第七七話 思い切りの良いお姉さん
少なくとも嫌いではない、という程度の相手には割と優しさを見せます。
「お願い、助けて!」
突進するような勢いでこちらに詰め寄り、俺の肩を掴んで一方的に捲し立てる。随分と強引だ。ロロさんらしくもない。
足を引き摺るようにしながら、アンヌもこちらにやって来た。
「分かりました。事情説明をお願いできますか?」
お世話になった人以外からこんなことをされたなら、エディターの峰で一撃食らわせているところだが。ロロさんはそのお世話になった人だ。
「物分かりが良すぎるね!? でもありがとう!」
一瞬驚いた表情になり、けれどすぐ真面目な表情になったロロさん。
「移動しながらでも説明はできるから、早く行こう……!」
必死な様子のアンヌがそう訴えるが、彼女自身の怪我も無視できない。
何処に行くべきなのかは分からないが、とりあえず俺はエディターでマップを開く。そしてアンヌのパーティーメンバー、ジャックとエリックの現在地を表示した。中々の状況らしかった。
具体的には、二人のHPが四割を切っていて、少し距離を置いた周囲に多くの魔物が徘徊している。どうやら魔物から身を隠しているようだ。
「……ジャックとエリック、森に残って魔物から隠れている二人の救出が目的ってことかな」
二人から、ぎょっとした目で見られる。
アンヌが傷だらけ、加えてこの場に件の二人が居ないとなれば、ある程度の推測は簡単にできるだろうけど。それ以上のことは分からないだろうしな。
「なんで、それを……」
アンヌはこれでもかと言うほど大きく目を見開いて、俺を見てきた。声こそ出さなかったものの、ロロさんも似たようなものだ。
友人の命が掛かっているときに、手を抜くなんて有り得ない。……いや、彼らを友人と断言できるだろうか。ちょっと自信が足りないような。まあ、見捨てられるほど疎遠ではないさ。
「俺が公には隠している手札を、今さっき使っただけだよ。場所も特定したし、さくっと行ってくる。傷だらけのアンヌは待機を。ロロさんはどうしますか?」
有無を言わさず怪我人には待機を命じ、同行者になり得るロロさんには問いを投げた。
「勿論行くよ。でも、多分私はリク君の後を追いかけることになるかな」
おや謙虚。まあ、ステータスの差を考えれば当然か。
「ちょっと待って、あたしも──!」
怪我人が何やら喧しいので、眉間を指先で軽く突く。
「多分、アンヌが二人に託された役割は助けを呼ぶことだろう? だったらここからは、助けを求められた俺達の役割だ。領分を間違えちゃいけない」
本当なら、ここで必ず助ける約束でもしないといけないんだろうけど。
「最善は尽くす。不安だろうけど待っとけ」
俺にはこれが精一杯だ。
「……分かっ、たよ。あたしが不安に押し潰される前に、戻ってきてくれると、嬉しいね」
強がりか何なのか分からない言葉を、無理した笑顔で言ったアンヌ。これは本音が見え隠れしているだけか。
「急いで行ってくるよ。安静にしておいてね、アンヌ。それじゃあリク君」
ロロさんが締めの言葉をアンヌに告げて、俺を見る。何やら楕円形の金属プレートを差し出された。サイズは手の中に握り込める程度で、端の方に穴が空いており紐が通されている。首から提げるための紐だろう。
「念話の距離を延長してくれる魔法具だよ。私が持ってるプレートと対になってて、その間での念話でしか効果が無いけど、持っておいて」
受け取ったプレートには同心円状に複数の円が描かれており、その間隔がそれぞれ微妙に異なっている。ロロさんがもう一枚プレートを取り出してこちらに見せてきたが、どうやら全く同じように円が描かれているようだ。
「お借りします。……とりあえず街を出るまでは、移動しながら話を聞かせてください」
少し迷いつつ、自分の中で折り合いをつけて言葉を選んだ。
「うん、分かったよ」
さて行きますか。
アインバーグの街中を疾走するのは、これで何度目か。そろそろ片手で数えられなくなりそうだと些細な危惧を抱きながら、それでも俺は走っている。
