第五八話 二人、帰路にて
平常運転なこの二人の会話。
アーデと二人、並んで平野をゆっくりと歩く。
一仕事終えて清々しい気分だ、と言い難いのは、泥まみれの今の格好が原因の一つとして挙げられるだろう。
「それで、あのちょっと濃い感じのイケメン君は何をしたの?」
十分に距離を取り、こちらの声を聞かれる心配も無くなった頃。アーデが唐突に質問してきた。
「フランへの付き纏い行為。どうもフランは、変なのを呼び込みやすいタイプみたいでな……」
今後も似たようなのが現れる可能性は、否定できない。ストーカー男の他に、噛ませトリオも居たし。
「かく言う俺も、普通とは言い難いし」
自覚はあるんだよ。面倒な性格してるってのは。
「リッ君の性格についてはワタシも何となく面倒くささを感じ取ってるけど、道理に合わないことはしないっていうのも分かってきたから、そこに自分をカウントしなくても良いと思うなー」
オブラートは一枚も使わないスタイルかこいつ。だったら俺もオブラートは使わない。
「俺より面倒な性格の奴に慰められるこの屈辱」
「真顔で言わないでくれないかな!? 知ってるよ、ワタシの方が面倒な性格してるってことくらい!」
ふん、と鼻を鳴らして不機嫌そうに頬を膨らませるアーデ。指で突いて空気を抜いてやろうか。
「でも良かったの? 付き纏い行為をするような人と、フランちゃんを二人きりにしちゃって」
「良いとは言わないけどな。フラン自身がそれを選択した以上、俺がどうこう言うのは違う」
その選択の結果がどうあっても悪い方向にしか向かわないと分かっているなら止めただろうが、今回はどう転ぶか分からなかった。だったら口出しすることは無い。
「物分かりの良い言葉の割には、不機嫌そうだよねー」
「知ってるから言わなくて良い」
アーデはにやにやと不愉快な表情を浮かべて俺を見てくる。
「現状迷惑しか掛けてきていない男に、結果的にとはいえ親切にしている事実が本当に気持ち悪い……!」
「……あ、そっち?」
アーデの表情が唖然としたものに変わった。他の何だと思っていたのだろうか。
「だってそうだろ。フランに好意を抱いている男を、フランと二人きりにしてやったんだぞ。その前だってソルジャーオークに殺されそうになってるところを、不本意ながら救ってやったし。かといって見殺しにしていたら、フランが気に病んでいただろうことは容易に想像できて」
深く、溜息を吐く。
「リッ君って、フランちゃんに対しては素直に優しいよね」
「お世話になってる人に不義理を働くほど人間腐ってないからな」
そこまで拗らせた性格なら、俺は素直に全ての記憶を捨てて一から生まれ直していた。どう考えても生き辛いだけだろう。
「恩を仇で返す人って、結構居ると思うんだけどねー」
「人の負の部分に対しての嫌な信頼感が高いよな、アーデって」
能天気な普段の言動からは少し異なる部分だ。過去に何かあったのだろうか。……いやそうか、黒の神授兵装関連で嫌な思い出はあるはず。
「そんな指摘をしつつ、ワタシの主張に反論しないリッ君もねー」
嫌なお互い様だった。
「話は変わるんだけど、ワタシってできるだけ早くレベル上げしないといけないよね。今日の一件、ワタシ一人じゃほとんど何もできなかったもん」
宣言通り、話ががらりと変わった。いつまでも続けていたい話題でもなかったから、構わないけれど。
「中級最上位の魔物がエミュレーター・コピーを装備して、実質上級冒険者じゃないと戦力にならないような状態だったしな。フランの掃討能力を敵単体に集中させても再生能力が追い付くなんて、まともに相手なんかしてられなかった」
物量に優れた相手のその物量を一纏めにされると、とても困ることになると分かった。通常ならそんな事態は起こり得ないのだろうけれど、エミュレーター・コピーが絡めば普通に起こることになると今日学んだ。できることなら今後活かす機会が訪れないで欲しい、と願う学びの内容だ。
「それにしても、チート対決なんて本当に止めて欲しい。俺は平穏の中で日々を過ごしたい」
「短期間で上級冒険者になった人の台詞とは思えないよね」
