第六二話 迷惑な女達
同じ言語を使っているとは思えないほど会話が成立しない人って、居ますよね。
……本当に居るんですよ。勘弁して欲しいんですけど。
ジェネラルオークの一件から数日後。着実に広まっていったその討伐についての話によって、俺は一躍有名人になっていた。
ワイバーンの群れについては、白のラインハルトに【大瀑布】フランセット・シャリエというビッグネームの影に隠れていたので、それほどでもなかったようだけれど。今回は事前に訓練所である程度の実力を示していた上、異例の早さで五つ星冒険者になり、白のラインハルトは居ない状況での討伐だ。
中途半端に名を知られて喧嘩を売られるような事態からは脱却したので、その点は数少ない良かったこととして挙げられるか。
それはさておき。
「【黒疾風】、ねぇ……」
誰が言い始めたか、にわかに定着してきているらしいそんな二つ名。何を隠そう、というか隠したいんだけど隠れてくれない、俺を示すものなんだそうだ。
客観的に見た俺の姿は、無名の状態から急に頭角を現した冒険者。白のラインハルトと交流を持ち、青のシャリエの妹と行動を共にしている。実力は、少なくとも中級の魔物相手であれば前述の二名と共に戦える程度にはある。戦い方は特徴的で、文字通り風の如く地を、空を駆け、高い切れ味を誇る黒い剣により敵を切り裂いていく。
数多の黒歴史ノートに同種の記載がありそうだ。特に黒い剣ってところなんて、どれだけの件数に上るだろうか。呪われし邪神を封じた古の魔剣かね? 邪神だの何だの言うには、あまりにもSFチックなメカメカしい形をエディターはしているけれど。
まあとにかく、武器だけでなく髪も目も黒いし、疾風という単語が違和感無く馴染む程度には特徴的な戦い方をするし、ここ最近の俺が自重という概念を置き去りにしがちだったのは認めよう。
しかし、しかしだ。公衆の面前で自重しなかった場面というのは、所詮死ぬ危険が無い訓練所の結界内でのことで、実戦という死の危険と隣り合わせの環境では無い。スポーツテストにおいて優秀な成績を修めたからといって、サバイバル能力に長けているとは限らないだろう。俺は自重しない場面の選び方についてまで、自重しなかった覚えは無い。
だというのに、この現状は何だろうか。
今の俺は自室のベッドの上で仰向けになっており、深く深く溜息を吐く。吐いた息は部屋の中にて停滞し、空気を淀ませる。
「……訓練所で身体動かすか」
今の時間は午前九時を少し過ぎたくらい。一時間ほど前に目を覚まし、朝食をうだうだしながら摂って、種々のマクロを微調整していたらこの時間になっていた。
俺は勢いを付けて起き上がり、ついでに身体を伸ばす。倦怠感を吹き飛ばすつもりで腕を回して、最後に自分の頬を両手でばしんと叩く。
「良し、行こう!」
少しばかり気合を入れて、自室を出る。視線を集めることにはなるだろうけれど、覚悟していればそう大したことじゃない。
えーっと……、覚悟の問題じゃなかった。
今現在、俺は風魔法を駆使してアインバーグの街並みを見下ろす空中散歩と洒落込んでいる。時折建物の上に着地してMPの節約をしているものの、空に居る割合の方が高い。いやー、風が気持ち良いなーチクショウ。
何故そんな事態になったかというと、囲まれたからだ。出待ちをされていたからだ。宿の敷地から出たその瞬間、俺の視界に数名の若い女性が飛び込んできた訳だ。
自分達は中級冒険者のパーティーだとか、それなりに経験も豊富だとか、訊いてもいないのに個別の自己紹介もしてきて。もし良かったら自分達のパーティーに入ってくれないかと、軽率なボディタッチを交えて勧誘してきたものだから、鳥肌が立った。
正直その時点で嫌悪感が大変なことになっていたけれど、とりあえずお断りの言葉で場を終わらせようとしたんだ。すると彼女らはこれから一緒に朝食でもどうかと言ってきて、俺が既に朝食は摂り終えたことを話してもスルー。同じ言葉を使用しているのに言葉が通じない人種ということが分かった。
それでも念のため、最後のチャンスとして【大瀑布】フランセット・シャリエと既にパーティーを組んでいることを伝えたが……、あんな無表情女なんかより自分達と一緒に居た方が楽しい、なんて意味の分からない理論を展開してきたので諦めた。
俺は彼女の笑顔が素敵だと思うので、さようなら。こう言った直後に風魔法を使用し、俺はその場を離脱。四人居たので四つの要注意マーカーをエディターに設定し、空中散歩中の今に至る。
まず、楽しいから一緒にクエストを受ける訳じゃない。楽しさも加味できるならそれに越したことはないけれど、第一は戦闘スタイルが噛み合うか、連携が取れるかだ。日常会話すら噛み合わない、言語野が仕事を全うしてくれないような連中とパーティーなんて組めるか。そもそも楽しいどころか苦行だ。
次に、既にパーティーを組んでいて問題が起こっていないにも拘わらず、それを解散させようとする気が知れない。何かしら切実な事情があって、誠意を以って頼み込んでくるなら話くらいは聞こう。けれどそれも無かった。
そして何より、フランが何だって? お前らとは比べる必要すら無いくらい意思の疎通がきちんとできるし、こちらの事情を考えて気を遣ってくれるし、俺に足りない部分を補ってくれる、本当に有り難い人だ。一緒に居て落ち着くね。そして楽しいね。それに比べ、倫理観の壊れたお前らと一緒に居させられたら、俺は近い内に気が狂うよ。
