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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第二章 それでも駆け出し冒険者と言い張る
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第七〇話 影猫

足踏みした分、さくさくと。

 目的のシャッテンカッツェにマーカーは付けておいたので、俺達は心置きなく撤退した。アーデもきっと納得しているはずだから、心置きなく。


 いやはや、フォルストオイレの方はトレントと共生関係にあると聞いていて覚悟もしていたのだけど、シャッテンカッツェの方でトレント関連の問題が発生するとは思わなかった。まあ、共生関係でないからといって必ずしも敵対関係という訳では無いか。

 シャッテンカッツェは夜行性の魔物なので、夜間に移動してくれることを期待する他無い。移動した後またエルダートレントの周辺に戻ってくるようなら、文字通り振り出しに戻ってしまうことになるけれど。


 日中は森の中で薬草採取に精を出し、夜間はテントの中で標的の行動をエディターにより確認していたが、俺の不安は見事に的中した。シャッテンカッツェ達はエルダートレントの周辺を寝床にしているらしい。短距離ながら移動はしたものの、エルダートレントのネットワーク範囲内に戻っている。

 嫌な予感が良く当たると嘆くべきか、嫌なことを事前に覚悟しておけたと喜ぶべきか。俺はネガティブの向こう側にあるポジティブを信じよう。この程度は想定の範囲内だ、と余裕ぶることにしよう。


「という訳で作戦会議を始めよう」


 翌日の朝。俺が出した大きなテントの中で、俺とフランとアーデの三人は顔を突き合わせている。


「この森に生息しているシャッテンカッツェは現状、エルダートレントの領域を大きく出ない。出る時間自体も短く、その他の魔物も活動を活性化させる夜間。更に夜間というのは目的のシャッテンカッツェが最もその能力を発揮する時間であり、討伐ならともかく捕獲となると非常に難易度が高くなる」


 だからもう、諦めて帰るべきじゃないか。そんな言葉が喉まで出掛かったけれど、一応飲み込んでおいた。


「端的に言うとやる気が起きない」


「やる気出して!?」


 帰りたいという言葉を飲み込む代わりに別の言葉を出してみたが、アーデには不評だったようだ。


「薬草集めなんていう、多少は依頼料を下げてやれるようにするための名目上の理由を付けてここに居るとはいえ。中級の魔物の最上位クラスであるエルダートレントのテリトリーの中で、魔物の捕獲を行うっていうんだからな。依頼料を大幅に超える仕事の大きさだと言わざるを得ない」


「依頼料の引き下げについては本当にありがたいと思ってるけど、もう少しオブラートに包んで欲しいな! というか作戦会議って言ってなかったっけ!?」


 作戦会議という名目で撤退を提案しているつもりだったが、アーデにその気は微塵も無いらしい。


「だから撤退作戦の詳細を詰めていこうと」


「ここ森の外だし、テントを片付けて馬車を拾うだけだよね!? 作戦立てないといけないほど複雑なことは無いよね!?」


 オブラートに包まず撤退という言葉を直接出すと、ダメ出しを受けた。


「可能な限りエルダートレントを刺激しないように行動するか、逆に盛大に刺激してシャッテンカッツェが自主的に移動するよう仕向けるか。こんなところでしょうか?」


 そんな中、至って冷静に真面目な作戦を提案し始めたのはフランだった。


「前者はちょっと方法が思い付かないし。まあ、後者で良いんじゃないかな」


 俺がそれに合わせて普通に返答すると、アーデが中々の目で俺を見てきた。


「さっきまでのワタシとのやり取りは? え、何? まさか遊んでただけ!?」


 不信という概念を直接突き刺してくるような視線が、今の俺には向けられている。


「依頼料と仕事内容で釣り合いが取れていないのは事実だから、今この場で額の引き上げを行っても正当性を主張できると思うんだがどうだろうか?」


「いっつもワタシからの反論を封殺する準備してるんだからもう! あーもう! 引き上げは勘弁してください!」


 怒りながらも頭は下げてくるこいつの素直さは、それなりに高く評価してるよ。それと比して俺が捻くれている、というのもあるかも知れないけれど。


「……ま、昨晩食べたケーキが美味かったし。それで相殺しておこう」


 ここでまた貸し一つ、と言っても良かったが、あんまり増えすぎてもかえって面倒だ。


「お菓子作りの特技に救われた……! 今度また、別のお菓子を作って持ってくるよ!」


 甘いものは人並み以上に好きなので、内心で少し期待する。しかし、これは対応も甘かっただろうか。お菓子だけに。


「という訳で、想定以上の労力分は俺が働くよ。エルダートレントに高値で喧嘩を押し売りしてくる」


 具体的には、顔面目掛けてエディターをフルスイングでもしてこよう。擬態時には無いけど、それが解除されると顔が現れるんだ。老人の顔と木を合成したようなイメージで、見ているだけで呪われそうな雰囲気があるらしい。


