第六八話 鼠の群れ
些細なトラブルは事務的に処理していく主人公。
俺とフラン、アーデの三人に魔物を一匹加え、再び森の中を移動中。
段々と雲に切れ目が入ってきて、日も昇ってきたので、少しだけこの森も明るくなっている。ただそれよりも格段に明るいのが、アーデの表情だ。
「ふん、ふん、ふっふーん!」
鼻歌を歌いながら、自身の肩に乗せた新たな仲間に頬ずりしている。なお、フォルストオイレのサイズは現在、手乗り可能な程度。エミュレーターによって一時的に小さくされているそうだ。
俺のエディターがソフトウェア的なチートとするなら、アーデのエミュレーターはハードウェア的なチートと言ったところか。やはり使いこなせば相当に便利そうだ。
「完全に、念願のペットを飼い始めた子どもの表情だな」
戦力増強がメインの目的だというのに。まあ、喜ぶなと言うつもりは俺にも無いけれど。
「あれだけ幸せそうな表情を見ていると、少し羨ましくなってきますね」
そう語るフランの表情は柔らかく、穏やかだ。
「フランの家には、ペットは居ないのかな?」
話の流れで気になったので、質問してみる。
「実家に大型犬が居ますが、今の私は一人暮らしをしているもので。実家からではギルドが少し遠いのです」
「なるほど。アインバーグは広いからなぁ」
何せ人口二十万人の大都市だ。日本のように人口密度が異常に高ければそうでもない面積になるだろうけど、これは比較対象が悪いか。高層ビルなんてものは存在しないし、どうしても広さが必要になる農地の割合も全然違うし。
「それにしても大型犬か。こっちの世界の大型犬は、あっちの世界のとはスケールが違ったりするのかね」
あっちの世界でも、例えばセントバーナードとかグレート・デーンとかチベタン・マスティフとかはめっちゃでかかったけど。いや実物を見た事は無いけど。あくまで映像とか画像とかでね。
「よろしければ今度、私の実家に来ませんか? 羽毛布団のように毛がふわふわで、性格も大人しい子なんですよ」
「何それ完全に俺の好みなんだけど。行く行く」
反射的に答えてしまったけれど、フランの実家に行くってことは、そのご家族からすれば随分と意味深になったりしないだろうか。いやフランの性格は知っている訳だし、むしろ大丈夫か?
「では、今週末にでもと思うのですが、予定は空いていますか?」
「週末は訓練所に行く予定しかないし、問題無いよ。顔を見るたび俺との一騎打ちを所望してくるドミニクさんには悪いけど」
俺以外に相手が居ても、ドミニクさんはとりあえず俺に声をかけてくる。曰く、俺との高速戦闘は他の人間では味わえないとのこと。俺は珍味か何かか。
「リクはすっかりドミニクさんのお気に入りですね」
「ははは……。俺としても、実戦に近い訓練ができるのはありがたいよ」
体力と精神力を短時間で大幅に削ることになるから、できればもっと頻度を落としたいんだけど。とはいえ訓練の頻度を下げる訳にもいかないし、難しいもんだ。
「風魔法の習熟も進んでいると聞いています。中級魔法を使えるようになるのも時間の問題でしょうか。あるいは、既に……?」
「さあ、どうかな」
探るような視線を向けてくるフランを適当にあしらい、俺はマップを確認。進行方向に中級の魔物、ソイルラットの群が居る。
「これを迂回するには、ちょっと範囲が広いか……」
個体数は百頭近く。一頭一頭は俺の膝下にも届かない程度の体高だが、俊敏な動きと物量にものを言わせた強襲で、これまで数多の冒険者達を餌食にしてきた魔物らしい。
マップをフランにも見せていると、アーデが近付いて来た。
「んー、なになに? どうかしたの?」
鼻歌を歌うアーデそっちのけで話している俺達に、今ようやく気付いたようだ。
「えー……、これ、どうするの?」
アーデもまたマップを見て、それから顔をしかめる。
「戦力的な不安は無いにしろ、まとめて相手をするのも面倒だよな」
「この数相手に不安は無いって言い切れるの凄いよね」
