第八二話 それぞれの成長
新キャラではありませんが、ただ主人公の仲間を増やしたかっただけなんです。
時の流れというのは速いもので、俺──リク・スギサキがこの世界にやって来て半年が経過した。いや、その間に起こった出来事の数を数えてみると、案外遅いのかもしれない。
ある程度覚悟はしていたものの、実戦にしろ訓練にしろ、ここまでほぼ毎日剣を振る生活を送ることになるとは思わなかった。他にも、色々やらかして周囲から怖がられ始めたかと思えば、エリックとジャックの救助に向かうことを即断で引き受けた一件以降、妙に俺に対して擦り寄ろうとしてくる初級冒険者が複数居たりして。
ああも下心満載でやってこられると、この世界も案外平和だなって思う。心理戦においては前の世界の方が、圧倒的に高レベルだったな。実際の腕っ節がものを言う世界なんだから、弁が立っても然程役に立たないのかも知れない。少なくとも、初級冒険者に必要なスキルではないだろう。
……以前フランに言われた、貴族というものには気を付けた方が良いかも知れないけれど。俺はどうやらそれらに似ていたらしいし。
そういえば、元ストーカーことアレックス・ケンドールが三つ星から四つ星に上がったらしい。
訓練所で時折顔を合わせていて、ついでに手合わせも何度か申し込まれていた。以前の無駄な自尊心は鳴りを潜め、連続する一つ一つの動きをスムーズに繋げていて。精度こそ甘かったが、動きながらの光魔法を撃ってきたりもして、牽制程度にはなっていた。
勿論返り討ちにした。ただ、こちらは以前のように魔法無しではあったし、ステータス編集を極振りまではせずにいたにしろ、そこそこには善戦されてしまった。
まあ、元々思い込みが激しかっただけで、嫌な奴ではなかったんだろう。俺や周囲に害が無ければそれで良い。害があったら容赦しない。
ところでそのアレックス・ケンドールより少し先に、お人好しお姉さんことロロさんも四つ星に上がっている。
事前の準備として俺はロロさんと模擬戦を重ね、ロロさんの戦闘における呼吸を概ね把握。本来のロロさんにとって適正な強さの魔物を相手に、リアルタイムステータス編集による支援を行って。その後、ロロさんにとって一つ格上の魔物を相手にしていった。
エディターによる支援行為はステータスシステムによる経験値配分に影響を与えないようで、大量の経験値がロロさんだけのものに。その結果、レベルは五三にまで上がった。パワーレベリングって最高だな。その途中で「リク君、これ私が思ってた以上にずるい。すっごくずるいよ!」なんて凄まれた気がするけれど、俺は気にしない。
なお、パワーレベリング中の相手は全て受注したクエストの標的だった。俺自身は戦わなかったので報酬は全てロロさんの懐に入れて貰って構わなかったんだけど、「いやどう考えてもリク君一人で戦った方が楽な状況で討伐してるよね。逆に私一人だったら受注の時点で止められちゃってる難易度だから」なんて言われて、更に紆余曲折あってから最終的には折半になった。
それと、パワーレベリング後にエリック達三人の訓練に付き合ったというロロさんから、改めて感謝された。曰く、エリックの実力の伸びが尋常じゃないらしい。先のレベリングが無かったら先輩としての矜持が崩壊していた可能性があると。
まだ二つ星に上がったばかりの初級魔法使いであるエリックが、隙あらば中級魔法をぶっぱなしてくるそうで。しかもそれが、速度も貫通力もある熱線の形で撃ち出されるそうで。近接戦闘にまで対応できるものだから、魔法使いとしては異常なほど隙が無いようだ。
すみません、近接戦闘については俺の所為でもありました。対高速戦闘の訓練をエリックに何度か行いました。
というかもう、何で魔法剣士じゃなくて魔法使いやってるんだろうアイツ。完全に魔法剣士の適性があるんだけど。杖の先端にジ・フレイムを刃の形で宿してカウンターまで狙ってきたときは、流石にびびったよ。避けてこっちの攻撃を当てはしたけど、もう少し油断してたら掠るところではあったんだ。
そんな状況なので、エリックが複数のパーティーから勧誘を受けているという話も聞いた。多くは同じ二つ星パーティーからの勧誘と聞いたけれど、三つ星パーティーからのそれもあるらしい。実際、今のエリックの実力は三つ星相当だろうしな。それも四つ星に近いレベルの。
ただし、全ての話を蹴っているようだ。「僕が火力偏重の魔法使いだから、回復が得意な魔法使いが居てくれると嬉しいんだけどね」と、逆に他所から新たなメンバーを受け入れることは視野に入れているらしい。
