第五七話 事件は終わり、別件が
豚さん終了のお知らせ。
今現在、豚のステータスはこうなっている。
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Name:ジェネラルオーク
Lv.80
EXP:31600
HP:1 / 1(-17409)
MP:18379 / 18379(17409)
STR:1(-2551)
VIT:1(-2381)
DEX:10344(9321)
AGI:1(-1504)
INT:1(-885)
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MPとDEXがとんでもない数値になっているが、逆に言えばそれ以外が死んでいる。ステータスというものは実質的に恒常バフという認識が正しいので、元来の身体能力分は脅威度が残るものの、その恩恵は今や無いに等しい状況だ。いくら器用さに優れていようと、攻撃の威力が無ければその効果は半減どころじゃない。
今現在、豚は自身の変調に戸惑っているのか、調子を確かめるように身体を動かしつつ首を傾げている。
鈍足になった豚を置き去りにして、一度フランの近くにまで下がろう。
俺が近くまで駆け寄ると、フランは先程までウィンドウに向けていた視線をこちらに向けた。
「ステータスを無茶苦茶にしてやった。ひとまずの脅威度は下がったかな」
フランの前に表示していたウィンドウの隣にもう一つウィンドウを増やし、そこには現在の豚のステータスを示す。
「では次は、動かなくなるまで殺し続けるか、あるいはエミュレーター・コピーの破壊かですね」
「俺としては後者を選択するつもりだよ。前者は可能かどうか確証までは無いし、可能だとしても恐らくは時間が掛かり過ぎる。だから、直接叩き切ろうと思う」
エミュレーター・コピーを相手に時間を掛けるという選択は、可能な限り避けたい。とはいえ迂闊な行動はもっと避けたいので、悩ましいところではあるけれど。
「リクにMP回復を手伝って貰いつつ、遠距離から私が魔法を撃ち続ける、というのも良い手だとは思うのですがどうでしょうか」
「んー、でも多分それじゃ、コピーは壊せないよ」
割って入ってきたのは、さり気無く近付いてきていたアーデの声だった。
「神授兵装に破壊不可属性が付与されてるのは、シャリエ家の人なら知ってると思うけど。コピーにもそれの劣化版みたいなのが付いてるんだよね。壊すにはそれを上回る圧倒的な破壊力か、それをすり抜ける裏技のどちらかが必要ってわけ」
実は「破壊不可属性(偽)」なんていう胡散臭い表記を、以前のコピーを解析した際に俺は見ていた。あれはやはりと言うべきか、オリジナルには偽と付かない破壊不可属性が付与されているからなのか。
「それで勿論、ワタシには裏技があるから破壊できるけどー……、リッ君も壊せたりする? 多分ワタシが言ったコピーの性質にも気付いてただろうし、でも自分で壊そうとしてるみたいだし」
エミュレーター・コピーの対処については相変わらず頭が働くな。普段からこうなら、俺ももう少し扱いを考えるというのに。
「確実ではないけど、恐らくはいける。やってみて、無理ならアーデに投げるさ」
訓練所の結界と同じ要領だ。機能のアドレスにアクセスし、それのオン・オフを切り替える。その例と比較すると今回は恐らく難易度が上がるが、不可能ではないと見ている。
「という訳で、そろそろこの一件も終わらせよう」
前衛は俺一人。後衛はフランとアーデ。
俺が豚への接近を敢行している中、背後からの援護射撃で豚に氷柱が幾つも突き刺さる。その氷柱の八割程はフランで、残る二割がアーデの魔法だ。アーデは特に水魔法が得意という訳ではないものの、フランの魔法を邪魔しないようにとその選択。
先程まではろくに効果も見られなかった氷柱が、今は面白いように豚の身体を鎧ごと抉っていく。黒い靄が豚のほぼ全身を常に覆っているような状況だ。
氷柱による援護射撃が止んだ瞬間、俺は加速し一気に距離を詰め終える。ほぼ肉体の再生を完了させている豚が俺に向けてハルバードと戦斧の両方を振り被るが、俺の攻撃の方が早い。
ハルバードを持つ右腕を、付け根から斬り上げて切断。黒い靄が再生を終えてしまうより早く、切り離した腕を蹴り飛ばす。びしゃりと音を立てて地面に落ちた腕とハルバード。
豚の脇を駆け抜け、蹴り飛ばしたハルバード──エミュレーター・コピーに向けて、溝を青く発光させるエディターを振り下ろす。
エディターによる外部からのアクセスに対し、エミュレーター・コピーが抵抗しているのを感じる。背後から豚がやってこようとしているのが分かるが、氷柱による射撃が再開されて思うようには動けていないらしい。今の内にさっさと終わらせたい。
エディターとエミュレーター・コピーの接触点にて、不可思議な火花が発生する。バチバチと音を立てて、電気回路が漏電でも起こしているかのようだ。
「生意気にも抵抗なんてしやがって……!」