俺一人でも少し時間を掛ければ殲滅可能、魔力の温存を考えなくて良いのでフランが魔法を乱射しても良い。アーデもこいつらを相手にする分には戦力になるし、不安要素は特に無い。
「中級の魔物の通常種相手に、今更気負っても仕方ない。……で、どうするか」
思考すること数秒。ここはやはり、囮を使うのが楽だろうか。
「フォルストオイレと俺で、ソイルラットの群れを二つに分割しよう。中央に道を作って、フランとアーデがそこを迅速に突破。その後を俺とフォルストオイレが追いかけるってことで」
アーデの肩に乗る小さな梟を見ながら、俺はそう提案した。
「仲間になってからの初陣が早速!」
テンション高めのアーデの声に呼応してか、フォルストオイレが鳴き声を上げながら軽く翼を広げてみせる。こちらの言葉を理解しているのだろうか。
「おー、やる気は十分だね! だったらワタシも、上手くできたらご褒美をあげよう!」
アーデは高いテンションのまま、フォルストオイレの頭を撫でる。
さて、頑張りますか。
AGIに値を振り、俺は森の中を疾走する。左肩には小さいままのフォルストオイレを乗せて。
前方に居るソイルラットの群れの一頭が、こちらに気付いた。木の根を齧っていたようで、口の周りに木屑が付いている。
「左側は頼んだ」
とん、と軽くフォルストオイレの頭に触れると、素早く飛び立ち元のサイズに戻った。ほとんど聞こえない羽音の代わりに鳴き声で存在を主張し、注目を集め始める。
『エアロⅠ』
俺の両足の周囲に出現する風。速度が一段階上がり、ソイルラット一頭の背中を擦れ違いざまに裂いた。
攻撃を行った俺に一部の注意が移り、すると今度はフォルストオイレが魔法を発動する。
風を払うように、魔力を纏った両翼を左右に大きく広げる。それにより発生したのは風の散弾。広範囲に渡ってばら撒かれた弾幕は多数のソイルラットに命中し、敵からのヘイトを大いに稼いだ。
俺も役割を果たそうか。
『モノ・ウィンド』
広範囲に、突風を撒き散らす。ソイルラットに土埃を浴びせる程度の風だが、俺の方のヘイトもこれで稼げただろう。現に、一部の敵の視線は俺に集まった。
一瞬、フォルストオイレと俺の目が合う。何となく、任せろと言われたような気がした。
どちらからともなく視線を外し、互いに背を向け反対側へと移動を開始する。
格下相手とはいえ、敵の只中を走り回る訳だ。我ながら無茶苦茶してるよ。いつか格上相手に同じようなことをする機会が訪れるかもしれないし、何事も経験ってことで一つ。
事前の調べ通り、ソイルラットは機敏な動きで次々にこちらへ襲い掛かってくる。恐らく正攻法としては、こちらも複数で遠距離から確実に仕留めて行くべきなんだろう。空を飛んだりする訳でも無いので、地魔法の使い手が地面を荒らせば敵の進行速度もぐっと抑えられるか。
そんな風に考えながら、丁度今ほぼ同時に飛び掛ってきた三頭の鼠をそれぞれエディターで斬り、半身になって避け、風魔法で吹き飛ばして対処する。風の補助魔法で速度を確保しているので、剣と魔法の両方を攻撃手段として活用できるのが非常に便利だ。フランのように複数の攻撃魔法を同時に操るというのは、まだ俺には早い。補助魔法と攻撃魔法を一つずつなら、こうして操れるんだけど。
二分間ほど移動しながらソイルラットを相手取っていると、マップ上に表示されるソイルラットの群が完全に二分されたことが確認できた。という訳で。
『フラン、今の内に群れの隙間を抜けて欲しい』
『了解しました。リクも適当なタイミングで離脱してください』
やはり何となくアーデではなくフランに、念話を飛ばした。いや、この程度のことならアーデに念話を飛ばしても問題無かったとは、俺も思うんだけどさ。完全に気分の問題だ。
さて、フランとアーデが安全圏に移動するまで、もう少し働きますか。マップで見た限り、フォルストオイレも頑張ってくれているようだし。
今後も自分がトラブルに巻き込まれることを前提に経験を積んでいく主人公。