第六三話 模擬戦と恐喝とお節介
今回はロロさん視点で。
少しだけ茶目っ気を発揮しつつ、面倒見の良さも出すという。
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事故防止の為の、中で人が死んでも再生できる凄い結界。そこに今しがた入ったのは、二人。どちらも私が──ロレーヌ・ローランが知る人だ。
一人は古株の上級冒険者、ドミニク・ベッテンドルフさん。【鋼刃】の二つ名を持つ実力者で、身の丈ほどもある大剣に自身の地魔法を掛けて巨大さを増し、大抵の敵を一撃で薙ぎ払うパワータイプの剣士。
もう一人は新参の上級冒険者、リク・スギサキ君。にわかに定着してきた【黒疾風】という二つ名を持つ、こちらも実力者。本来は攻撃用の風魔法を移動用に使い、目にも留まらぬ速さで敵を翻弄し切り裂いていくスピードタイプの剣士。
二人は四メートルくらいの距離を取って相対して、それぞれ剣を構えてる。
この対戦カードは少し前にも同じ場所で見たけど、今回も観戦者の数は多い。結界の周りをぐるりと回って、人だかりができてる。少なくとも今日この訓練所に来てる人の中では、最高の実力を持つ二人だろうからね。当たり前かも。
私が立つ位置から少し離れたところでは、さっきリク君に言い寄ってた四人組が気楽な様子で笑顔まで浮かべて、模擬戦の開始を待ってた。あの子達、最近三つ星冒険者になったばかりのパーティーだったかな。
リク君の勧誘に来たらしいけど、実力の差が分かってないよね……。それを分からせる為に、リク君はこれからドミニクさんと戦うんだろうけど。
「しかしお前さんも、厄介なモンに好かれる性質だな」
ドミニクさんが、ちょっと不憫そうな目でリク君を見てる。
リク君は澄ました表情で、あっさり返す。
「否定出来ませんね。ですが今日のについては、この模擬戦で片付けますよ」
ですから全力で、と。そう続けた直後、高らかに鳴り響く金属音。
瞬きする程の間でリク君は距離を詰め、ドミニクさんに黒い両手剣を振るっていた。
大剣で危なげなくこれを受けたドミニクさんは、持ち前の膂力でかち上げる。リク君はあっさりと空中に放り出された。
リク君は放物線を描いて、そのまま着地。ドミニクさんの追撃は無かった。
「今更、小手調べなんてしてんじゃねぇ。……全力っつっただろうが!」
猛獣の咆哮を思わせる野生的な声で、ドミニクさんが叫んだ。
『ジ・グランドォ!』
ドミニクさんの大剣が、巨人の武器だと言われた方が納得できるほどの大きさにまで巨大化する。それは間違いなく【鋼刃】の二つ名を持つに至った原因で、けれど私が知るそれを明らかに上回る大きさだった。だってそれは、普段は五割増しの長さなのに、どう見ても十割増しにはなっていたから。
「砕けろァ!」
小細工も何も無い、力任せの振り下ろし。異形の大剣はリク君を間合いに入れもせず床へと叩きつけられ、その衝撃を前方に伝えた。
扇状に床が爆ぜる。例えるなら津波。床を構成する石が連鎖的に砕けて、石礫の波になって、その前に存在する一人の人間を飲み込まんと迫る。
『エアロⅠ』
土石流のようになった石礫の波が爆音を轟かせる中、不思議とはっきり声が聞こえた。それは、風の補助魔法の名前。効果は、移動速度の上昇。
元から異常なほど速度に優れるリク君がそれを使えば、どうなるか。それは、彼がドミニクさんの真横に無傷で辿り着いたことで説明できる。
ドミニクさんの喉元へ、黒い切っ先が伸びる。それを大剣が遮ろうとして、軌道を少し変えるに留まった。両手剣はドミニクさんの右肩を裂く。
その両手剣が、ドミニクさんの左手に掴まれた。右手は硬く拳を握り、リク君の鳩尾に向けて振るわれる。
唐突に、戦う二人の間に壁が現れた。違う、盾だった。とても大きな盾。タワーシールドって呼ばれる部類のそれだと思う。ドミニクさんの拳はそこに叩き込まれて、打楽器のように大きな音を打ち鳴らす。
大きく凹んだタワーシールドは面白いように吹き飛んで、結界の壁にぶつかってからようやく止まった。
リク君が居ない。見失ったことに気付いて、更にドミニクさんが左手で掴んでた両手剣が無くなってることにも、遅れて気付いた。
ドミニクさんが上を向いたのに合わせて私も上を見ると、黒い線のようなものが見えた。上から床に向かって直線が引かれ、その終点にはドミニクさんが──ほんの一瞬前まで立ってた。
ガッ、と。短く、けれど大きな音が聞こえたその地点には、床に両手剣を突き刺したリク君が立ってる。その足元は少しだけ揺らめいて見えた。風の補助魔法が発動中である証だね。
そこから数メートル離れた地点では、肩で息をするドミニクさんが険しい表情でリク君を見てる。
リク君は余裕を感じさせるゆったりした動作で両手剣を引き抜いて、口を開く。
「風の補助魔法まで使うと、初級魔法でも制御が不完全な速度に到達するんですよ。困ったものです」
不完全と、聞こえた。え、今の攻防で?
