第六話 初クエスト3
猪共の突撃によって揺れる大地。次第にその揺れも大きくなってくる。
俺は大きく息を吐き、それから前を見据える。
最もサイズの大きいコマンドブルを中心に、左右からもそれぞれコマンドブルが迫って来ている。下位種のブルはそれに追従する形だ。
俺の狙いは向かって右の、良心的なサイズのコマンドブル一頭。エディターを右手でしっかり握り、腰を落として滑るように駆け出す。
向かって左側の猪共が旋回してこちらを囲もうとするが、俺が標的と接触する方が早い。俊敏特化舐めんなよ。
突進しか能が無いのか、相対するコマンドブルは速度を緩めずむしろ加速。剣の間合いに入った。
エディター、事前構築しておいたマクロを起動。敵へのダメージ発生直前、AGI値をSTR値へ譲渡。ダメージ発生直後、元に戻す。
地面すれすれの下段から振り上げた黒い刀身は、真正面からコマンドブルの鼻先にヒット。STR値二五九から繰り出される攻撃として猪の開きを作った。
同時にEXPを取得し、俺のレベルは八に上昇する。後続のブルを四頭ほど切り伏せると、更にレベルが上がって九になった。
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Name:リク・スギサキ
Lv.9
EXP:360
HP:410
MP:273
STR:93
VIT:112
DEX:1(-103)
AGI:289(207)
INT:1(-104)
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残るはコマンドブル二頭と、ブル十六頭だ。
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リクの戦いを私──フランセット・シャリエは少し距離を置いた場所で観察しています。
当初の私の想定は、前衛をリクに任せて私が魔法により数を減らすという、非常に一般的な戦術を採用するものでした。これを討伐すればルーキー卒業、と言われる魔物がコマンドブルであり、それを単独で討伐したリクならば十分に前衛を任せられると判断したためです。この短期間ながらも、彼の人となりは慎重な性質のそれであることが分かっていたので、恐らくコマンドブル単独討伐の際もきっと堅実な戦い方で勝利したのだと思っていました。
けれど、今私の目の前で繰り広げられている戦いは私の予想を大きく外れています。正面から襲い掛かってきた群れの一角を、まさに剛剣と呼ぶべき豪快な太刀筋で切り崩しているのですから。
それは確かに、技術を感じさせる剣ではありません。熟練の剣士を相手にするのであれば、きっと容易く受け流されてしまうのでしょう。しかし今の相手はそうではなく、真正面から突進するのみの猪です。力負けしないのであれば、これほど確実な戦い方は無いでしょう。
そも、それがおかしいのです。この世界に来たばかりであるリクのレベルは、まだ低いはずだというのに。にも係わらずリクは何の危なげも無く、突進中のコマンドブルに力比べで勝利しました。全く計算が合いません。
その結果を導き出したものこそがきっと、リクが神から得た能力なのでしょうけれど。
群れの一角を崩したリクは、低レベルでは通常有り得ない速度でその場を離脱。自身を囲い込もうとしていた群れから逃れ、溜息を吐いています。表情からは疲れが窺えますが、それは肉体的なものではなく、精神的なものであるように感じました。そしてすぐに表情を引き締め、再度群れへの突撃を開始します。
次の狙いは、またしてもコマンドブル。通常サイズの残りを片付けてしまうようです。
もし更に次、最後の大型のコマンドブルを狙うようであれば、私も手を出しましょう。統率を失ったブルの群れを一匹残らず、というのは骨が折れますから。
リクは二頭目のコマンドブルを仕留めると、今度はブルの数を減らし始めました。私の心配は杞憂に終わったようです。相手に合った戦法といい、戦術的な行動といい、リクの戦闘に対する適性は非常に高いのではないでしょうか。
群れの外周に居る個体を倒しては囲まれないよう距離を取り、また外周に居る個体を倒していく。なるほど堅実な戦い方です。最初の豪快なやり方は、後の不安要素を取り除くためだったのでしょうか。頭が複数では、場合によって群れが割れる可能性もあったでしょうし。
気が付けば、残る敵は大型のコマンドブルが一頭と、ブルが二頭のみでした。対するリクは堅実な戦い方が功を奏したのか、目立った外傷もありません。
敵対する者同士で睨み合いが始まり、先に動いたのはコマンドブル。ブル二頭を両サイドから挟撃に向かわせ、かつ自身が真正面から全力の突進を仕掛けました。
リクは一瞬拍子抜けしたような表情になり、そして笑みへと変わりました。
迷わず片方のブルとの距離を詰め、そのまま一閃。一見すると良さげだった敵の陣形をあっさり崩し、手遅れになってから迫ってきたコマンドブルを回避して素通り。残る一頭のブルの首を刎ねて、ついには一対一にまで持ち込みます。
絶体絶命の危機に陥ったコマンドブルですが、極度の興奮状態にあるらしく逃亡の気配はありません。ただただ真っ直ぐ、荒々しく、土煙を立てながらリクへと突貫していきます。
決着は、実にあっさりしたものでした。
最初にリクが仕留めたコマンドブルと同じように、下段からの切り上げでコマンドブルが一刀両断されて。やっと終わったー、と開放感に満ち溢れた声を上げるリクだけが最後に立っています。
今のリクと同じことができる冒険者は、そう少なくはないでしょう。ただし、該当するのは中堅以上の冒険者達ばかりです。
初心者の時点でその域に居るリクは、果たしてどこまで強くなるのでしょうか。私に向けてひらひらと手を振る彼を見ながら、私はそんな疑問を抱いていました。