気合を入れ直して、先程までより強くエディターを押し付ける。青い発光は強さを増し、一拍置いて抵抗が弱まるのを感じた。一気に解析を進ませ、目的の──破壊不可属性(偽)のアドレスに到達する。
アナライズモードからエディットモードに切り替え。青い発光が緑の発光へと変わる。件の属性をオフに切り替え、その表示がグレーに変わったのを確認して。
「砕け散れ!」
上段に構え直したエディターを、力任せに叩き付けた。
雨脚は随分と弱まり、もうじき完全に止むだろう。空を見上げれば、雲の切れ目から日差しが降り注いできていた。
一仕事終えた俺はその場に倒れこみたくなる気持ちを、びちゃびちゃの地面を見ることで抑えた。既にそこそこ泥まみれではあるけれど、これ以上汚したい訳も無い。
エミュレーター・コピーを破壊した直後、その支配下にあった豚は再生能力を失って氷柱の餌食になった。問題の再生能力というのが完全にエミュレーター・コピー依存だったようなので、当然と言えば当然だろう。
「お疲れ様です、リク」
「リッ君、お疲れ様ー」
やや早足に、フランとアーデがこちらに近付いてきた。
「フランとアーデも、お疲れ様。当初の想定より長引いたけど、何とか片付いて良かった」
前回の一件がワイバーンの群れだったから、それと比べれば楽に片付くかと思ってたんだけど。まさか脅威度の足し算で一頭になって、こちらに襲い掛かってくるとは思わないさ。
「ええ、そうですね。リクのお陰で敵の弱体化ができましたし、そうでなければもっと事態は深刻だったでしょう。本当に助かりました」
何故かフランに感謝されている。そもそも彼女は俺に巻き込まれただけな気がするけれど。
そう思い指摘してみると、その言葉こそ意外だと言わんばかりの反応を返される。
「何を言うのですか。問題の発生地点は私たちが住むアインバーグにも近い場所です。何よりパーティーを組んでいる以上、リクの問題は私の問題でもあります。ですから今回の件、私の参戦は当然のことです」
力説されてしまった。しかも、心なしか後半は楽しそうに。
俺が何となく気圧されていると、静かな足音が近付いてくるのを耳にした。
ああ、そういえば奴が居たか。そう思い音がした方に視線を向ければ、その姿は予想に違わず。
「不可解な再生能力を持つジェネラルオークを、たった三人で討伐してしまうなんて……」
覇気は無く、けれど棘も無い声で、奴──アレックス・ケンドールは言った。
「ワタシは完全にオマケだったから、実質二人だけどねー。フランちゃんとワタシじゃ、撃ってた魔法の数が全然違ってたでしょ?」
別に言わなくても良かったと思うが、アーデが訂正を入れてきた。
「初級魔法しか使えない僕からすれば、貴女の魔法もとても強力だったよ。見たところ剣も扱うようだし、そう謙遜する必要は無いと思う」
意外だ。ストーカー男がとても穏やかな受け答えをしてくる。
そんなことを考えている俺に、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「リク・スギサキ。君には大きな借りができてしまった。この盾も、使うことこそ無かったけれど、心強かったよ」
そう言って、俺が貸した盾をご丁寧に両手で差し出して返却してくる。
俺は無言でそれを受け取った。
「それじゃあ、僕はこれで……」
少し気持ち悪さを覚えていた俺はまともに反応できず、返却された五角形の盾を見るばかり。しかし遠ざかりかけた足音が急に止まったことに気付き、そちらへ視線を動かす。
意を決した様子で、やはり真っ直ぐな視線を俺とフランに向けてきた。
「いや、少しだけ……、ほんの数分で良いから、フランセットさんと二人で話をさせて貰えないだろうか。そうだな、五分以上経過したら、その時点で一方的に打ち切ってもらって構わない」
真剣な態度は嘘を言っているようにも見えず、さてどうすべきかと判断が付かない。いやそもそも、これはフランが決定権を持つ事柄か。
「どうする、フラン?」
そんな訳で、俺はフランの意思を尊重する、という意思表示をしてみる。とはいえ心優しい彼女のことだ、きっと答えは決まっているだろう。
「リク、アーデさん。先に戻っておいて頂けますか?」
本当は止めた方が良いんだけどね。こういうのは、可能性があると思わせかねないし。
まあフランの決定に異を唱えるつもりは無い上に、いざとなったらエディターで強引に事態を終息させるつもりだから、ここは大人しく引こう。
「ゆっくり歩きながら街に引き返すよ。あんまり合流が遅いようならここに戻ってくるけど」
「事情は分からないけど、ワタシもリッ君と一緒に行くよ。部外者が口を挟むようなことじゃなさそうだしねー」
アーデも同意見のようなので、踵を返して街へ向かって歩き出す。宣言通り、歩調はゆっくりだ。
「お二人とも、ありがとうございます」
ひらひらと手を振って、その場を後にした。
ストーカー男、元から悪人ではなかったんです。正義感が歪だっただけで。