたかった訳でね。
何だろう、この微妙な誤解は。もうそのままで良いけど。
「共闘にしろ敵対にしろ、一度戦った相手にはアバウトに能力を把握されるような気がするから。あんまり長く伏せていられる能力でもないけど」
敵にデメリットを知られたなら、それはそれで利用できる状況も有り得るけど。その辺りは読み合いになる。やっぱり確実とはいかない。
「レベルさえ上がればデメリットも目立たなくなってくるから、早いところ安全圏まで上げておきたいもんだよ」
具体的にはレベル五〇くらいまで。そしたら、今日と同じくDEXとINTからAGIにリソースを振ってレベル一二五相当の俊敏性を得られる。少なくとも同レベル帯の相手なら、余裕で勝てるだろう。
ただ、コマンドブルだったらあと八十頭近く討伐しないといけない計算になるんだよな。アレより強い魔物ならもっと少なく済むだろうけど、それは本末転倒だ。安全マージンは十二分に確保した上でレベリングしたい。
なお、俺にレベリングしないという選択肢は存在しない。何故なら神に言われたからだ。
「転生者はまるで、そうあることが定められたように危機に直面する。これは最高神である私にもどうしようもないことでね。何せ一度は死に、本来であれば魂ごと再構成された上で輪廻を巡ることになっていた存在だ。正常なレールから外れた存在とでも言えば良いのかな。レール上に在れば絶対の安全が保証される訳でも無いけれど、やはりレール外よりは当然ながら安全だよ」と。
自身の身長程もある長い虹色の髪の毛を、細い指先でくるくると弄びながら。俺を転生させた神様は──最高神である女神はそう言っていた。
そう、女神だったんだよ。淡く輝く虹色の髪と大きく開いた黄金の双眸、緩くアーチを描く眉、すっと通った鼻筋、小さくも瑞々しい唇。数多くの芸術家が追い求めた、女性の美の極致と表現すべきだろう完璧なバランスの肢体。
本当に美しいものを見た人がどんな反応をするかって言えば、今の俺は即答出来るね。絶句するんだよ。
おっと話が逸れた。
ともあれ、あの女神様からの警告を無視することはできない。話した時間は短いけれど、信用に値する方だ。ちゃんとデメリットも話した上で、俺に転生という選択肢を提示してくれたんだから。
そう、俺は記憶を持った上でこの世界に転生することを、自分の意志で選んだんだ。
「……まずは信頼できる方を見付けるというのも、妥当な選択肢かも知れませんね。早くレベルを上げるにしても、少人数では効率も落ちるでしょうから」
先程から俯いてテーブルを見詰めていたフランが、唐突に提案してきた。
「確かに仲間は増やしておいた方が良いよなぁ。そして言い出しっぺの法則に則って、フランには俺の最初の仲間になって貰おうかな?」
調子良く口を動かしつつ、フランに右手を差し出す。握手だ。
「私で、良いのですか?」
若干の戸惑いを見せるフランだったが、拒絶という感じはしない。これはあともう一押しか。
「これでも人を見る目についてはそれなりの自負があってね。一部とはいえ俺の能力を開示したことを、信頼の証と思って貰えたら嬉しい」
説明を入れつつ、使う言葉は簡潔に。過装飾は胡散臭くなるだけだ。
フランは戸惑っていた表情を真剣なものに変えて、ゆっくりと俺の手を握った。まだ若干恐る恐る握ってくる弱い圧力が、なんとも微笑ましい。
「そう、ですか。ではその……、これから、宜しくお願いします。リク」
「こちらこそ、宜しくお願いするよ。フラン」
よし、信頼できそうな仲間ゲット。我ながら良く回る舌だと自嘲しそうになるけどとにかく仲間ゲット。
「ところでリク。昨日の朝に出会った方を覚えていますか?」
俺と握手していた手を離し、元の澄ました表情に取り繕うフラン。
頬に若干の赤みが差していること、果たして本人は気付いているのだろうか。触れないでおくけれど。
「エルさんのことかな」
記憶にあるのはエルケンバルト・ラインハルトさん。俺からの第一印象は聖騎士様って感じだった。
「はい、エルケンバルトさんです。今日新たに派生し発生した調査クエストには、彼に同行して頂きたいと考えています」
ほほう。そこはかとなく強者のオーラが滲み出ていた、エルさんに。
「そして仲間になって貰おう、と?」
「単刀直入に言えば、その通りです」
何だろう、RPGで最後に仲間になる強キャラを、序盤でいきなりパーティメンバーにしようとしてるようなこの感覚。いやだって、エルさん絶対強いって。俺の勘がそう告げてるんだって。
「ちなみにさ、エルさんって星幾つ?」
星、というのは簡単に言えば冒険者の強さの指標だ。一つ星が最低ランクで、七つ星が最高ランク。この辺りは女神様から貰った知識に入ってる。
一つ星から二つ星までが初級、三つ星から四つ星までが中級、五つ星から七つ星までが上級。それぞれアバウトに七割、二割、一割の人数分布だそうな。
「七つです。白のラインハルトと呼ばれる、色持ちの一人ですね」
いきなり強さがインフレしてるなー。色持ちだったかー。