「いえ、ソイルラットの群れを突破する際にはリクに頑張って頂きましたから。今度は私が頑張りましょう。そもそもケーキは私も頂きました」


 とても美味でした、とケーキの味を褒めながら、フランがそう申し出た。






 太陽があと二時間ほどで真南に来るかという、朝と言うには少し遅い時間帯。俺達が居るのはエルダートレントのテリトリー──のほんの僅か外側。


「エディターのお陰で色々融通が利く俺が囮役をやるのが、順当だとは思うんだけどな」


 自前の長杖を持ち、いつでも魔法を放てる様子のフランを見ながら呟いた。


「それを言い出すと、リクの仕事が極端に多くなってしまうではありませんか。或いは、ここで私がエディターを借りるというのも手ですが」


 じっと俺を見るフランの目は、とても真っ直ぐで。俺のような小心者が真正面から受け続けるには、些か攻撃力が高すぎた。


「勘弁して欲しい。エディターが手元に無かったら、俺は中級冒険者程度に戦力ダウンする」


「それならやはり、初手は私に任せて頂きます。お二人は飛び出してくるはずのシャッテンカッツェに集中してください」


 女性に囮役をさせるというのは、男として少しばかり抵抗があるんだけどな。実力的に全く不足が無いというのは間違いないけれど、そういう問題じゃないんだ。

 とはいえ話は決着してしまったので、俺は俺の仕事を全うしよう。


「了解」


「任せてよー」


 俺は普通に、アーデは気の抜けるような返答をして、この場を移動する。バキバキと木々が砕かれる音が辺りに響き始めるのは、そのすぐ後だった。


三重起動(トリプルキャスト)? ううん、四重起動(クアドラプルキャスト)かー。とんでもない同時起動数だねー」


 移動しながらシャッテンカッツェの現在地をマップで確認しつつ、フランが一度に操る魔法の数について言及しているアーデ。

 なお、マップ上ではフランの近くに居るトレントからどんどん反応を消されていっている。


「あれって数が増えるごとに、指数関数的に難易度が跳ね上がるはずなんだけど。フランちゃんの一つ上、六つ星の魔法使いでも、四重起動なんて半数以上ができないらしいよ?」


 軽い口調で語るアーデだが、その表情は若干引き攣っている。


「本人のステータスも、極端に魔法使い向きだからな。天職ってことなんだろ。【大瀑布(だいばくふ)】の二つ名は伊達じゃないな」


 フランの豊富なMPが凄まじい勢いで消費されているのをエディターの画面で確認しながら、きっと俺の表情も今のアーデと似たようなものだろうと推測する。


「お、エルダートレントが移動を開始した。シャッテンカッツェは……様子見か? 何匹か動きそうな個体は居るけど、目星を付けた個体はまだだな」


 アーデがこちらに身を寄せてマップを覗き込んでくる。


「微妙に反応してるだけで、移動っていうほどじゃないね。エルダートレントに直接攻撃でもすれば、大暴れしてシャッテンカッツェ達を追い立ててくれそうなんだけど。……あ」


 まるでこちらの会話が聞こえていたかのように、フランの魔法がエルダートレントに直撃した。癇癪を起こしたように太い枝を振り回し、周囲の木々を薙ぎ払うエルダートレント。地面が液状化したように波打ち、地魔法を出鱈目に行使しているのが分かる。

 目的のシャッテンカッツェも当然の如くその周囲から逃げようと、疾走を開始した。


「とっとと捕まえて、用事を終わらせよう」


「そだね。エルダートレントの怒りが画面越しにも伝わってきて怖いし」


 逃げるシャッテンカッツェ達は四方に散らばって移動しているが、幸いにも目的の個体は比較的俺達に近い方向に逃げてくれている。そこを待ち伏せる訳だ。


 俺とアーデの二人で隠れられそうな大きさの木があったので、それで身を隠すこと一分弱。微細な足音を立てながら、騒々しい森の中を駆け抜けてくる黒い影が見えた。


『エアロⅠ』


 俺の足元に黄緑色の風が発生する。

 タイミングを見計らい、木の影から飛び出す俺。素晴らしい反応速度で移動コースを変更し俺を避けようとしたシャッテンカッツェだが、AGIに極振りし風の補助魔法まで発動した俺よりは明確に遅い。

 彼我の距離は予定通り詰められることになり、エディターの峰がシャッテンカッツェの細い胴に叩き付けられる。


 くの字に曲がって吹き飛ばされ、その先にあった木に全身を打つシャッテンカッツェ。即座に起き上がろうとするが、残念なお知らせだ。俺は既に目の前に居る。


「お休み」


 先の一撃で判明したステータスを参考にこちらのSTRを調整し、エディターの腹でシャッテンッカッツェの頭部を打つ。死なせず、気絶させることに成功した。


「……ほんと、その速さずるい」


 小走りで近付いて来たアーデがそんなことを言ってから、気絶しているシャッテンカッツェの額にエミュレーターを浅く刺す。

 黒い靄がシャッテンカッツェの全身を覆ってから数秒後、靄が消えた後には子猫サイズに縮んだシャッテンカッツェが残された。


 体毛の色は黒を基調としているが、イメージとしてはアメリカンショートヘアが近い。元のサイズはチーターくらいだったのでそうでもなかったが、今の子猫サイズだといよいよペットにしか見えないな。


「よーし、この子もワタシの使い魔! それじゃあフランちゃんと合流して、森から出よっか」


 気絶したままのシャッテンカッツェを両手で抱え、アーデは笑顔で言った。

 なお、肩にはきちんとフォルストオイレを乗せている。ペットショップの店員と自己紹介されたら納得しそうだ。


「んー……いや、シャッテンカッツェを戦闘に巻き込んで死なせてしまったり、取り逃がして遠くに行かれるのが嫌だっただけだしな。エルダートレントだけ仕留めておこう」


「ちょっと寄り道していこう、みたいなノリで!?」


 だってなぁ。仕留めた方が帰路が安全だし。

安全第一(実力行使)。

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