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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第二章 それでも駆け出し冒険者と言い張る
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第七三話 シャリエ夫妻

まるで彼女の家に初めて訪問する彼氏が如く。

 アインバーグ居住区の中でも街の中央に近い位置にある、白く眩しい洋館。雰囲気としては教会が近いだろうか。外周を囲む壁の奥に堂々と佇むそれは、一種の聖域のような印象すら与えてくる。庭は広々として、庭園という言葉がすんなり馴染む。ユリやマリーゴールド、ラベンダーなどに良く似た花が数多く咲き誇り、その中で緩やかに曲線を描く石畳の道が前述の洋館へと続いている。


 場所はエディターのお陰で分かっていて、その広さもマップ上で確認はしていたものの、やっぱり実際に目で見るとなると違うな。完全に豪邸だよこれ。


 正門に辿り着いた俺を出迎えてくれたのは、黒いタキシードを着た初老の男性だった。簡単に言うとセバスチャンって感じだ。ちなみに本名はカールさんだそうで、ニアミスも無かった。


 カールさんの穏やかな笑みを眺めながら案内されて入った建物の中は、外観を裏切らず豪邸だった。

 まず、広いエントランス。2、3組のペアならダンスだって踊れそうだ。正面には螺旋状に伸びる階段があり、更に視線を上に向ければ豪奢なシャンデリアが吊るされている。

 庶民の俺があまり視界に入れていると緊張感に押し潰されそうなので、そろそろシャットアウトしてしまおう。そんな決意をした俺はカールさんの目にどう映ったか、何故か感心されたような目を向けられている。本当に何故。


「ようこそ、リク。お待ちしていました」


 俺が謎のプレッシャーに襲われている最中、届いたのは耳慣れた声。反射的に視線を向けた先に居たのは、濃紺のドレスワンピースに身を包んだフランセット・シャリエその人だった。

 今はバレッタで髪を纏めていて、イヤリングなどアクセサリーの類も少ないながら身に付けており、普段よりも更に大人びた印象を受ける。


「本日はお招き頂きありがとうございます、フランセットさん。ローブ姿の貴女も凛としていて素敵ですが、今の装いは貴女の髪色が特に美しく引き立ちますね」


 ここが豪邸のエントランスであることや、フランのお嬢様然とした格好に、思わずそんな返答をしてしまった。半分くらいはノリで。


「ふふ。リクの口から出た言葉としては耳慣れないものですが、不思議と違和感はありませんね。ありがとうございます」


 半ばおふざけの態度だったのは見越した上で、それでもフランはお気に召したようだ。


「それは重畳。シャリエ家のご令嬢にご満足頂けたとあれば、これに勝る喜びはそうありません。……ま、そろそろ普段通りに戻すよ」


 先程までの馬鹿丁寧な態度を止めて隣を見ると、カールさんが驚いていた。


「失礼。スギサキ様の家名は寡聞にして存じませんが、もしや──」


「いえいえ、俺はただの庶民です。転生者なので、何処かの国の貴族の出という訳でもありません」


 悪ふざけの副産物として、カールさんからの妙な誤解を生みそうだった。冗談を言うのは冗談が通じる仲になった人の前だけにしないといけないか。いや褒め言葉自体は本心からのものだったけど。


「リクは今すぐ貴族の使用人になれる程に言葉遣いが巧みですから。あのクラリッサさんから、初対面で名前を覚えておくと言われたくらいです」


「おお……、左様でございましたか」


「早いところ忘れ去られたいんですけどね」


 紅紫(こうし)のエクスナーこと、クラリッサ・エクスナー様だ。こちらとしては特に印象的な出会いを果たしたつもりは無いんだけど、あちらからは多少なりとも気に入られてしまったらしい。