「だから実戦だと怖くて使えないんですが、ここなら臆することなく使えます」
リク君が、とっても悪い笑みを浮かべてる。
「これから使いこなしていこうと思うので、俺の訓練に付き合ってくださいね」
リク君の姿がブレた。気付けばドミニクさんの真後ろに。
『シールドⅡ!』
金属光沢を放つ円形の盾が出現してドミニクさんの背中を守りつつも、両手剣で真っ二つに断ち切られた。
それでも僅かな時間を稼いで、ドミニクさんが反撃の為に大剣で薙ぐ。でもリク君は既に、そこには居ない。
聞こえるのは風の音。見えるのは黒い線。直線だけの組み合わせだったその線は、徐々に曲線を織り交ぜるようになり、時間を追うごとに滑らかになっていく。ロスする速度が減っていって、どんどん効率化を進めてるのが分かる。
ああ、これが【黒疾風】。君はどんどん速くなるんだ。
ねえ、ドミニクさん。頑張ってね。
離れた位置から目で追うのも億劫になる速度で飛び回り始めたリク君を、辛うじて視界に収めながら。私はとんでもない人と知り合っちゃったんだなぁ、ってしみじみ思った。
それから十数分後。自己申告通り不完全な制御を徐々に使いこなしていったリク君が、それでも勝利を諦めなかったドミニクさんのカウンターを受けて試合終了。ただ、ドミニクさんも完全なカウンターまではできなくて、心臓を一突きされた。
だから、つまり。
「見事な引き分けだったね」
私は結界の外へ強制排除された二人に、声を掛けた。二人とも集中が切れた、でも良い顔をしてる。
「結構、本気で勝ちを狙ったんですけどね」
「馬鹿野郎、そりゃ俺の方も同じだ。だぁ、チクショウ! この俺がカウンター狙いしかできねぇとはよお!」
悔しそうな台詞だけど、楽しそうに見える。二人とも男なんだねぇ。ドミニクさんは前から分かりきってたけど、案外リク君もこういうところがあるんだ。何だか新鮮。
それで、リク君としてはこの後も重要なんだよね。二人の戦いを見て愕然としてる四人組が居るから、大丈夫だと思うけど。
「さてと」
リク君が、薄っぺらい笑顔を浮かべて問題の四人組に近付いていく。
四人組は一様に肩を震わせた。
目の前までやってきたリク君は薄っぺらい笑顔のまま、口を動かす。
「もしパーティーに参加するなら、俺も貴女方の実力を知っておく必要があります。……俺と模擬戦をしましょうか、全力で」
全力で。そう、全力で、四人組は訓練所からの逃走を図った。
さようなら。君たちじゃあ、リク君とは釣り合いが取れないかな。今度からはもっと、身の丈にあった行動を取るんだよ。
心の中でささやかな言葉を贈って、私はリク君の方に視線を移す。
「リク君怖い」
「怖くない! 全然怖くないですよ俺!」
反射的に返ってきた言葉に、リク君だなぁと私は笑みを浮かべる。
「大体、さっきのは俺とパーティーを組んでも問題無い実力があれば、逃げる必要なんて何処にも無いやり取りだったじゃないですか。しかも、誘ってきたのはあっちですよ」
「女性四人を涙目にさせといて言い訳は感心しないぞー、リク君」
「ぐ……」
痛いところを突かれた、みたいな表情をするリク君はとても素直で宜しい。
「なーんてね。私もさっきリク君が言った通りだと思うよ。あの子達もリク君とは比べられないにしろ、結構とんとん拍子で三つ星まで上がった冒険者だからね。調子に乗ってたんじゃないかな」
だから、からかうのはここまでにしておこう。
私が意見を翻すと、リク君からじとっとした視線を感じた。
「……まあ理由はどうあれ女性を泣かせたという点は事実ですし、この話は終わりましょう」
それだけじゃないですけど、と私だけに聞こえる程度の声の大きさでリク君は呟いた。あれ、必要以上に周りから怖がられることが無いように、っていう私のお節介がバレてる?
ううん、だとしたらますます侮れないなぁ、リク君。
一言で表すなら、お人好し。