第五話 初クエスト2
結局フランの中で俺のイメージに髪フェチという属性が付与されるのを阻止することは叶わず、まあ思わず女性──フランの髪に触れてしまったという事実が俺にとっても初めてのことであったにしろ存在する訳で。半ば諦める形でそのイメージを受け入れることにした。
とはいえ、俺にとってマイナスな出来事ばかりあった訳じゃない。先のやり取りが幾分砕けたものだったお陰か、フランの方から色々と有益な情報を教えてくれたのだ。その情報の中の一つが、この世界における転生者の扱いについて。
転生者は、ある者は世界にとって取るに足りない一個人でしかなく、またある者は世界の勢力図を書き換える程の圧倒的な力を持つのだと。大抵の転生者はその中間──やや前者寄りの存在であり、そこそこ名の売れた冒険者くらいにはなるらしい。問題はそれを越える力を持つ場合、つまり後者寄りの転生者だ。
俺の場合は恐らく前者寄りだろう。幾らでもステータスを編集し直せるとはいえ、その値の総和を変えられる訳じゃない。何か特殊な使い方でも見付かればその限りではなくなる可能性もあるが、今のところ見付ける予定は無いし。
それなりに充実した毎日が送れたなら、それはとても幸せなことだ。
ガタゴトガタゴト、馬車に揺られて到着しました目的の村。何でも近隣の村が合同で資金を捻出して討伐依頼を出したそうで、その中の村長の一人にこれから会うそうだ。
村には木造の家がまばらに存在し、区画整理はまともになされていない様子。痩せた野良犬がたまにその辺りをうろついている。そこかしこに踏み荒らされた畑が見え、食い散らかされた農作物が転がっていた。
これは確かに、さっさと駆除しないと被害が拡大するばかりか。俺達の責任は重大であるように思う。
……俺、ルーキーなんだけどなー! はじめてのおつかいで店中の品を買い占めてこいって言われてるような気分だよ!
内心の荒れ模様を表に出さないよう苦慮していると、村長の家に到着したらしい。道中見かけた家々よりは多少立派な造りで、こっそり取得していた地図の情報も確認したから間違いない。
「ここですね。お邪魔しましょう」
下調べはばっちりだったのか、フランもそう言って玄関へと向かっていった。俺もそのすぐ後に続く。
フランが木製のドアをノックすると、中から返事が聞こえてきた。そして数秒後、ゆっくりと扉が開く。
顔を出したのは白髪交じりのお爺さんだった。枯葉色の地味な服を着ており、少し腰が曲がっている。笑えばきっと優しそうな印象を受けただろうが、今は疲労感どころか悲壮感すら漂う表情だ。しかし、俺達の姿を見てほんの僅かに元気を取り戻したようにも思う。
「おお、冒険者ギルドの方々ですか。ようこそおいでくださいました」
何故分かったのだろうか。と思ったが、よくよく考えれば俺は皮鎧を、フランはローブを身に付けている。どう見ても冒険者だった。
「依頼を受けて参りました。私はフランセット・シャリエ、彼はリク・スギサキです。よろしければ、中でお話をさせて頂けますか?」
フランが淀みなくそう言うと、村長は快諾してくれた。
案内された部屋のテーブルにつくと、程なくして村長の奥さんらしき女性からお茶が出された。念のため調べてみたが、普通のお茶だったので礼を述べてから一口啜る。口の中に広がる、ほど良い渋みが素晴らしい。
奥さんは退室し、残ったのは俺とフラン、そして村長。俺とフランが隣り合い、向かい側に村長が座る形だ。
「ではまず、ギルドに報告されていた内容から追加の情報がないかの確認をさせてください」
フランがそう切り出し、話が進んでいく。
件のコマンドブル三頭は周辺にある幾つかの村に被害を及ぼし、またその下位種であるブルの群れを引き連れているらしい。群れの規模は二十頭程度で、コマンドブルを先頭に一斉に突進してくるため、追い返すだけでも命懸けだそうな。当然村人の中には負傷者が出ており、死者も一名出てしまったと。
村長は沈痛な面持ちで、縋るような視線を俺とフランに向けている。やめてください、俺の胃に少なくないダメージが入りそうです。
というかそもそも、俺が倒したのははぐれのコマンドブルだった訳だ。群れを連れていない指揮官だった訳だよ。要するに普通より難易度が低い状況で倒しただけであって、群れを連れている状況にあるコマンドブルを倒せると判断するには、どうしようもなく実績が足りない。
今からでも援軍を呼んだ方が良い、増援を要求しよう、と俺が口を開くより先に、
「ご安心ください。私達が早急に対処します。これ以上の被害は出させません」
フランが何とも頼もしい台詞を言ってしまった。
はてさて、どうしたもんかね。
俺は今、黄昏れている。いやそうじゃない、間違いではないが状況の整理をしようとしているんだよ俺は。
仕切り直しといこう。俺は今、草原の中に立っている。
眼前には、ご馳走を前に条件反射によって唾液を十分に分泌させている野生の獣が沢山。その多くは俺の膝より少し高い程度の体高しかないが、内二頭は俺の肩程までの体高があり、非常に巨大だ。後者こそがコマンドブルであり、不恰好ながらも俺が一度討伐を果たした魔物である。
さて、ここで問題です。
コマンドブルは三頭居るという報告でしたが、先程述べた数は二頭だけです。残り一頭はどんな様子でしょうか。
私情を挟むと答えはCMの後にしたいですが、彼らが突進を始めたので残念ながら時間切れです。
はい、正解は俺の身長を五割増しにした程度の体高、でした!
問題は問題でも、問題じゃねぇ。問題だよ畜生め!
何なんだあの馬鹿でけぇの! 一頭だけ成長期が長かったのかよ糞ったれ!
今現在、魔物の群れに対峙しているのは俺一人だけ。フランはここから離れた位置で後方支援。まさしく猪突猛進してくる猪共は、俺だけをターゲットにしている。
俺はステータスをある一つの項目に極振りし、溝を緑色に光らせる黒い剣──エディターを汗ばんだ手で握っている。こんな状況になったのは、俺自身が申し出たからだ。
ああそうさ。自分でこの状況に自分を放り込んだんだ。馬鹿だと言うなら言えばいいさ。けどな、俺は今でもこれが妥当な案だったって言い張るよ。
俺のレベルは転生当初が一で、今はコマンドブル一頭を討伐したことにより六まで上昇している。ステータスは以下の通り。
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Name:リク・スギサキ
Lv.6
EXP:150
HP:336
MP:212
STR:69
VIT:80
DEX:76
AGI:60
INT:77
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レベル一時点でのステータスも出しておこう。
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Name:リク・スギサキ
Lv.1
EXP:0
HP:220
MP:117
STR:31
VIT:32
DEX:33
AGI:28
INT:34
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つまり、大体のステータスが二倍以上になっている。そりゃ体の調子も良くなるよ。
そんでもって、今の俺のステータスがこう。
▼▼▼▼▼
Name:リク・スギサキ
Lv.6
EXP:150
HP:336
MP:212
STR:69
VIT:80
DEX:1(-75)
AGI:211(151)
INT:1(-76)
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括弧内の数値がエディターによる補正値。器用さと知能を捨てた、敏捷特化だ。俺の素のステータスなら、レベル二五程度の敏捷性になっている。
レベル一で使えるリソースだけでもコマンドブル一頭は討伐できた。だから俺は、この場で獲得できる経験値を効率良く回収し、更にリソースを増やす。