 大物に名前を覚えられてる状況ってのは、個人的にとても宜しくないよ。せめて友好的な関係を築いている上でなら、話は違ってくるんだけど。


「……記憶力に優れた方ですので」


「オーケー分かった。俺も本気で忘れて貰えると思ってる訳じゃないから、その先は言わなくて良いよ」


 それでもあわよくば、という希望くらいは持っていたいんだ。






 立ち話も何ですし、ということで案内されたのはダイニング。埃一つ落ちていない長い廊下を歩き、辿り着いたその先。

 そう、今は昼飯時。昼食を共にしようということで、話は元から纏まっていた。


 部屋の広さは学校の教室ほどか。まず目に入ったのは、白いテーブルクロスが敷かれた長テーブル。中央に立派なキャンドルスタンドが立ち、五つの火が穏やかに揺らめいている。

 それを囲むように並べられているのは、様々な料理。扇状に並べられた薄切りステーキや白いスープ、数種類の野菜を用いたゼリー寄せなど。そこはかとなく高級感が漂うラインナップだ。


 さて、そろそろ現実を直視しよう。

 余裕がありそうな笑みを浮かべた、フランの銀髪から青みを抜いてやや垂れ目にすれば将来こんな具合になるだろうなと思えるご婦人──の隣に居る男性が問題だ。同じく笑みを浮かべてはいるものの、一見して無理をしていると分かる。そもそもエディターのマップで警戒状態と表示されているその人物。

 深い蒼の髪色は深海を思わせ、アッシュグレーの目は普段ならば(・・・・・)知性を感じさせただろう。俺のふた周り以上年上と思われるその男性の名は、エディターによるとギルベルト・シャリエ(・・・・)さん。先程まで椅子に座っていたが、俺が来てすぐに立ち上がった。


「初めまして。私はギルベルト・シャリエ、フランの父だ。君はスギサキ君と言ったか。良く来たね、歓迎するよ」


 歓迎って言葉を深読みしそうになるほどの表情を浮かべられている訳だけど、どう対応したものか。いや、変な勘違いが確定的だし、慌てて解消しようとすると逆効果である可能性が高い。まずは大人しくしておこう。


「初めまして、スギサキさん。私はアマーリア・シャリエ、フランの母よ。フランが男性の友人をうちに招くなんてことは今まで無かったものだから、この人ったら変に緊張しちゃって。ごめんなさいね?」


 ギルベルトさんと同じタイミングで椅子から立ち上がり、穏やかに微笑んでいる女性。のほほんとした声色で、フランのお母様だというアマーリアさんは言った。


「初めまして、ギルベルトさん、アマーリアさん。お二人ともご存知のようですが、私の名はリク・スギサキと申します。本日はお招き頂き、ありがとうございます。こちら、昼食の後にでも食べて頂ければとご用意させて貰いました」


 アイテムボックスから、今日の為に用意しておいたクッキーの箱を差し出す。できるだけ穏やかな笑みを心掛け、アマーリアさんではなく頑張ってギルベルトさんへ。クッキーです、と中身を軽く説明しながら。


「……これは、ラング・ド・シャか。しかもララチッタの店の」


 ラング・ド・シャは元の世界でも通じるだろう。白いクッキーで、東京土産として有名なものはそれでチョコレートを挟んでいたな。

 ララチッタというのは単に、アインバーグにあるクッキーの有名店の名前だ。大変な人気店で、入手には少しばかり苦労した。とりあえず、世話焼きお姉さんことロロさんに借りができた、とだけ言っておこう。あの人の顔の広さは結構凄い。


 ギルベルトさんの反応を見るに、中々悪くないお土産だったのではなかろうか。表情が先程より自然な感じになっている。そんな気がする。


「さあ、あんまり長く話しているとお料理が冷めてしまうわ。どうぞ席について。フランも」


 アマーリアさんがそう言って、全員が席につくことに。


 まずは冒険せず、じっくりと攻めていこう。

 ……ただ、今日は本当に犬を触りに来るだけのつもりだったんだけどなぁ。フランから昼食に誘われて、断れなかった俺が文句を言っても仕方無いけど。

平和に生きたい。

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