第八一話 帰るまでが遠足です
エリックは主人公をやれる人材。
エリックとジャックの二人を救出した日の翌日。森の外に設置したテントの中で、俺は緩やかに覚醒した。
上体を起こして周囲を見渡せば、テントとしてはそれなりに広いその中に三人の姿を認められた。前述の要救助者だった二人と、ロロさんだ。一人用テントも持っているのでロロさんにはそちらを勧めたが、私一人だけ仲間外れは寂しいなぁ、なんて言葉で丸め込まれた。
怪我でダウンしている男二人はともかく、俺は元気いっぱいでしかも実力もロロさんより上。もう少し警戒しても良いんじゃないかと、そういう内容の進言をしたものの現状はこれである。
何だろう、俺ってそんなにも男として見られてないんだろうか。ロロさんに恋慕している訳ではないけれど、複雑な感情は湧き上がる。
考えても楽しくないことは横に置いといて、三人を起こしてしまおうか。二人の怪我の具合も気になるし。
ポーションは体力・魔力共通で一時的な回復に過ぎないので、時間経過と共にその効果は抜ける。ただし、おおよそ十二時間程度で抜けるその効果中は、それぞれHPとMPの自然回復力を飛躍的に高めてくれたりする。なので例えば体力ポーションで一〇〇〇の回復があったとして、その後の一二時間で抜けるのは五〇〇とか四〇〇とか。自然回復にも個人差や、ポーションの質によっても変動がある。
俺が持っているのはアインバーグで手に入る中でもそれなりに質が高い方のポーションだったので、もう少し効果を見込めるかも知れない。
いや俺、ほとんど怪我しない戦い方ばっかりしてて知らないんだ。してもフランがあっさり魔法で治してくれたりするから、ポーションを使う機会が少ないという。昨日のHP→MP変換時に使用したくらいか。ちなみに魔法での回復は永続的で、貴重なMPを消費するだけのメリットは十分にある。エディターを持つ俺と回復魔法が使えるフランが揃うと、基本的に回復魔法を使った方がお得だ。
そんなことを考えながら、手前に寝る怪我人達の上を跨いでロロさんの枕元にやって来た。寝顔がとても安らかに見える。
「ロロさーん、朝ですよー」
とりあえず声だけで起こそうと試みる。僅かに反応は見られたものの、これだけで起きる気配は無い。
仕方が無いので肩を揺らしてみる。まあ、寝袋越しの肩だけど。
「んぅ……?」
するとロロさんの瞼が半開きになった。数回の瞬きの後、ゆっくりと目が開かれる。
「あー……リク君。おはよう」
もぞもぞと緩慢な動きで寝袋から抜け出していく様は、普段の割と溌剌とした印象とは異なる。
「おはようございます、ロロさん。寝覚めに紅茶は如何でしょうか?」
俺はカップとソーサーを左手に取り出し、紅茶の入ったポットを取り出す。
「……あはは。自宅での朝より、ここでの野宿の方が優雅だね。うん、貰えると嬉しいな」
少し呆気に取られた様子を見せたものの、ロロさんからの返答はイエス。俺は湯気を立て甘い香りを漂わせる紅茶をカップに注いで、ロロさんに渡した。
「ありがとう」
お礼を言って紅茶を受け取り、ロロさんはそれを一口啜る。
「ん、美味しい。この紅茶って淹れたてなのかな? リク君って結構早起き?」
淹れたての紅茶を、時間経過しない俺の特別なアイテムボックスに入れたものだ。なので、淹れたてと言えば間違いではない。確実に誤解は生むけれど。
「昨日の淹れたてですかね」
「全然淹れたてじゃないよねそれ」
事実を語った俺の言葉を冗談として受け取ったのか、ロロさんからそれ以上の追及は来なかった。
「じゃ、まだ寝てる二人を起こして帰りましょうか」
「アンヌも首を長くして待ってるだろうからね」
まあ、昨日の内にフランを介して無事の連絡はしてるんだけど。