それにしても、新たなメンバーか……。正直フランが居てくれれば不都合が起こった記憶が無くてアレなんだけど、俺もそろそろ自分の用事としてのクエストに同行して貰える人を増やしても良いかもな。
「クエストに誘われりゃ行くぞ? いや、そういうことなら俺から誘ったって良いんだよな?」
どうすべきか考えつつ訓練所に向かい、そこでスキンヘッドのタフガイ──【鋼刃】のドミニクさんに会って話をしてみた結果の返答だった。
「あー……、はい。都合さえ付けばですが、勿論ご一緒させて頂きますよ」
俺と実力が近い人で、とは考えていたんだけど、それはつまり上級冒険者の五つ星という訳で。一般的にかなりの実力者とされる範疇にあるので、相応に難航するだろうから腰を据えて事に臨む気だったんだけど。
「俺はソロで動くことが多かったが、ぼちぼち限界を感じてたしな。お前さんになら背中を預けられるし、中々悪くねえタイミングだ」
ドミニクさんは腕を組み、満足げな表情で何度も頷いている。そして、こちらに向けて右手を差し出してきた。
「訓練で何度も剣を合わせちゃいるが、改めて宜しく頼む。……何を呆けてんだ?」
「即決されて驚いていたんですよ。こちらとしてはまだ勧誘じゃなくて、相談の段階でしたし。でも、受けて貰えるならそれに越したことはありません。今後はより一層、宜しくお願いします」
ごつごつとした大きな手と握手。握り潰されてしまいそうな迫力はあるが、握り潰されてはいない。ちゃんと普通の握手だ。
「おうとも。そうと決まれば、明日にでも何か行くか? フランセットちゃんにも話をしとかねえとな!」
満面の笑みで語るドミニクさん。テンションが高い。
そういえば、フランへの呼び名はちゃん付けだったな。
「そして今回もやっぱり試合はするんですねぇ!?」
訓練所の結界内で、風を纏い縦横無尽に飛び回りながら。目まぐるしくステータスの値を変動させ、己に可能な最速の一撃を繰り出し続ける。
背後からの突き。地の補助魔法、シールドⅡで弾かれる。
反撃として振るわれた大剣に、こちらもエディターを振って応じる。受けた衝撃を後方に跳んでやり過ごしつつ、纏った風に身を任せ低空飛行に移行する。
時計回りに飛び、間合いを計る。俺が飛んだその後に、地魔法による岩の槍が複数突き立てられていく。こちらの速度に対応まではされていないが、油断はできない。
「当ったりめえよ! お前さん、どんどん速くなりやがるからな! こちとら楽しくて仕方ねえ!」
楽しそうに叫ぶドミニクさんに風魔法の刃を放つが、これは大剣により切り伏せられた。
「そこか!」
射角から俺の位置を確認したドミニクさんは大剣を構えたが、残念。そこに俺は──
「いやそっちか!」
──俺居ます!
勘とかそういう類の奴で対応してくんの、本当に止めてくれませんかねぇ!?
いつぞや見た、岩でできた津波が俺の視界いっぱいに広がる。それはもう目一杯、逃げ場など一切無いことを視覚的に分かり易く教えてくれる。
『モノ──ウィンド!』
INT極振りの風魔法を前方にぶっ放す。迫る津波に僅かな隙間が生じ、俺はそこへ身体を捻じ込む。
隙間は所詮隙間で、狭い。巨躯ではないが矮躯でもない俺の身体が入り込むには、少々無理があったようで。頭を庇う腕や脇腹、足などに、容赦無く岩がぶつかってくる。岩だけにガンガンってかチクショウめ。
とはいえ今はVIT極振りの状態なので、ダメージは軽微。そう、ダメージは。
「貰ったァ!」
津波を何とか突破した俺を待ち構える、鉄塊。否、大剣。
無慈悲に振り下ろされるそれを見て、俺は。
『ジ・ウィンド!』
密かに練習を重ねて使用可能になっていた、風属性中級攻撃魔法を解禁した。
初級魔法とは次元が違う速度で俺の身体は横にスライドし、金属光沢を放つ大剣が俺に触れること無く床に叩き付けられる。
「……そういやお前さん、今まで初級魔法しか使ってなかったな」
嫌なことに気付いたような表情を浮かべて、ドミニクさんは俺を見る。
「単にそれしか使えなかったんですよ。中級は割と最近覚えました」
涼しい顔を心掛け、油断すれば暴走しそうなジ・ウィンドの風を制御し身体に纏い続ける。それでも不完全な分があるので髪の毛が少々暴れているが、演出っぽく見える範囲だと思うのできっとセーフ。
それにしてもDEX最低値の状態は辛いな。長時間の維持はまだ厳しそうだ。
「手ェ抜いてた訳じゃねえのか。だったら良し!」
先程までより更に楽しそうな表情になったドミニクさんが、相変わらずサイズ感の狂った巨大な大剣を振り回してくる。
「手を抜くどころか、今は背伸びしてますけどね」
額から流れる汗が纏った風で飛ばされる中、俺自身の身体も飛ばす。