俺だって好きで上級冒険者になった訳じゃない。こうして既になってしまった以上は、それなりの振る舞いをするけれど。……あのギルドマスターはこういう俺の思考を見越して、五つ星にしたんじゃなかろうか。そんな邪推もしてしまう。
「ちょっとした自然公園に散策へ出かけたと思ったらそこは密林の奥地だった、みたいな状況が続いたからな。活躍せざるを得なかったというか。真面目に働かなかったら死んでた可能性が十分ある訳で、その結果と思えば受け入れられる訳無いだろふざけんなよ」
「リッ君落ち着いて?」
淡々とした口調のまま最後に暴言を吐いたらアーデに止められた。
「落ち着いてはいるんだけどな。こう、静かに怒っているというか。エミュレーター・コピーが諸悪の根源だから、それを作った奴が俺の目の前に現れた瞬間に一刀両断してやろうと思う」
隣を歩くアーデが俺から一歩、静かに距離を取った。
「……殺意が落ち着いてて逆に怖い」
「こっちは数回に渡って命の危機に直面させられたんだ、苦しませず殺してやろうというだけ温情だろう?」
アーデは更に一歩、距離を取った。
「……今回の件は、ワタシが巻き込んだ形だけど」
「この件に俺が巻き込まれたのは、流石に仕方無いさ。放置していたらどれだけ事態が悪化したか分からないし、かといって事情を説明したとしても動いてくれる人員は限られてただろ。街中に居ながら街外れの異変に気付いて救援を求める、なんて。誰がそんな話を信じるよ」
アーデの問題ではあっただろうが、俺も無関係とは言えない状況だ。そう考えると、やっぱりフランの巻き込まれ方が酷いな。今度、ちゃんとした形でお礼をしよう。良いレストランを探すか、或いはプレゼントでもするか。本人にお礼の理由を言ったらまた怒られそうだから、日頃の感謝とでも名前を変えて。それも決して嘘にはならないし。
「……ワタシに対しては怒ってない?」
「巻き込まれた、って部分については怒ってないな。巻き込まれた直後、先行しすぎるなって言ったときの反応に対しては怒ってるけど」
「覚えてた!?」
笑顔を浮かべてやったら、アーデはまた更に数歩の距離を取った。
「例えば、今この場でアーデのAGIを最低値にして、放置したりとか?」
「やめて!? 帰るのに何時間掛かるか分からないよ!?」
他のステータスは変わらないか上がるくらいなので、途中で魔物に襲われたとしても返り討ちにはできるだろう。なので大変地味な嫌がらせだ。
「けど、今回巻き込まれたことと合わせて、貸しにしとくのも有りか」
「時間差攻撃! 怖いよ!」
怖がらせなかったら意味が無いじゃないか。一体何を言っているのか。
「存分に怖がると良い。どうせ今後も俺に対して借りが増えていくんだろうし、慣れとけよ」
「うわぁ……、借金地獄に落ちたみたいな気分になってきたぁ……」
頭を抱えて今後の展望に不安を抱いている様子のアーデ。やはり、今後も俺に借りを作るつもりらしい。
「非人道的とまではいかないギリギリのところを責めていくから、安心してくれ」
俺は親指をぐっと立てて、爽やかな笑顔で言い切った。
「安心っていう言葉の定義から調べて貰っていいかな!?」
裏返りそうな声で返答された。
「そこまで不安そうにするなら、俺を頼らなければ良いだろうに。そろそろ分かってると思うけど、俺って結構なろくでなしだからな。外道でこそないつもりだけど、善人とは口が裂けても言えない」
義理は果たすが、義理が無ければ放置することもざらにある。そんな部分を帳消しにするほど、エディターの所有者というのはアーデにとって価値があることなのだろうか。
ふと気が付けば、アーデが俺との距離を縮めて、こちらの顔をじっと覗き込んでいた。
「何だよ」
「大したことじゃないよー。この借金地獄については、そんなに不安でもないかなって思っただけ」
アーデは俺の顔を覗き込むのをやめて、前を向く。何故か微笑すら浮かべて、鼻歌まで歌い始めた。
俺はこいつが悲観主義者なのか楽観主義者なのか、時々分からなくなる。
次話はフランとストーカー男───もといアレックスの二人を予定しています。