……本当に、フランには色々お世話になってるなぁ。
帰路にてたまに襲い掛かってくる魔物は居たが、やたら機嫌と調子の良いロロさんがあっさり片付けていた。実はINTの値をAGIに譲渡したりしていたので、調子は良くて当たり前だったんだけど。
ロロさんすげぇ、と主にジャックが驚いていたのは印象に残っている。
丁度日が沈み切った頃になってアインバーグに無事到着し、そのまま俺達はギルドに直行。今日はフランが受付に居たので、迷わず向かう。
「リク、ロロさん、おかえりなさい。そしてお疲れ様です。エリックさんとジャックさんも、ご無事で何よりです」
仄かに笑みを浮かべて、フランは労いの言葉をかけてくれた。
「私は疲れるほどのことをしてないんだけどね」
「そんなことを言ったら、俺も地べたを這いずってるトロールの首を一つ刎ねただけなんですが」
蓋を開ければ実に楽な仕事だった。
「まあいいか、それよりアンヌは──」
──何処に居るのかな、と問い掛けようとしたそのときだった。
「エリック! ジャック!」
受付の奥の方に、姿を確認したのは。
ポーションを使ったのか、怪我はもう治っている様子のアンヌ。特に違和感の無い動きでこちら、というかエリックとジャックに駆け寄る。勢いそのまま、エリックとほとんどぶつかるような格好になった。今の表情は分からないが、すすり泣くような声が聞こえるとは言っておこう。
咄嗟に反応できなかったエリックはややよろめいたものの、割としっかりアンヌを抱きとめている。その表情には苦笑が浮かべられていた。
「ただいま、アンヌ。心配掛けてごめんね。それと、助けを呼んでくれてありがとう」
採点基準にもよるだろうが、恐らく満点に近い言葉だったように思う。それに引き換え、ジャックはただおろおろしていた。こいつは赤点だ。
「あ、あたしはただ、ロロさんにみっともなく、泣き付いただけだよ……。どうしたら良いか分からなくて、二人して困ってたときに、スギサキが来てくれたんだ」
いや通りかかっただけなんだけど。偶然出くわしただけなんだけど。まるで俺が助けに入るために行動してたみたいな表現は、全く適切ではないんだけど。
「それより、怪我は本当に大丈夫なのかい!? トロール二頭を討伐したなんて話を聞いたけど、一体どんな無茶を!?」
少し興奮した様子のアンヌだが、エリックはそろそろ周囲からの視線が辛くなってきたようで。
「ちゃんと後で話すから……、ひとまず僕を、離してくれるかな?」
困り顔になってきたエリックにそう言われ、アンヌはきょとんとした表情を浮かべた。それからエリックの視線が周囲に向かっていることに気付き、その周囲からの視線にようやく気が付いた。
ギルド内には日没後でありながら二十名以上の人間がおり、そのほとんどから生暖かい視線を向けられている状況だ。
「あっ、そ……ッ、ごめ……ッ!」
熟れたリンゴのような顔色になったアンヌは、言語野に支障を来たしつつ、油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさでエリックから離れた。
普段のサバサバした印象とは異なり、新鮮だ。意外と初心なのだろうか。逆にエリックは随分と落ち着いているけれど。
「じゃあ改めて。ただいま、アンヌ」
「……おかえり」
先程までより随分小さな声で、アンヌは返事をした。
ところで、当事者のはずのジャックが見事なまでに蚊帳の外なんだけど。まあ、みっともなくおろおろしてたのが悪いか。
ふとここで、俺と同じく事の推移を見守っていたフランと目が合う。俺が色んな意味を込めて首を横に振ると、クスリと笑った。
遠足も救助も帰るまでが、だよな。だからこれにて一件落着、と。
でもこの作品の主人公はもっと面倒な男です。