水平に振るわれた異常なリーチの大剣を上に回避することでやり過ごし、そのままドミニクさんの頭上を越えて後方に回り込む。想定よりも大きく弧を描いてしまい、距離が微妙だ。
仕方がないので、改めて距離を詰めるとしよう。
『ジ・グランド』
ドミニクさんの背後から強襲しようとした俺の眼前に、一枚岩の大きな壁がせり上がってきた。それは随分と斜めに傾いていて、今にもこちらへ倒れて来そう──
「──ってか来てる!?」
如何にもドミニクさん自身がこの直後に攻めて来そうなシチュエーション。果たして回避か、迎撃か。
回避で。遅巧より拙速だ。
迷いかけつつもそれなりに迅速な判断を下し、右に飛ぶ。岩壁の端まで来ると、案の定。ドミニクさんが上段に構えて準備していたらしい大剣を、豪快に振り下ろしてきた。
大剣そのものは全く届かない距離ながら、そこから発生する岩の津波は中心角の鋭い扇状になって俺に迫る。範囲を狭めたためか、速度も今までに無く高いようだ。結界の壁はすぐ隣にあり、つまり端に追い込まれていて避けるスペースに乏しい。
となれば。
身体に纏う風を解除。新たな魔法を構築。宣言する。
『ジ・ウィンド!』
INT極振りからの、魔法発動直後にDEX極振り。風の形状はドリルをイメージ。緑掛かった風が螺旋を描き、迫る岩を砕き貫く。
俺の左の方で岩壁が騒々しい音を立てて倒れる中、俺の風が津波を突破した。
「まだまだァ!」
けれど第二波が床に叩き付けられた大剣から発生し、またしても俺の風とぶつかり合う。
あれ……、これヤバくないか? とても嫌な予感がするんだけど。
「これで終わりじゃ──」
少なからず威力を減らされた風のドリルは、第二波と現在拮抗状態にある。そこに向こうの梃入れが入ってしまうとするとどうだ。
「──無えぞオラァ!」
具体的には第三波が来てしまえば、そりゃ拮抗なんて一瞬で崩れるよなチクショウ!
『モノ・ウィンド』
素直に諦め、自身の身体を真横へ水平投射。風を使った移動にも慣れたもんだ。
一瞬前まで俺が居た場所を、岩の波が容赦無く蹂躙する。岩の砕ける音を連続で鳴り響かせ、聴覚的にも大迫力だ。とても一人の人間に向けて放たれた攻撃とは思えない。
『エアロⅡ!』
風属性中級補助魔法、エアロⅡを発動する。効果は移動速度の上昇であり、正直なところ訓練所が狭くて仕方無い速度に到達する。AGI極振りなんてする俺が十全に使うには、まだまだ訓練が足りない。
それでも、拙さを補って余りあるのがこの絶対的な速度差だ。
「……ッ、この!」
はっきりと視認されている状況で俺が行った直線移動からの強襲にすら、ドミニクさんの反応が遅れた。直撃こそ避けられたものの、右脇腹を裂いた。
反撃が来るより早く駆け抜け、モノ・ウィンドも用いて方向転換。今度は背後から強襲する。
地属性中級補助魔法による盾が俺の攻撃に対し斜めに展開され、エディターの軌道を変えられる。
即座にアイテムボックスへエディターを収納し、並行して片手半剣を取り出す。俺の首の高さで水平に振るわれる大剣を、勢いが乗り切る前にかち上げる。
『ジ・グランド』
至近距離で発動された魔法は、足元から伸びる複数の棘の形をしていた。
一歩のバックステップで五メートルほど一気に距離を取り、棘を回避する。
『モノ・ウィンド』
回避の最中に風の刃を形成し、放っておいた。しかしこれは大剣に阻まれる。
さて、片手半剣をアイテムボックスに片付けて、と。
「すみません、ここで降参します」
俺は両手を軽く挙げて、降参の宣言をした。
「……ああん!?」
「そんなドスの利いた声を出さないでくださいよ。これ以上戦っても俺の負けが濃厚だから、降参しているだけです」
ヤの付く自由業の方々のような雰囲気を醸し出し始めたドミニクさんを、できるだけ冷静に宥める。
「つっても、俺は今確かに押されてたんだがな」
「魔法の制御が大分覚束無くなってまして。継戦能力が乏しいんです、俺」
背伸びしなけりゃそうでもないけど、背伸びすると地固めできてないから一気に崩れるんだ。倒れるまで訓練するつもりは無いし。
「……確かに、動きが普段より荒かったな。お前さんががっちり身に付けた力じゃなかったってのは分かる」
ここでドミニクさんも武器を仕舞った。俺の降参は受け入れられたようだ。
「だから早いところ使いこなせるようになれよ。俺も手伝ってやるからよ」
静かな口調ながら、圧が凄い。笑みが非常に獰猛。
もたもたしていると怒られそう……どころか、もたもた自体が許されなさそうだ。
なのに模擬戦が避けられませんでした。
そうだよなぁ、コイツは戦うよなぁ。