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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第二章 それでも駆け出し冒険者と言い張る
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第五五話 ジェネラルの追撃

ストーカーに縁のある主人公。

 ──黒い風が、僕の前を吹き抜けていった。


 風は僕に迫っていた死を──ソルジャーオークの戦斧を容易く断ち切り。水平方向に滑らかな弧を描いて、ソルジャーオークの首を身体から切り離す。べしゃりと濁った水音を鳴らして落ちた首は、呆けた顔をしていた。


 唐突に現れた闖入者を前に、残る二頭のソルジャーオークは気圧されたような後退りをする。つい先程まで自身の優位を確信し、弱った獲物を狩るだけとなっていた彼らは今、一瞬で同胞を物言わぬ肉塊へと変えた目の前のその存在に何を見ているのだろうか。


「何故、君が居る……?」


 僕はこの男を、災厄として見ている。不幸を運ぶ存在として見ている。それが何故、僕を窮地から救う?


「何故、君が僕を助けに来た……?」


 分からない。全く分か──


「俺がお前を助けるために来る訳が無いだろ。アホか」


 こちらに振り返ることもせず、ばっさりと切り捨ててきた。


「自分に都合の良い解釈を止めろ。少なくとも他者をそれに巻き込むな。甚だ迷惑だ」


 更には追撃まで来た。しかしその次に続いた言葉は、毛色が違っていた。


「……ただ、死にたくない(・・・・・・)という気持ちの強さだけは共感しよう。理不尽な現実に殺されるのは、俺も、二度と(・・・)御免だ」


 やはり、僕の方を向いたりはしない。言葉に刺々しさは無くなった。けれどそれは優しげになったという意味ではなく、ただただ重い。

 まるで、一度理不尽に(・・・・・・)殺された(・・・・)経験がある(・・・・・)かのような言い回しだった。


 ここまで様子を窺っていたソルジャーオーク二頭だが、痺れを切らしたのかほぼ同時に動き出す。手に持つ戦斧は重厚で、この男──リク・スギサキの痩身を見れば、ひとたまりも無く殺されてしまいそうにも思える。

 だが、僕は既に知っていた。黒い風とも、死神とも称され始めているその実力の一端を。


「セッ!」


 鋭く吐かれた吐息と共に、黒い剣身が弧を描く。その軌道は相対するふた振りの戦斧と交差し──ほとんど抵抗も感じさせずに弾き返した。


 得物を弾かれたソルジャーオーク達だが、なんとか踏ん張りその手に戦斧を残している。それでもその表情は驚愕に彩られているように見受けられ、更には体勢もやや崩されている。致命的な隙だ。


 案の定と言うべきか、リク・スギサキはそこへ剣を振るう。向かって左側に居るソルジャーオークの肥えた腹へ、その隣を駆け抜けながら水平方向に薙ぎ払う。

 下半身と別れを告げて地面に崩れ落ちるソルジャーオークを尻目に、リク・スギサキは身体の向きを反転。風を纏い、運動の向きを鋭角に曲げて剣を突き出し──残るもう一頭のソルジャーオークの心臓を、背後から穿った。


 僕が逃げ惑うしかなかった相手を、一分にも満たない時間で片付けてしまった。これは笑うしかない。


 ふと、僕は遠くに転がる自身の剣を見る。白い剣身は泥に塗れ、薄汚れてしまっていた。

 次に、リク・スギサキの剣を見る。黒い剣身は赤い血に濡れていたが、その本来の色である黒には些かの翳りも無かった。


「死に掛けたばかりで笑うなんて、案外余裕そうだな」


 自嘲の笑いだったが、そう言われてしまった。いや、これはそうであると理解した上での皮肉を言われているのか。


「……僕と君の剣には、随分と開きがあると思ってね。ご覧よ、あの薄汚れた白を。敵を切ることもできない、なまくら(・・・・)だ」


 反抗する気力は無かった。反論できる言葉も持ち合わせていなかった。だから僕の口から出たのは、弱気だけ。


「それに対して君の黒は、強いな。きっと泥に塗れても、その色を見失わないんだろう」


 これは羨望か、嫉妬か。きっとどちらもなのだろう。

 そんな僕の心情を他所に、その後放たれた言葉は何処までも冷めていた。


「才能の無い詩人みたいなことを言ってる暇があったら、予備の武器でも買いに行け。俺だって予備の武器は持ってる。俺が割って入った時も何だ? 戦斧相手に真正面からの素手が通じるか。上手くいかないことがあったなら、それを改善するための具体的な手段を取れよ。我武者羅に魔物を討伐すれば強くなれると勘違いしてるのか」