「ゴブリン討伐の最中、不運にもトロールの群れに遭遇してしまい交戦。機転を利かせたエリックの魔法で目くらましに成功し、一時的に撤退することには成功。しかしそれまでに負った負傷で、そのまま完全な離脱をすることはできなかった、と」
移動しながら受けた説明をまとめると、こんなところだ。なお、トロールは中級の魔物であり、体長は三メートルほどにもなる。肌は薄い灰色で、丸太のような腕を振り回す。同じ中級の魔物であるオークのステータスを平均的と表現するなら、トロールは攻撃偏重といえるか。
「アンヌは比較的軽傷だったみたいで、それで助けを呼ぶ役割になったって話なんだけど……。あれで、比較的には軽傷だったんだよ。無理に動いて傷が余計に開いた、なんてこともあったとは思うけど、それでも……」
暗い表情で語るロロさんは、残された二人の状況を相当深刻に捉えているようだ。
「ジャックとエリックのHPが残り四割弱で、今のアンヌと大差がありません。恐らく外傷としてもあまり変わらないかと。……全く、二人して意地張って男を見せたんでしょう。少なくともそんな意地を張れる程度には、元気が残ってるみたいですよ」
現状から推測されることを、推測のまま。けれど大きく外れてはいないだろうそれを、ロロさんに聞かせた。
「HPの現在値まで分かるの……?」
「俺の黒い両手剣、とっても便利なんです」
驚くロロさんを尻目に、街の出口を発見した。ギルドカードの提示だけでそのまますんなり外に出て、改めて口を開く。
「俺の武器の名はエディターと言います。ステータスをリアルタイムで編集可能で、対象の強さを変動させます。正直本気でお勧めしないというか、むしろ選んで欲しくない選択肢ですが提示しましょう。……ロロさん、ステータスをエディターで編集可能な状態にし、今後の生殺与奪を俺に握られる覚悟はありますか?」
アイテムボックスからエディターを取り出し、その黒い剣身を並走するロロさんに見せながら。アーデの時と違い、内容の説明を行った上での提案を行った。
果たして、俺は現在一人で低空飛行中だ。方角は当然、ジャックとエリックが居る森がある方で。
「……思い切りが良すぎるよなぁ」
風魔法を用いた最大速度を維持しながら、溜息混じりにひとりごつ。HPからMPへの変換も行っているので、エディターを握っていない左手には飲みかけの回復ポーション瓶がある。風を上手い具合に制御しているとはいえ、飛ばされないよう注意は必要だ。
誰の思い切りが良かったか、それは当然ロロさんだ。
AGIに極振りしたロロさんのステータスは彼女自身にとって異次元の速さだったようで、慣れるのに手間取っていた。それでなくとも俺よりは低い値な上、こちらは風魔法まで移動に使う。当然の帰結として、俺が先行している訳だ。
……それでも、彼女本来の移動速度とは比べ物にならないはずだけど。
いや、まさか即答されるとは思わなかった。お願いするよ、なんて。ちょっとお使いを頼む程度の気負い方にしか見えなかったんだけど。むしろ俺の方がよっぽど動揺してた。
≪だってリク君だからね。大事な後輩の命が掛かってるとき、迷い無く助けを求められる程度には信じてるよ≫
≪あんまり多くを背負いたくはないんですが≫
それにしても、念話を使ってする会話内容がこれですか、ロロさん。
≪今まさにジャックとエリックの救出に向かってる人の台詞だって思うと、すごく不思議な感じがするね≫
≪お世話になっている人からの頼みは、極力断らないようにしているもので。不義理を働くのは俺自身が気持ち悪いんですよ≫
そう、とても気持ち悪い。だからそれを避ける。ほかならぬ俺自身の為に。
≪そういう訳で、ロロさんは今後も俺に恩を売っておくと不測の事態に備えられて、とても良いと思いますよ≫
半分くらいヤケクソになりながら、そんなことを言ってみた。
≪あはは。ありがとうね、リク君≫
あー……。今はとにかく、この速度を維持しよう。要救助者である二人に出会うまではひたすら、無事を祈るばかりだ。
もう少し好感度が上がってくると、かなり優しさを見せます。ただしそこまで食い込む人間は、極めて少数です。