第五四話 迫る理不尽な死
個人的には全然ゴールデンじゃなかったゴールデンウィーク!
休めなかったし遊べなかった遣る瀬無さを、小説に込めて!
……あれ、展開的に全然込められてない!?
「超、ダッシュしてきてるみたいなんだけど!?」
今現在、自分自身が必死の形相で全力ダッシュを敢行しているアーデが絶叫するように言った。当然ながら俺とフランも走っているが、アーデほどの必死さは無い。
「一直線に向かってきてるな。道中の木を薙ぎ倒しながら、それでも速度が落ちている様子は無いと。はは、元気そうで何よりだ」
「何よりも良く無いんだけど!?」
明るい声色で現状への皮肉を言ってみたら、それを本気にしたらしいアーデが反論してきた。放置しよう。
「速度だけでなく、攻撃力も大幅に上昇していると見た方が良いですね」
俺のすぐ隣を並走しているフランは、冷静な声で反応してくれた。そうそう、俺が求めていたのはこういう反応だ。
「二人とも何でそんなに冷静なのかな!? 上級冒険者の余裕!?」
ともすれば遅れてしまいそうなギリギリの様子で俺達に追い縋るアーデは、元気良く叫んでいる。これだけ元気なら、まだまだ大丈夫そうだ。
「アーデの速度に合わせている関係上、俺とフランはステータスに余裕があるからな。俺の方は若干の余裕だけど」
エディターを使っている以上は、ステータスの合計値がものを言う。それが僅差であれ、差は差だ。アーデには精々頑張ってついて来て貰おう。
「この調子なら、森を抜けるまでは追い付かれないだろうし。開けた場所に出れば、こっちのもんだ。それまで頑張れ、応援してやる」
障害物がほぼ無い状況でなら、俺は移動マクロを多用した高速戦闘が十全に行える。後衛にはフランが居るし、一頭の敵を相手にするならまず問題は無い。
「うわあ、もう、ワタシこんな速度で走ったこと無いから油断したら転びそうだし! すっごく冷淡な声で応援してやるなんて言われるし! 何この状況!」
俺も一番初めにAGIへの極振りをしたときは、思い切り転びそうになった。自分が出そうと思った速度に対し、加速度が高すぎたんだ。地面そのものが進行方向の逆に動いているかのような錯覚すら覚えた。
何より拙かったのが、DEXのリソースまで割り振っていたことだ。動きの精度を上げてくれるステータスを下げた状態で、動きの難易度は上がっていた訳で。
逆にそのお陰で早々に色々試行錯誤をして、今ではステータスの運用法を会得できたんだけど。
「ほっといたらコイツ死にそうだな、と思ったら助けてやるから安心してくれ」
「死に掛けるまで助けて貰えない!?」
そうとも言う。俺は同意の笑顔をアーデに向けた。
「わーいワタシに笑顔を向けてくれたー。嬉しいなー、全くもう!」
引き攣った笑顔で応じるアーデ。嬉しいらしいので放置しよう。皮肉? 何のことだか。
数分後、ジェネラルオークに追いつかれることもなく無事森を抜けた俺達は、前方から迫る敵に頭を悩ませていた。
「ソルジャーオーク、前方から追加で三頭。その先を走るのはストーカー野郎ことアレックス・ケンドール。今は自分がストーキングされているらしい。間の悪いことに、このまま後方のジェネラルオークが再接敵するタイミングとほぼ同時に、こちらへ到着することが予想される」
不確定要素が無いか、念のため森の外への索敵も行った結果分かったことだった。詳しく調べてみれば、どうも最初はやはり通常のオークだったようだ。それが突然変異して、ソルジャーオークに。どう考えてもエミュレーター・コピーの所為だろう。
嫌な予感は街を出る前からしていたから、もう少し早めに索敵しておくべきだったと反省する。
「こんなことなら、街で奴を仕留めておくべきだった……!」
「発想が極めて物騒だよ!?」
握りこぶしを震わせて悔しさを滲ませる俺に、アーデがお馴染み感嘆符付きのツッコミを入れた。
「アーデ、敵前逃亡中の万年三つ星冒険者と協力して、ソルジャーオーク三頭を討伐できるか?」
「露骨に足手まといになる前提で言われてるその冒険者、一体何を仕出かしたの……。あー、えっと、足止めでも少し厳しいかなぁ」
そうか、厳しいか。問題無さそうなら前方にアーデを送って、ジェネラルオークは俺とフランの二人で討伐しようと思ったんだけど。
「リク、私が──」
「俺が行ってくるよ。少なくとも奴の窮地にフランを送るなんてのは、最低の下策だ。時間も限られてるし、話はこれで終わり。できるだけ早めに片付けてくるから、ジェネラルオークの足止めをよろしく」
反論を受け付けず、言いたいことを言い切って平原を駆け出す。背中から俺の名を呼ぶフランの声が聞こえてきたが、デフォルトに戻したAGIでは今の俺に追い付けまい。
しかし、ここまでモチベーションが保てない魔物討伐も珍しかろう。血も涙も無いことを言えば、あのストーカーにはさっさとくたばって貰った方が都合が良い。自分にとって害にしかならない人間、結果的にとはいえ救う必要があるとはとても言えない。このまま放置していてはこちらの方にまで害が及ぶから、仕方なく動いているけれど。
さて、前方にて姿が見えてきた。必死の形相で逃げ惑う憐れな冒険者と、それを追いかける三頭のソルジャーオーク。
時折ソルジャーオークが武器を振るい、それが空振ったり掠めたり。ストーカーもまあまあ良く避けているようには見える。腐っても三つ星か。