 僕を見るその表情は、完全に呆れを示していた。出来の悪い生徒を見る冷たい教師のような、そんな表情だ。


「いいか、努力は裏切らないって言葉は思考停止を正当化するものじゃない。どう努力すれば良いのか、それを考え抜いた末の努力じゃなけりゃ平気で裏切ってくるぞ」


 これは受け売りだけどな、と言葉を付け足してから、そのまま立ち去ろうとする。


「ま、待ってくれ!」


 僕はもたつきながらも何とか立ち上がり、彼を呼び止める。


「正直に言えば、今でも君に思うところはある。けれど、この場で僕の命を救ってくれたこと。その一点に関して、純然たる感謝の言葉を贈らせてくれ。……本当に、ありがとう。この恩は決して忘れない」


 きっとそのまま立ち去ってしまうだろう。そんな僕の予想に反し、彼はこちらに振り返った。


「礼儀正しさは良いものだけどな、その感謝の言葉は受け取るけどな、こう見えて俺は急いでいたんだよ。呼び止めたのは自分だから、この後の展開で俺を恨むのはお門違いだ」


 むしろ彼の方が恨めしそうに僕を見てきた。

 会話が噛み合っていない。いや、僕の感謝の言葉は受け取ると言った。けれどその後続いた内容が飲み込めない。


 不思議に思っていると、彼がやってきた方角に何かを見た。

 それは、オークの変異種であることがすぐに分かった。何せ三頭ものソルジャーオークに追い掛け回されていたばかりだ。見間違えるはずも無い。しかしそれは、何と言うか、僕が見たことの無い種類のものだった。

 全身が重厚な黒い鎧に包まれている。金の縁取りは何処か儀礼用にも見え、しかし戦闘による傷がそれを否定する。手にはこれまた黒いハルバードを持ち、一心不乱にこちらへ向けて疾走している。

 ソルジャーオークより更に立派な巨躯だが、その移動速度は尋常ではない。一歩踏み込む度に、ぬかるんだ大地が爆ぜるように土砂を撒き散らす。


「ほら、ジェネラルオークのご登場。その中でもとびきりおかしな奴だから、戦闘に巻き込まれて死なないように気を付けるんだな」


「ジェ……ッ!?」


 今、ジェネラルオークと言ったか。中級の枠組みの中では最強クラスの魔物だ。単独で相手をするのであれば、上級である五つ星冒険者でも楽ではない。

 そもそもヒトと魔物では、同じレベルだとしてもステータスには大きな開きがあるのだから。具体的には、ヒトのステータスを大体五割ほど増やせば同レベルの魔物のステータスに近くなる。つまり圧倒的なレベル差でもない限り、真正面からの戦いではヒトが不利なのだ。


「盾くらいは貸してやるから、頑張って生きろ」


 驚愕から抜け出せない僕に、彼は虚空から五角形の盾を取り出して投げてきた。そして何ら迷う素振りも見せず、真正面から(・・・・・)ジェネラルオークに向かっていく。











◆◆◆◆◆


 不本意ながらストーカーを助けた俺──リク・スギサキは、その最中からずっとフラン達との念話を続けていた。フランが上級冒険者であるとはいえ、まともな前衛無しで万全に相手をするにはエミュレーター持ちのジェネラルオークというのは不確定要素が多すぎたためだ。

 アーデのステータスを本人の同意のもとで編集し、STRとINTからVITとAGIに割り振った。火力を犠牲にして、時間稼ぎに徹することを目的としている。これで多少は前衛の役割を果たせるかと思ったが、そうでもなかったようで。


『リーチの差が絶望的だよ!』


 現在のアーデの得物は彼女自身が持つ小剣エミュレーターと、俺が貸与したナイフ。そしてジェネラルオークの得物はハルバード。ソルジャーオークの戦斧とエミュレーター・コピーが融合しているそうで、中々の業物へと変貌しているらしい。


『ゴメン、もう無理! このままじゃワタシ死んじゃう!』


 そもそも防戦一方という状況が精神的に辛かったようで、ギブアップ宣言が出されるまで然程の時間は要さなかった。


『すみません、突破されました。どうやら目的はリクのようです』


 何でも、一直線に俺が居る方角へ走っているらしい。奴の元になったコマンドオークと最初に直接対峙したのは俺だからか。こちらの位置が割れているのは、恐らくエミュレーターのマップ機能を使用しているからだろう。便利な機能は、敵に回すと厄介だな。エディターのマップ機能ほど万能じゃないのは、不幸中の幸いと言うべきか。……比較対象のエディターが高機能すぎるだけか。






 ストーカーとの会話でロスした時間で、ジェネラルオークは俺との距離を随分縮めてしまった。どちらにしても俺が相手をするつもりではあったので、予定からの大きな乖離は無い。先に相手をしてくれたフランとアーデからある程度の情報は得ているので、それを元に対策を組み立てよう。


