第五六話 厄介な再生能力
割と唐突に面倒な強敵。
でも動じてはいない主人公。
土砂が広範囲に渡って、津波のように広がる。その中心には原因たる氷塊が地面に突き刺さっており、ゆっくりと傾いて更に土砂を撒き散らした。
直撃を受けたはずのジェネラルオークは、姿を現さない。ただし、マップ上から姿を消さない。
「どうなりましたか、リク?」
流石は上級冒険者。フランはこれで終わったとは油断せず、生死の確認を俺に任せてきた。
「HPすら表示されないけど、名前が消えてない。死んでないことだけは確かだよ」
フランも俺の答えを予想していたのか、落胆の色も見せずに氷塊の方を睨んでいる。
「おーい、二人ともー! もしかしてもう終わったー?」
俺とフランが二人して敵の出方を警戒している中、気の抜けるような声がやや距離を置いたところから届いた。声の主は当然、アーデだ。
「まだ終わってない。マップ確認くらいしろ」
アーデはフランと違ってエミュレーターによるマップ表示があるのだから、自前で確認できただろうに。状況を確認する手段を持っている上でそれを怠り、不用意に接近してくるとは。必然、俺の返答は冷たくなる。
「ご、ごめん……」
戦闘中に気を抜きすぎだろう。終わったかもしれない、という段階で気を抜くなど言語道断だ。
俺は溜息を吐きながら、再度アーデに声を掛ける。
「とりあえず俺の後ろ、フランの近くに。ステータスを魔法戦用に編集しておくから、後方支援をよろしく」
欲を言えば前衛として戦力が欲しいが、先程突破された時間を考えると俺一人で前衛を担当した方がかえって安定しそうだ。そう判断し、アーデのステータスを宣言通り魔法戦用に編集する。
と言っても、STRからINTに値を移動させただけだが。INTに極振りしたフランの魔法で仕留められなかった以上、アーデの魔法では牽制が限度だろうしな。
びしりと、巨大な氷塊の下部に罅が入った。盛大に音を立てて弾け、そこから一頭の魔物が現れる。
ひしゃげた鎧を身に纏う、ジェネラルオーク。身体の至るところから血を流し、けれど謎の黒い靄がかかって急速に再生していっている模様。
まさかの再生能力持ちか。
再生が無尽蔵なのか制限付きなのか不明なので、様子見に四肢の一本や二本、斬り飛ばしてみよう。そう決めた俺はやはりAGIに極振りし、一気に距離を詰める。
血の混じった唾を飛ばしながらジェネラルオークが咆哮を上げると、黒い靄が大きく揺らいで戦斧がひと振り増えた。右手にハルバード、左手に戦斧だ。
あと三秒で互いの間合いに入るというタイミングで、俺の両脇からジェネラルオークに向け複数の氷柱が飛ぶ。
ジェネラルオークは戦斧を振り回し、豪快に氷柱を砕いていく。何本かは鎧に命中したが、少し凹んだ程度で大した効果は見られない。ハルバードを温存した上で俺を迎え撃つつもりか。
ジェネラルオークの間合いに入るまであと一歩。
『モノ・ウィンド』
風魔法で強引に、自身の運動方向を左へ曲げる。素直に直進していれば俺が居たであろう位置に、想定通りハルバードが振り下ろされたのを確認する。
『モノ・ウィンド』
再度、運動方向を変更。狙うはハルバードを持つ右腕、その伸び切った肘。
攻撃マクロを起動し、前に踏み込みながら、エディターを真っ直ぐに振り下ろす。金属同士が衝突する激しい音が鳴り響き、俺の両手に衝撃が走る。
硬い……が、斬れないほどじゃない。
「せあっ!」
裂帛の気合と共に両手へ更なる力を込めて、強引に断ち切る。そして即座に離脱しようとして──既に元通り繋がっているオークの右腕を見た。
俺の額に叩き込まれる裏拳。その威力は凄まじく、俺の身体は軽々と吹き飛ばされる。
「リク!?」
「リッ君!?」
ぬかるんだ地面を転がって聞こえる水音に紛れ、俺を心配してくれているらしい声が二人分聞こえた。
「クッソ痛てぇ!」
ああ、本当に。VITに極振りしてこの痛みとか冗談じゃない。
がばっと起き上がり、腕を振って身体に付いた泥を飛ばす。
「え……」
「あれ……」
呆然と俺の方を見る二人だが、何だろうか。俺が重傷だとでも、あるいは死んだとでも思われていたんだろうか。だとすると心外だ。
再生能力を持つ相手なんだから、取ってくる戦法も予想は立つ。そりゃあ、肉を切らせて骨を断つだろう。少なくとも俺ならそうする。だったらVITに極振りして、打ち込んでくるだろう攻撃に備えるさ。あわよくばこれで、俺の耐久力を見誤ってくれればもっと良い。
「ああ、本当に、滅茶苦茶痛い。けど、再生速度が本気出せば出鱈目に速いとはっきりした」
