閑話 アレックス・ケンドールと黒い剣
こいつ視点だと、地の文でめっちゃ喋ろうとするんですよね。
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僕の名はアレックス・ケンドール。ケンドール男爵家の三男だ。三つ星冒険者をしている。
実力としては三つ星の中で中位だろう。剣も魔法も扱えるが、人に誇れるほどではない。
僕には昔から憧れている人物が居る。言わずもがな、白のラインハルトだ。彼の実力については最早語る必要も無いだろう。人類史上最高レベル到達者にして、世界最強の魔法剣士なのだから。そう、単なる憧れだった。目標にしているつもりになっていただけだったのだ。
そんな僕には最近、今度こそ目標とする人物が現れた。人柄は清廉潔白とはいかないが、信賞必罰という言葉が良く似合う、裁定者のような気質の持ち主だ。
今は朝。柔らかな日差しがカーテンの隙間から顔を覗かせる。
僕はベッドから起き上がり、まずは外出できる格好に着替えることにした。
着替えを終え、いつも利用している喫茶店にて朝食を摂る。見知った顔が僕の方を見て、何やら嘲るような笑みを向けてきた。彼との決闘を見ていた内の一人だったと記憶している。
僕は少しだけむっとしたが、気にしても仕方が無いことだと思い、反応しないことにした。僕が何も言わないでいると、あちらは奇妙なものでも見たような顔をして喫茶店を後にした。
朝食を摂り終えた僕が次に向かったのは、武具屋だ。昨日の内に既製品の調整を頼んでいて、今日受け取る手筈になっている。
店の奥で作業をしていた店主に声を掛けると、要件は分かっているとばかりにひと振りの片手剣を持って来てくれた。
「昨日も言ったが、まさかお前さんが白以外の武器を使おうだなんてなぁ。しかも、真逆の黒と来たもんだ。ボロボロのお前さん相手に長話するのも悪いってんで昨日は遠慮したが、一体どういう風の吹き回しだ?」
興味本位の質問が店主の口から発せられた。それにしても、風の吹き回しとは。
「とても強い風が……黒い疾風が、僕の目の前で吹き荒れたんだ。ソルジャーオーク三頭くらいなら、まとめて簡単に吹き飛ばしてしまうくらいにね」
僕の言葉に何かを悟ったらしい店主は、目を丸くした。
購入したのは予備としての武器で、黒い片刃の片手剣だ。
昨日、店主に予算を提示して、片手で扱える頑丈な武器を幾つか見せて欲しい、と言って出てきたのは白い武器ばかりだった。これはその後、白以外も見せて欲しいと頼んでから出てきた武器の一つだ。
十数の武器が棚の上に並べられる中、僕の手は自然とこの黒い片手剣を取っていた。特別な装飾などは無く、ただ実用性を重視した堅実な造り。適度な重さが手に馴染み、迷うことも無くそれを選んだ。
次は訓練所だ。ここ数日は顔も出していなかった。
意を決して中へと入った僕を待ち受けたのは、奇異の視線。それはそうだろう。今まで日課のように通っていた訓練所であれだけ無様にやられ、その次の日からぱったり姿を現さなくなっていたのだから。
そんな中、僕に近付く人間が三人居た。
「よう、アレックス。お前もこっぴどくやられちまったらしいな」
カルル・ヴィウチェイスキー、ハンマーを愛用する僕の友人が声をかけてくれた。そのすぐ近くにはマラット・バランニコフ、セルゲイ・アクロフも居る。
「君たちの方こそ、彼との試合直後はほとんど錯乱状態だったと聞いているけれど、もう大丈夫なのかい?」
僕としては心配する意味で言ったつもりだったけれど、これは痛烈な皮肉になっていやしないだろうか。言った後で気付いた。
「だっはっは! あー、その話、やめようや……」
僕がしまったという顔をしたからか、カルルからはそんな言葉が返ってきた。妙な誤解はされなかったらしいので、その点は一安心だ。
「何にせよ俺ら四人は学んだ。奴に、敵対しちゃあ、ならねぇ」
カルルがありったけの感情を込めた様子で、一言一句を確かめるように言うと、横の二人も深く頷いた。僕も頷いた。
「敵対さえしなけりゃ無害っつーのも分かったがな。一昨日ギルドでばったり出くわしちまったときなんか、何の敵意も感じられねぇ普通の顔で挨拶されてよう。『必要以上に警戒しなくていいですよ。俺はやられた分しかやり返しませんから。そしてもう、あなた方には返し終えました』なんて言われた。要するに、やられりゃきっちりやり返すってことでもあるけどよ」
彼のことを深くは知らない僕だけれど、それでも彼らしい台詞だと感じた。
「んで、ここに来たってことは訓練するんだろ? 一緒にやろうぜ」
気分を切り替えるように明るく、カルルが僕を誘ってくれた。
「ああ、そうだね。新調したばかりのこの剣も、手に馴染ませておきたいし」
そう言って僕は、黒い片手剣を取り出す。
「……く、黒い、剣?」
目の前の三人が、目に見えて及び腰になった。
「これは黒い片手剣であって、黒い両手剣じゃないよ。あちらを意識しての選択なのは否定しないけど、振るうのは所詮僕だ。彼じゃない」
彼らのトラウマを刺激してしまったらしいので、丁寧に説明をした。すると、ぽかんと口を開けて僕を見詰める目が三人分。折角なので、その選択に至った経緯も話しておこう。
「実は昨日、ソルジャーオーク三頭に殺される直前まで追い詰められてね。そこを彼に救われたんだ。あの時の光景を、僕は一生忘れないと思う。黒い疾風はどうやら、慈悲も持ち合わせているらしい」
彼の動きを思い出しながら、軽く片手剣を振ってみる。ああ、やっぱり彼ほど滑らかには弧を描けないな。
「黒い疾風、か……」
カルルが僕の発言の一部を繰り返した。
「少し二つ名のような響きだったね。でも、実際に二つ名とするなら、【黒疾風】かな?」
僕のこの発言を聞いた周囲の幾人かが、【黒疾風】と言葉を繰り返した。何だろうか、随分しっくりきたような顔をしている。これは本当に、彼の二つ名になってしまうのだろうか。
……いや、それは無いか。僕にそんな影響力は無いだろう。自分に都合良く解釈するのは止めるようにと、その彼に言われたばかりじゃないか。
「訓練をしようか」
僕は訓練をするために、ここに来たのだから。
元ストーカーはこの後成長できるのか。