 ストーカーに盾を放り投げ、俺はジェネラルオークに向かって走り出す。


 距離を詰め、相手のハルバードの間合いに入る直前で跳躍。一瞬前まで俺が居た場所にハルバードが突き出されるのを眺めつつ、相手の頭上を通り過ぎる──最中にモノ・ウィンドを撃つ。兜の後頭部に風の弾丸を命中させたが、軽くよろめいた程度で大したダメージは無い模様。

 今度は移動マクロと共にモノ・ウィンドを起動し、空中で加速。僅かに遅れて、やはり俺が居た場所でハルバードが振るわれた。

 びしゃりと水音を立てて離れた位置に着地すると、いかにも不機嫌そうな顔で豚面が睨んでくる。


 鈍重そうな見た目に反して機敏な動きだが、俺の最高速と比べれば遅い。ただし見た目以上の頑丈さだ。ステータスを確認しようにも、エミュレーター・コピーの影響か種族名までしか分からない。直接エディターで斬れば確認できるようになりそうな気がするものの、それは様子見の範疇を超える。


「ぶあ゛あ゛ああぁぁぁ!」


 濁点まみれの汚らしい雄叫びを上げ、ジェネラルオークが突撃してきた。カウンターマクロが使えそうなシチュエーションだが、相手の攻撃力(STR)が分からない状態で迂闊に使用するのは避けたい。ましてや、得体の知れないエミュレーター・コピーなんぞを持って向かってくるのだから。


『ジ・アクア!』


 凛とした声が、雨の音に紛れてなお響いた。果たして現れたのは、濁流。土砂を巻き込み大地に爪痕を残しながら、大質量の水がジェネラルオークの巨体を飲み込む。

 頼れる後衛、フランの到着だ。


「遅くなりました。アーデさんはもう少し遅れます」


 俺の近くにまでやって来て、そんな報告をしてくる。防水コートのお陰で基本的にはあまり濡れていない様子だが、走ったためか顔や髪はそれなりにしっとりしている。


「MP残量は?」


「八割ほど。回復はまだいいです」


 少ない言葉でもしっかり意思疎通ができるのは素晴らしい。


 濁流に流されたジェネラルオークは、大方の予想通り大したダメージも無い様子でのそりと起き上がる。


「威力を重視しなかったとはいえ、中級魔法では効果がいまひとつのようですね」


「溺死でもしてくれれば楽だったんだけどなぁ」


 よりによって俺がその死因(・・・・)を出すのもどうかと思ったけど、まあ良いだろう。


「にしても、耐久力については上級の魔物と同等なんて。ふざけた話だ」


 事前に念話で聞いていた情報だった。アーデとの不慣れな連携の中とはいえ、フランの魔法を数発叩き込んでも問題無く生き残っているのだから、厄介だ。


「威力重視の一撃を入れてみます。私のステータス編集と、前衛をお任せできますか?」


「任された。フランには指一本触れさせないとも」


 ステータス編集、フランのステータスをINTへ極振り。

 俺自身はエディターを後方に構え、AGIへ極振りして前に踏み込む。


 ジェネラルオークが俺を迎え撃つべく、矛先をこちらに向けている。


 その矛先部分を俺の間合いに入れる瞬間、DEXへ極振り。下から掬い上げるように軌道を定め、衝撃の直前にSTRへ極振り。ハルバードを上方に弾く。

 ジェネラルオークの予想以上に俺の攻撃は威力があったらしく、ハルバードだけでなく奴自身の上体を僅かに仰け反らせることに成功した。

 そのまま攻撃を叩き込もうとしたが、先程弾いた矛先の反対側、石突の部分が俺の顔面目掛けて突き出される。咄嗟にAGIへ極振りしたが、左頬を掠めた。ついでに防水コートのフード部分が大破。買い替え決定だ。


「初使用で買い替えさせるとか鬼畜だな」


 決して安くはない品物だったってのに。俺は良い物を長く使う主義なんだ。


 俺が静かに怒っていると、そんなこと知るかと言わんばかりに追撃が来た。豪快な水平方向の薙ぎ払いだ。

 バックステップで回避しつつ、エディターの先端部分を引っ掛ける。腕ごと持っていかれそうな衝撃を受けた。やばい、STRも相当な値らしいぞこれは。

 吹き飛ばされそうになったエディターを一度アイテムボックスに収納し、即座に取り出す。運動エネルギーまでは収納されないので、こういう使い方も可能な訳だ。出し入れ速度が異常に速くないと、白兵戦において致命的な隙を晒してしまうけれど。


「リク!」


 そうこうしている内にフランの準備が完了したようなので、嫌がらせのようにジェネラルオークの顔目掛けてナイフを投擲。鬱陶しそうに振り払う様を眺めながら離脱を完了。そしてそこへ──


『トリ・アクア!』


 ──まるで上下反転したピラミッドのような、馬鹿げたサイズの氷の塊が、ジェネラルオークの頭上から落下してきた。

理不尽な死を逆にぶっ殺すマン。

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