相手の油断を誘う程度の考えはする、ということ。どの道侮って良い相手じゃなかったけど、生半可な攻撃はかえって手痛い反撃を誘うと確定しただけでも一歩前進だ。──そして何より、エディターで直接斬りつけた。
額から流れてくる血を手の甲で拭いながら、ジェネラルオークを睨みつける。
エディターのコンソールを開き、情報を確認する。
▼▼▼▼▼
Name:ジェネラルオーク
Lv.80
EXP:31600
HP:16810 / 17410(10000)
MP:970 / 970
STR:3052(500)
VIT:3282(900)
DEX:1023
AGI:2105(600)
INT:886
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あからさまに変なリソースが増えている。エディターは他所からリソースを持ってこられないのに、エミュレーターにはできるというのか。チートかよ。まあ、エディターも立派に正しい意味で言い訳の余地無くチートだけど。
それで、これの編集は……まだできないらしい。けどあと一撃か、二撃もあれば編集可能になる感じがする。
そうこうしている内に、ジェネラルオークのHPが完全に回復した。次は首でも刎ねてみるべきか。即死してくれれば良いんだが、フランの氷で全身を叩き潰されたはずのこいつが五体満足でいる時点でそんな普通の展開は期待していないけれど。
どうせ、取り込んだ分の命その他諸々を全部使える、とかそういう系のだろ? 知ってる知ってる。ソルジャーオークの戦斧を出してきたのもその一種だろうし。……果たしてどのくらい取り込んでたかなー。
「リク! 無事ですか!?」
ちょっと遠い目になりかけたところ、フランがこちらに駆け寄りながら声を掛けてきた。
「ああ、うん、大丈夫。頭蓋骨が砕け散るかと思うくらいの衝撃を受けたけど、HP的には一割程度しか削られてないから。それより敵がこっちに向かってきてる」
ジェネラルオークの進行方向が僅かに俺から逸れ、フランに向かっている気がする。
「得た情報に俺の推測も加えてテキスト化したから、俺が適当にあしらってる内に確認しといてよ」
フランの前にウィンドウを表示してから、俺はジェネラルオークを迎え撃つ。
「今の短い間に、こんなことまで……?」
何やら感心されている様子だが、正直こんな展開は想定の範囲内もいいところだ。俺の悪い方向への想定精度を舐めてもらっては困る。
それはさておき残機のストックがあるなんて、あのジェネラルオーク──あの戯けた豚は命を舐めているとしか思えない。速やかに屠殺してくれよう。一度で殺し切れないのなら、何でも屠殺しよう。
『モノ・ウィンド』
豚の進む先に風の刃を当て、足場を乱す。さて直進か、迂回か、跳躍か。
豚が飛んだ。間違えた、跳んだ。
飛ばない豚はただの豚だ。跳んだだけならただの豚、予定通り屠殺しよう。
移動マクロ起動。空中で豚と正面衝突する軌道を描き、その途中でアイテムボックスからタワーシールドを取り出す。カウンターマクロを起動しつつシールドバッシュ。
衝撃が俺の全身に伝わる。が、押し勝った。俺のシールドは豚を押し返した。
俺に押し返されて着地した豚は、自身の目と鼻の先にあるタワーシールドを押し退けてからハルバードと戦斧の両方を交差するように構え、斜め十字に振り下ろす。四分割されたそれの奥に、俺の姿は──無い。
敵の姿を探す豚が、左右に視線を巡らせる。ただ残念、タワーシールドに隠れていた俺の姿は今、お前の頭上に在る。
エディターを逆手に構え、切っ先を下に向ける。口の中で静かに魔法名を宣言し、空中で加速。鎧の隙間を狙い、肩口から深々と突き刺す。刃は心臓に到達していることだろう。
──アナライズモード。
一瞬だけ豚の身体から力が抜け、体勢を崩しかける。ところがやはり、直後に復帰。ぬかるんだ地面を踏みしめ転倒を逃れ、肩に乗る俺に拳を振るう。
咄嗟に抜けそうもないエディターをアイテムボックスに収納し、豚の上から退避。迫ってくる豚の拳を避けた。
俺が無事に着地を決めていると、豚がまた俺との距離を詰めようと走ってくる。けれどその速度は、先程までとは比べようもない程に、遅い。そうステータスを編集した。
右手を前方に構え、魔法名を宣言する。
『モノ・ウィンド』
射出された空気の砲弾は豚の腹部に命中し、その身体を爆散させた。
黒い靄が、ハルバードから溢れ出す。それは飛び散る豚の肉片を拾い集め、元の形に戻していく。
「……予想はしていても、この光景を実際に見ると萎える」
首を刎ねるどころか、全身が弾けても再生するんじゃな。狙うべきものが何か、これでいよいよ明確だけど。
再生能力っていうチートじみた能力って、大抵は敵が持ってますよね。