第六九話 一時撤退
ちょっとだけ足踏み。
木々の間を走り抜け、襲い来る鼠の群れをやり過ごす。
場合によって木を足場にしたり風魔法を移動に使用したりして不規則な動きを心掛け、隙を見て敵の頭数を減らす。近場に居たトレントにあえて突撃し、鼠との交戦状態に持ち込ませたりもした。
マップを見て、フラン達が十分に距離を取ったことを確認する。頃合と判断し、俺も離脱することに。
『アーデ、フォルストオイレを離脱させてくれ』
魔物相手に念話は使えないらしいので、アーデが持つエミュレーターで指示を飛ばしてもらう。
『ん、りょうかーい』
アーデからの軽い返事を聞きながら、今し方飛び掛ってきたソイルラットを踏みつけ足場とし、風魔法も使って空へと離脱する。
生い茂る背の高い木々を飛び越えて、何の障害物も無い空中。天を仰げばすっかり晴れ間が広がり、眼下に広がる豊かな森と相まって中々の景色だ。
ほう、ほう、と鳴き声が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、俺に向かってフォルストオイレが翼を羽ばたかせている姿が見える。
自由落下が始まりそうだった俺は、滞空の為に再度風魔法を使っておく。
フォルストオイレは俺に近付くにつれて少しずつ減速していき、そして。
「そう来るか」
手のひらサイズの姿になって、俺の肩に留まった。
「人の肩に乗るのが好きなのかね」
首や頬の辺りに柔らかい羽毛が当たるのは、少しくすぐったいんだけど。まあ、良いか。
いつまでも滞空はできないので、今度こそフラン達との合流の為に風魔法を発動させる。急な加速に飛ばされないよう、フォルストオイレの頭を抑えながら。
先行するフランとアーデの二人より、やや前を着地点に定める。そこにはただの木──に擬態したトレントが待ち構えている。
「仮面を付けたバイク乗りの蹴りって、強いよな」
そんな戯言を呟きながら、右足を着地予定地点に向けて真っ直ぐに伸ばしておく。ステータスはSTRとVITの二極振り。
衝突の直前になってトレントがこちらに気付いた様子を見せたが、絶望的に遅かった。俺の右足は太く立派な木の幹を容赦無く踏み砕き、一瞬にして貫く。
余剰威力で地面の上を五メートル以上滑り、俺の身体はようやく停止した。
「派手過ぎる合流だねー」
のんびり歩いて来たアーデがそんな感想を溢す。
「この木はトレントでしたか。それにしても、蹴りの一撃で仕留めてしまうとは」
格闘家としてもやっていけそうですね、なんて言ってくるのはフランだ。
「剣士を辞めるつもりは今のところ無いかな。剣が使えない事態を想定して格闘を学ぶ可能性はあるけど」
しかし格闘家となると、ステータス編集が面倒そうだ。斬撃は切り裂けば概ねそのまま前に進めるけれど、打撃だと減速が無視できないし。今の俺の戦闘スタイルには合わない。
「うん、やっぱり俺は魔法剣士でやっていこう」
エディターのガントレット形態なんてものを作っておいても良いけど、あんまり使わないだろうしな。ああでも、有益な効果を持つ剣が手に入れば、その限りでも無いか……? ちょっと真面目に検討する価値がありそうだ。
「リッ君は魔法剣士のイメージが固定されちゃってるしねー。風を纏って飛び回りながら剣を振ってるって、やっぱりインパクト大きかったもん」
「剣を振り始めたのも魔法を使い始めたのも、つい最近なんだけどな」
「……そういえばそうだったね。もう十年くらい魔法剣士やってる、って言われた方が納得できそうな感じだけど」
俺の頭の天辺から足先までをまじまじと見ながら、アーデが嫌に感情を込めた様子で言った。
「そうでもないだろ。俺の場合は速度で色々誤魔化してるだけだ。DEXに極振りした状態と戦闘時の動きが、まだまだ全然違う」
エディターの切れ味とステータス編集で高い攻撃力を出しているだけで、技量としては未熟の一言。不本意ながらも上級冒険者となってしまった以上、その点はできるだけ早く解消していく必要があるだろう。
今はただの我流に対して、エルさんの動きを参考に混ぜ込んだ程度の剣術なので、何処か本格的に剣術を学べるところに行っても良いか。エルさんのはアークライト流と言ってたな。
「極振り状態を基準に考えてる時点でおかしいからね?」
「それ以上に頭のおかしい連中を相手取らなきゃならない可能性が示唆されてる現状で、基礎力を高めない選択肢は俺に無い。……無いんだよなぁ」
自分で言ってて絶望的な未来ばかり想像してるのが、実に嫌になるな。
今の俺の目は、きっとハイライトが消えていつもの三割増し黒くなっていることだろう。
「……何かゴメンね」
「もう良い! この話は終わる!」
アーデに謝られた時点で限界だった。とにかく今は、目の前の目的を達成していこう。
「次はシャッテンカッツェだな! 張り切っていこう!」
「うっわー……空元気にしてもキャラ違いすぎ」
アーデが何か言った気がするが、積極的に無視していこう。
さてさて、前方に見えるは相も変わらず葉を生い茂らせた木々ばかり。中には見た目にも美味そうな実を付けたトレントもちらほら存在し、何とも都合の悪いことにその上位種であるエルダートレントの名前もマップに表示されている始末だ。
「エルダートレント、ねぇ……」
エルダートレントは、周囲のトレントと一種のネットワークを構築する。これがまた厄介極まりない。何せネットワーク。元の世界でも、軍事利用を名目として開発された技術と特性を同じくするものだ。
一定範囲内のトレントに敵として認識されると、その周囲全てのトレントから同様に敵として認識される。
「よりにもよって何でこんなところに、目的のシャッテンカッツェは居るのか」
問題はそこだった。そうでなければこんな動きが遅い奴ら、無視して通過する。
「不満を言っても、現状が好転するわけではありませんよ」
「そりゃそうだ」
俺のぼやきを軽く窘めるフランは、真剣な面持ちでマップを見ている。しかし妙案が浮かぶことは無かったのか、小さな溜息を溢した。
「せめてシャッテンカッツェを誘導できそうな道があれば良かったのですが、こうもトレントが密集していてはどうにもなりませんね」
「無理に今日済ませなきゃならない訳でもないし、一度引き返して明日また状況を確認するってのはどうだろう」
俺のやや消極的な意見に対し、フランは首を縦に振ってくれた。
「えー……、折角ここまで来たのにー?」
しかしアーデはあからさまに不満そうだ。
「そうか、一人でも突撃してくるか。だったら安心してくれ。エディターの性能を以ってすれば、後日にでも骨は拾ってやれる」
「出直そう! うん、そうしよう!」
温かい笑みを浮かべて快く送り出してやろうとしたら、アーデは意見を翻した。何故だろうなぁ。
勝算があっても無理に進もうとは思わない系主人公。