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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第二章 それでも駆け出し冒険者と言い張る
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第五九話 そして彼は静かに失恋した

長かった片思い。

◆◆◆◆◆


 リクとアーデさんの背中を見送った後、私──フランセット・シャリエはケンドールさんの方に向き直ります。


「今まで、本当に申し訳なかった」


 いきなり頭を下げられ、謝罪の言葉を告げられました。突然のことに私は驚きを隠せず、また言葉を返すこともできません。

 ゆっくりと顔を上げたケンドールさんは、真剣な面持ちで言葉を続けます。


「彼……リク・スギサキに言われて、思い知ったよ。僕は自分に都合の良い、自分勝手な思い込みで行動していたと。相手の思いを無視した行動が、どれだけ相手に負担を強いるものであるのか。僕はそれを知らなかった。知ろうとすら、していなかった」


 教会で懺悔するかのような言葉を、後悔と自責の念に押し潰されそうな表情で言いました。


「僕は弱い人間だ。特別な人の姿と自分の姿を重ねて、自分も特別なんだと思い込んでいただけの、ただの凡人だ」


 ケンドールさんはここで、自身の剣を鞘から抜きました。剣身が泥で薄汚れています。


「白い剣を持ってみても、白のラインハルトのようには決してなれない。白のラインハルトの隣に青のシャリエは居るけれど、僕の隣にフランセットさんは居ない」


 私に向けて、悲しさを押し殺したような苦笑を浮かべています。まるで今にも泣き出しそうです。


「冒険者を、辞めるのですか?」


 ようやく動いた私の口は、気が付けばそんな言葉を出していました。


 反応を待ちますが、すぐには返答が来ない様子です。少し、待ってみることにしましょう。






「辞めるべき、なのかもしれない」


 恐らく、一分ほど経過していたでしょうか。雨は止み、互いに無言で、すっかり静かになったこの場所にて。震えたような声が聞こえました。ケンドールさんの表情は、相変わらず泣いてしまいそうに見えます。


「僕は、弱いから」


 消え入りそうな声でしたが、確かにそう聞こえました。私が同意したり、何も言わなければ、本当に冒険者を辞めてしまいそうです。

 ですが一つ、私には気になることがあります。


「……リクはケンドールさんに、何を言ったのでしょう」


 きっと強烈な批判の言葉を叩き付けたことでしょう。一々正論だったことでしょう。ですが私には、それだけだったとは思えないのです。


 話の流れを断ち切るような私の言葉を聞いて、ケンドールさんは困惑気味の表情を向けてきました。

 気にせず私の話を続けましょう。


「ソルジャーオーク三頭に襲われていた貴方を、リクは救いました。実のところ、リクが貴方を見捨てる可能性はかなり高いと見ていたのですが、そうはなりませんでした」


 そう、リクにはケンドールさんを見捨てるという選択肢が選べたはずなのです。ですが実際にはそれを選ばなかった。


「リクは、自身にとって害になると見做(みな)した存在に対しては、非常に冷徹になれる人間です。そんな彼が、嫌悪していた貴方を救い、盾の貸与もしていました。率直に言って意外でした」


 もしかすると、これは自惚れが過ぎるかも知れませんが、私が気に病まないようにケンドールさんを死なせなかった可能性はあるでしょう。ですが盾の貸与については、必要が無かったはずなのです。何故ならケンドールさんのステータスでは、盾があろうとあのジェネラルオークの攻撃が防げたはずが無いのですから。

 つまり、あくまで気休め。実際の効果はほとんど見込めない盾だったのです。そのことに、ステータスの編集を自在に行えるリクが思い至らない訳はありません。


「ですからきっと、リクは貴方に対して何かを見ていたはずです。決して否定の言葉だけを使っては、いなかったはずなのです」


 たとえほんの少しの、気紛れの様な優しさであっても。リクがそれを向けたということは、きっとその価値があると思っての行動だったはずです。


「改めてお伺いします。ケンドールさん、貴方に対してリクは、どのような言葉を残しましたか?」


 伏目がちなケンドールさんの顔を、一歩近付いて覗き込みます。真っ直ぐに、目を見ます。


 一瞬、ケンドールさんは私から目を逸らそうとしました。けれど弱気を押し殺すような表情になり、しっかりと私の目を見つめ返しました。


「死にたくないという気持ちの強さだけは、共感しよう、と……。そう、僕に言ってくれたよ」


 なるほど、そういうことだったのですか。それなら確かに、リクの行動も納得です。


「彼は、転生者なのかい? 一度、自分自身が理不尽に殺されたような、そんな言い回しをしていたんだ」


 私が一人納得していると、今度はケンドールさんの方から質問が来ました。


「はい。本人の口から直接、そう聞いています。前世の最期は、到底受け入れられるようなものではなかったようですね」


 詳細は聞いていませんが、と付け足すと、ケンドールさんは首を横に振りました。


(いづ)れにせよ、詳細までを聞くつもりは無かったよ。ここまで聞けば、僕も納得するからね。一度目の生で理不尽に殺された人間が、二度目の生で必死に生きている。それ故のあの強さなんだろう。……僕ごときでは敵わない訳だ」


 自嘲の笑みを浮かべ始めたケンドールさんですが、それは違うと否定しましょう。


「そのリクが、恐らくは自身の持つ最も強い感情について、ケンドールさんに共感したのです。ですからもう少し、頑張ってはみませんか? ケンドールさんが語るリクの強さを、貴方自身も持っているはずなのです」


 ケンドールさんは、困った方です。

 一度共にクエストへ出た時も、私はサポートに奔走していました。突出しがちなところを諌めたり、隙の多い身のこなしを補うためにこちらの攻撃を合わせたり。窮地に陥れば途端に萎縮し、とても戦える状態ではなくなったのを励ましもしました。

