第八〇話 顔の広さに救われた二人
人との繋がりは厄介なものも多いですが、それだけではないと思うのです。
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どうも、現場のリク・スギサキです。
救助した二名は俺が用意したテントの中で眠っており、体力の回復に努めています。主にエリックの方が自分も何か作業をと言い出しましたが、体力を回復して貰わないとこっちが困る旨を伝えたところ大人しくなりました。
俺の後からやって来たロロさんとも既に合流を果たしており、こちらはテントの設営を手伝って頂きました。今現在は俺が用意した簡易ベンチに俺と並んで座り、落ち着いてコーヒーを飲んでいます。
「本当に、びっくりしっぱなしだよ。エリックとジャックが死ぬかもしれないなんて言われて、リク君の武器のとんでも性能を教えられて、エリックとジャックがトロール二頭を討伐してみせたなんて言われて」
湯気を立てるコーヒーカップを両手で持ち、ロロさんはしみじみと言いました。着衣に多少の汚れがありますが、それはエリックに肩を貸して移動したためです。
飽きてきたし、そろそろ普通の口調に戻そうかな。
「五年分くらいの驚きを、この一日で一気に消化したんじゃないかな」
ころころと、ロロさんは笑っている。
「もしそうなら、この先五年は平穏そのものですよ」
俺もまた湯気を立てるコーヒーカップを手に持ちながら、その中身を啜る。
「だと良いねぇ。でも多分、リク君絡みで遠からずまた驚かされるんじゃないかなぁ」
「一仕事終えてリラックスしてるときにそういうこと言うの、割と本気で止めて貰って良いですか」
ほのぼの口調で爆弾投下されるとは思わなかった。
「あはは、ゴメンね。それから、助けてくれてありがとう」
穏やかな笑みを浮かべながら、ロロさんは俺の方を見て言った。
はて、俺が助けたのはロロさんというより、エリックとジャックなのだけど。
「ギルドでも救援の手配をしようとしてたんだけど、都合良く手が空いてる人は見付からなくて。トロールが複数居る状況なんて、私の実力じゃ確実に打開できる自信は無くて。本当はそれでも行きたかったけど、冷静な思考がそれを止めて。あの時迷ってて、良かった。足踏みしてて、良かった」
ロロさんの笑みに、ほんの僅かな苦味が混ざる。きっとそれは、今俺達が飲んでいるコーヒーの苦味のように心地良いものではないんだろう。
「お陰で、リク君があの場に来てくれた」
お陰という言葉を使う自分の表情に、ロロさんは自覚があるのだろうか。
「……俺の思い過ごしなら、自惚れんな馬鹿って言って貰って全然構わないんですが」
疑問に思った俺はそれを解消すべく、変な前置きをしてから質問をぶつけることにした。それはもう、AGIに極振りしたエディターのフルスイングの如く鮮烈に。
「あの二人の救援に際して、大したこともできず俺に任せっきりになってしまった、なんて思ってませんか?」
ロロさんが固まった。どうやら図星らしい。
「あ……れれ。もしかして表情に出てた、かな?」
「それはもう、分かり易く」
一刀両断する俺の言葉に、ロロさんはうな垂れた。
「そっかー……、分かり易かったかー……。気を遣わせてごめんね?」
力無く笑うその姿は、見ていて楽しくないな。
「気を遣ってない言葉をバンバン出してると思いますが」
「下手な慰めの言葉より、今はそっちの方がずっとありがたいからね。リク君はそれが分かってて言葉を選んでると思うから」
常日頃から世話焼きなお姉さんには、俺の浅慮などお見通しだったようだ。
「ここに来るときも似たようなことを少しだけ言いましたが、改めて言わせてください」
それならそれで、更に遠慮無く言わせて頂こう。こちとら自分の思うままにしか行動してないんだ、変な蟠りを持たれるのも面倒臭い。
「俺はロロさんのお世話になりました。フランの実家に行くときの手土産選び、かなり本気で困ってたんですよ。下手なものを出す訳にはいかないものの、俺が相談できる相手は少ない。その少ない内の、普段なら最有力候補であるフランにこの件で相談するのは気が引ける。そこで思い浮かんだのはロロさんの顔でした」
仮想敵ではないけれど、それに類する心持ちでターゲットをフランの父親──ギルベルトさんに絞り、噂話を収集。消え物一択で手土産を考えていた俺は、甘いものを好んで食べるという情報を得て、そういう系統の人気店に目星を付けていった。その結果挫折しかけた。
この世界、少なくとも俺が住むアインバーグでの人気店は、一見さんお断りであることが多かったんだ。隠れた名店なんて探している時間は無かったし、本当に困っていた。正直藁にも縋る思いでロロさんを訪ねた訳だけど、その時の俺を今でも褒めたい。実に良い判断だった、グッジョブ。
「結果を語れば大当たり。あからさまに警戒状態だったフランのお父さんが、ほんの少しとはいえ表情を和らげてくれたんです。手土産一つで、ですよ」
という訳で、とフランの実家訪問についての話を終えて。俺は話を戻す。
「ロロさんの顔の広さに俺が救われたから、今度はロロさん自身がそれに救われた。今回の件はそういう、とても単純な話です。まるで幼子に読み聞かせるような、ハッピーエンドの物語です。それなのにそういう陰のある表情を浮かべているというのは、少し道理に合わないんじゃないでしょうか」
だって誰も不幸になってないんですよ、と。俺はそんな言葉で締めくくる。
ロロさんはたっぷり二十秒ほど無言で俺の顔をじっと見た後、盛大に溜息を吐いた。
「本気で当てにするって前に言ったけど、ちょっと当てになり過ぎだね。強引な癖に、正面切って否定するには難しい、感情論なのか理論なのか分からない言葉でさ。そもそも否定したって、誰も幸せにならないし」
今のロロさんは、吹っ切れた顔をしている。どうやら俺の言葉はそれなりに伝わってくれたようだ。
「でも、自分の無力を実感しちゃったのは事実なんだ。だから、ちょっと本気で力を付けようかなって思う。リク君の暇なときで良いから、手伝ってくれるかな?」
とびきり良い笑顔で、断られることなど微塵も考えていない表情で。
「エディターのステータス編集、ロロさんにも使えるようにしてしまいましたからね。効率を考えても、俺が手伝わない手は無いです」
沢山の魔物たちには俺も感謝の念を抱いている。使えるリソースが増えるたび、俺にできることが飛躍的に増えていったのだから。
「さておき、格上殺しの爽快感は保証しますよ。俺がそうだったように、短期間で一気にレベルを上げましょう」
俺は満面の笑みで言い切った。
「わー……、それって凄くずるいなぁ……」
ロロさんも口ではそう言いつつ、笑顔を浮かべていた。その笑顔が引き攣っていたりだとか、そんなことは俺の目の錯覚だろうから気にしない。その必要は無い。
「レベルさえ上げてしまえば、それはもう個人の実力です。急に力を付けて調子に乗ってしまうような人間ならそれも危ういでしょうけど、ロロさんは違いますし」
これもまた言い切った。
だってな、このロロさんが調子に乗る姿なんて想像できないんだよ。無理無理。
「……頼る人、大正解だったけど大間違いだった気もしてるよ」
誤魔化す余地も無いほど引き攣った笑顔で、ロロさんは言った。
「褒め言葉として受け取っておきます」
この日一番の笑顔で、俺はそう言ったと思う。
少なくともこの話は、間違い無くハッピーエンド。