……今からでも戻って、エディターの峰でぶん殴って、ステータスをグチャグチャにしてやろうか。HPとINTの二極振りなんて面白そうだ。魔法の威力は凄いぞ、MP1で発動出来る魔法があればな。
いやいやイカンイカン、それは流石に冷静さを欠き過ぎだ。最近は比較的大人しかった俺の人嫌いの部分が暴走している。
近頃話が通じる人とばかり接してきたからか、免疫が下がっていたようだ。多少アレな例として挙がるアーデも、会話はできるし。
イライラを募らせながら移動を続けていたら、訓練所が目前に迫ってきた。俺は一際大きく飛び、緩やかな弧を描き、そして風魔法を用いて軟着陸。その場に居た人々からの視線を大いに集めつつ、それらを全て無視して建物の中へと入っていく。
「おはよう、リク君。なんだか少し、不機嫌そうだね?」
受付を通って奥に入るなり、見知った顔と出会った。お人好しお姉さん、ロロさんだ。やはり今日も翡翠色の軽装鎧を身に纏っている。
「おはようございます、ロロさん。ええ、まあ、今朝から変なのに絡まれまして」
「……まーだ、リク君に絡む度胸のある人が居たんだ」
ある種の感心すらしているようなロロさんだが、恐らく想像している方向性が違う。
「いえそういう方面ではなく。雑で不愉快なナンパをされたんですよ」
更にもう少し事情を説明すると、今度は納得顔になったロロさん。
「そっか、今度はそういうのが出てくるよね。リク君も大変だ」
ロロさんの言葉は俺の状況を良く理解してくれているそれだったけれど、それ故にまた似たような輩が出る可能性を示唆されたようで気が重くなる。
「場合によってはロロさんに助けを求めるかも知れないので、その時はお願いできますか?」
なので、こんなことを言ってみたりする。
「うん、良いよ。ふっふー、上級冒険者に貸しを作れるかも知れないなんて、リク君には悪いけどちょっと愉快だよね」
わざとらしく笑みを浮かべて、ロロさんは言った。
こういう気安い感じがとても好印象だ。
「おう、リクじゃねぇか!」
声に釣られて振り返ると、スキンヘッドのタフガイが俺に向けて近付いてきていた。ドミニクさんだ。
「何だ、模擬戦か? 俺とやるか? やろうぜ!」
押しが強い。強すぎる。
好戦的な笑みを浮かべた顔が迫ってくる。
「今日はいまいち骨のある奴が来てなくてな。そんな退屈してたところにお前さんが来たとあっちゃあ、やるしかねぇだろ?」
「基礎練習に来たので、せめて一時間待ってください。ドミニクさんと模擬戦をすると、その後の体力が残らないんですよ」
やらない、とは言わない。ただし、やるとも言っていない。急用を思い出すことだって、あるかも知れないし。
「そうか……、それなら仕方ねぇな。俺も一時間だけ、素振りでもするか」
俺の小細工には気付かなかったか、ドミニクさんはやや残念そうな顔をしつつも大人しく引いてくれた。
これで今日は多少平和に事を運べる、と安堵していたのだけれど。
「やっぱりここに居た!」
今朝聞いた、不愉快な声が響いた。
振り返りはせず、エディターでマップを確認。今朝付けたばかりの要注意マーカーが四つ、しっかりと表示されている。俺の背後、訓練所の入口方向から接近中だ。
「話してる途中で立ち去るなんて酷いよ!」
「私たち、真剣に勧誘してるのに!」
こちらの話をシャットアウトしていた件について、自分達が酷いとは思っていないのだろうか。思っていないんだろうな。
「ねえ、聞いてる? せめてこっち見てくれない?」
口々に好き勝手言ってくれる。俺も俺で、あちらに対し見向きもしていない訳だけど。とはいえ、礼儀を弁えない連中に礼儀を以って対応してやる義理は無い。
「何だ、お前さんら? リクに何か話か?」
いぶかしむように、ドミニクさんが俺を追いかけてきた女四人に話し掛ける。
「そうだけど、おじさん何? 関係無い人は話に入って来ないでよ」
二つ名持ち冒険者にそういう態度を取るとは、恐れ入る。折角だしドミニクさんが相手をしてくれると助かるなぁ。
……いや待て、ドミニクさんがこの場に居るんだよな。
「関係無いってこたぁねぇだろう。今リクと話をしてたのは俺だ」
このままでもひょっとしたら、ドミニクさんが相手を続けてくれるかもしれない。そんなやりとりを展開しているのは事実だ。しかしそれはその場しのぎでしかない。対策を取れるなら、徹底的にだ。
「ドミニクさん、舌の根も乾かぬ内に申し訳無いんですが、今すぐ全力で模擬戦をしませんか」
言葉が通じないなら、現実を見せてやれば良い。幸いにも、今俺の目の前には俺の全力に応えてくれる人が居るんだから。
「良し来たやろうぜ」
脊髄反射かな? ともあれ物凄い食い付きっぷりで、俺が欲しい返事をくれた。
「え、ちょっと! 話の途中なんだけど! リク!」
さらっと呼び捨てにしてきやがった。その呼び名を許している女性は、現在のところたった一人だけだ。
俺はここでようやく振り返り、要注意四人組を見る。ま、顔だけはそこそこに綺麗だよ。所詮はそこそこな。
「まずは現在の俺の実力をお見せしましょう。話はそれからでも、遅くはないはずです」
意訳。格の違いを見せてやる。
次回、【黒疾風】VS【鋼刃】。
ちなみにリクのこの二つ名を言い始めたのは、どこぞの元ストーカー男。本人としては全く悪気無し。