 理想は高くとも、それに見合う計画性は無く、努力の向きはただ愚直で。努力の方向音痴、とはこういうことを示すのだと思います。

 ですが。


「ケンドールさんが強くなるために必要なことは、物事を今より一歩引いて見ることだと思います。もっと色々なもの、色々な人を見てください。そうして、今の自分にできることを伸ばすだけではなく、未来の──明日の、来週の、来月の、来年の自分ができるようになることを、見付けていってください」


 ですがそれでも、今まで何年も努力を続けられたのは事実なのです。それをここで止めてしまうのは、あまりにも惜しいと私は感じます。


「そうすればきっと、それほど遠くない内に、ケンドールさんの星の数は増えると思うのです」


 これまでのケンドールさんが語っていた、七つ星というのは現実的でないと私は思います。六つ星でも難しいでしょう。けれどきっと、四つ星には手が届く人であるはずです。五つ星にだって、なれる可能性はあると思っています。


「フランセットさん、君は……こんな僕を、応援してくれるのかい……?」


 信じられないというような目で私を見ながら、震える声で、ケンドールさんは尋ねました。


「……応援のつもりで言葉を選んだのですが、上手く伝えられていなかったのでしょうか?」


 私も器用な方ではないので、言葉選びに自信はありません。応援していることを、もっと直接的に言うべきだったのでしょうか?

 そんな風に、私が自問自答していると。


「あ──は、ははっ、あははは!」


 堪えきれず、といった様子でケンドールさんが笑い始めました。先程までの自嘲の笑みとは打って変わって、非常に朗らかな印象です。


「いや、すまない。僕が聞きたかったのは、本気で僕を応援してくれるのか、ということだったんだ」


 目尻に涙まで浮かべながら、ケンドールさんは解説をしてくれました。


「けれど、そうか。本当に、僕を応援してくれるのだね。……ありがとう」


 ケンドールさんは再び、私に向けて頭を下げました。今度は謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉と共に。


「僕は、もっと良く考えてみるよ。自分が何を目標にすべきなのか、それを目指すにあたってどう歩くべきなのか。……実はこれは、彼に言われていたことだけれど、まずは予備の武器を買うことにするよ。ソルジャーオークに素手で立ち向かおうとすれば、今度こそ僕は死んでしまうからね」


 おどけたように言ってみせたケンドールさんでしたが、冗談を言っているようにも見えません。きっと今日、そういう事態に陥っていたのでしょう。

 それにしても、随分と現実的なアドバイスをしていたのですね、リクは。


「ところで、一つ訊いておきたいことがあるんだ。質問しても、構わないだろうか?」


 表情が明るくなってきたと私が思っていたところで、少し緊張した面持ちになったケンドールさんがそんな確認をしてきました。私が構わない旨を伝えると、更に緊張した面持ちになります。


「彼と──リク・スギサキとは、恋人関係なのだろうか……?」


 恋人、関係……?

 一瞬意味を咀嚼できず、少し遅れて意味を把握し、はて誰とリクがと考えます。リクと交流のある女性は、そう多くは居ない、はず……。

 いえどうでしょう、案外少なくもないのでしょうか。私以外にもアーデさんが居ますし、ロロさん──ロレーヌ・ローランさんも居ます。フロランタン先輩……は、除外すべきですね。色恋沙汰に疎い私にも、これは分かります。


「いえ……、リクに恋人が居るとは、聞いたことがありません。ですから居ない、はず……。居ませんよね……?」


 何故でしょう、この疑問が私の思考を埋め尽くしていきます。決して楽しくはない疑問なのですが、頭から離れてくれません。

 気付けば私は眉間に皺を寄せていました。これは良くありません、表情を戻しましょう。


「……結果として、僕の疑問は晴れたけれど。いや止めておこう。ともかく僕の疑問は晴れたよ」


 釈然としない様子のケンドールさんですが、疑問は晴れたそうです。表情はどんよりと曇っているように見えますが。


「そう、ですか。……もしや、私とリクが恋人関係なのかという質問だったのでしょうか?」


 今の話の流れで明確なのは、そこくらいです。疑問が晴れたということは、そういうことだと思うのですがどうでしょうか。


「いや良いんだ。僕から振っておいて何だけど、この話は終わろう。終わらせてくれないか。頼むから」


 懇願の色すら滲ませて、話題の打ち切りを要請されました。

 私は黙って首を縦に振ります。


「思ったより長く付き合わせてしまったね。これ以上話を長引かせて、引き返してきた彼と顔を合わせるのは、正直なところとても辛い。僕は自分のペースでゆっくり行くから、フランセットさんは彼らに合流してくれないだろうか」


 疲れたような、がっかりしたような。けれどほんの少しだけすっきりした表情で、ケンドールさんはそう言いました。


「一人で、大丈夫ですか?」


 街からそこまで大きく離れている訳ではありませんが、万全とは言い難い状況にあるケンドールさんです。できれば付き添える人間が居た方が良いでしょう。


「今は一人が、良いんだ」


 力無い笑みを浮かべて言われたものですから、心配にはなってしまいます。けれどここは、ケンドールさんの希望通りにすべきだと思いました。


「分かりました。道中、お気を付けて」


 早く合流して、念のためリクにマップを見せて貰いましょう。無事にケンドールさんが戻れるか、それを見守るくらいはしたいのです。

 私はケンドールさんに別れの言葉を告げて、街の方角──リクとアーデさんが居る方へと走り出します。

自分が振られてしまう話題を自分から振った勇者に敬礼。

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