そう思った直後、雨によりぬかるんだ地面に足を取られたか、ストーカーが盛大にこけた。泥水が辺りに散り、その中心部へ三つの戦斧が無慈悲に振り下ろされる。
◆◆◆◆◆
この僕、アレックス・ケンドールは三つ星冒険者だ。いつしか最高の七つ星冒険者になることを夢見て、日々努力を重ねている……つもりだ。
語尾が弱気になってしまったが、気を取り直そう。そんな僕には、目標としている人物が居る。白のラインハルト、人類史上最高レベル到達者だ。
振るう剣技は超一流、おおよそ剣士に可能なことは全て行えると断言して良い。噂では、山を吹き飛ばすほどの威力を持つ竜の息吹でさえ、一太刀で切り裂いたという。更に魔法も操り、回復も可能な光属性を使う隙の無さだ。
そんな彼だが、重要な戦地においてその隣には常に一人の女性が居る。無論、女性を侍らせているなどという訳では無い。名はマリアベル・シャリエ、青のシャリエと呼ばれる七つ星冒険者だ。
彼女が操る堅牢な氷の障壁を以って、人々は歩く城壁などとも呼ぶ。攻撃力もまた七つ星冒険者に相応しいだけのものを持っているらしいが、剣としての白のラインハルトと盾としての青のシャリエという組み合わせは最高の相性と言って良く、そちらはあまり取り沙汰されない。まさに理想的な前衛と後衛だろう。
僕は、剣になりたかった。そして、盾となってくれる女性が必要だった。だからこそフランセットさんを見つけたとき、この人だと思ったんだ。奇しくも僕は彼と同じく光魔法に適性を持つ魔法剣士であったし、彼女は青のシャリエの妹だ。重ねて考えることに、何の違和感があっただろう。
しかし最近になって、僕の邪魔をしてくる男が現れた。名をリク・スギサキと言う。聞けば冒険者登録自体を最近になってしたそうで、にも拘らず既に五つ星冒険者なのだと。初めから五つ星での登録だった彼とは少し異なるが、非常に似ていると言って良いだろう。手に持つ剣は白とは似ても似つかない、真逆の黒だったが。物語に出てくる聖騎士のように清廉潔白な彼とは似ても似つかない、獲物を虎視眈々と狙う獣のような男だったが。
──ぶるり、自身の体が震えたのを自覚する。
あの男のことを考えると、寒気が来る。ああ、これは恐れだ。最初は決して認めようとはしなかった感情だ。今は認めるしかない。僕は、あの男を恐れている。
暗殺者、という言葉が脳裏を過ぎる。あの男の適性を考えれば、当然だろう。手段は未だに分からないけれど、平気な顔で僕の先回りし、また僕に一切気付かれることなく一日の行動記録をつけ続けたのだ。僕とて三つ星冒険者、周囲の警戒くらいある程度は自然とできるし、あの行動記録を見せられてからは相当に意識して周囲を警戒していた。だというのに、あの男は僕にその姿を見せなかった。
数日間、僕は一日のほとんどを自分の部屋で過ごした。それは屈辱であったし、仕方の無いことでもあった。あの男は僕の遥か高みに居る実力者だ。本来であれば、こんな回りくどい方法で僕を追い詰める必要などないはず。だからきっと、これは僕にその現実を突きつけるための行動なのだろうと思った。
何の進歩も無いまま一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目。僕の焦燥は頂点に達していた。僕の進歩といえるものがここ最近、まるで実感できていなかったのは事実だ。けれど、進歩するための行動すらもしていない現状は、あまりにも受け入れ難い。足踏みできているならまだマシだ。けれど今は、純然たる停滞。或いは退廃だろうか。このままではいけない、何か行動しなければ。僕は恐怖を押し殺し、外へ出た。
向かった先は、ギルド。あわよくばフランセットさんと話がしたかったが、生憎と受付に彼女の姿は無かった。いや、それで良かったのかもしれない。今の僕はきっととても情けない顔をしているだろうから、それを彼女に見られずに済んだのだ。
近隣のモンスターの情報を聞き、今の僕に相手ができそうなものを選ぶ。依頼としては受けず、ひとまずオークの目撃情報を頼りに捜索を行ってみることにした。特に町や村への被害が出ている訳ではないそうだが、どうやらこのアインバーグから北の方角に居るらしい。
オークは、変異種はともかく通常種ならば中級冒険者でも十分に相手ができる魔物だ。それでも普通なら安全策としてパーティーを組むべきだが、三つ星冒険者としてならそれなりに経験を積んだ僕にとって、さほど警戒すべき対象ではない。今は一人になりたい気分であることもあって、その選択をすることに迷いは無かった。それが後の後悔に繋がるとも知らず、僕はオークを探しに街を出た。
完全なる誤算だった。理不尽とすら言うべきだろうか。
最初の一頭目のオークを見つけ、背後から攻撃を仕掛けたところまでは良い。致命傷とまでは言わないが、それなりの深手を右脇腹に負わせたところで二頭目のオークが出現し、続けて三頭目のオークだ。数の不利は、よほどの実力差がなければ覆せない。僕は素直に後退し、深手を負わせた一頭が追いつけないところまで移動するつもりだった。幸いにして、敵に遠距離攻撃の手段は無いのだから。
平原を走る中、ふと様子を窺うために背後を見ると、そこに居たのはオークが三頭ではなかった。ソルジャーオークが、三頭。意味が分からなかった。
戦闘中に魔物の変異が起こることは、多くはないが全く無い訳でも無い。実際僕もそういう場面に遭遇したことは過去に一度だけあったし、逆に隙と見て仕留めたものだ。けれど、今回はどうだ。そもそも変異に気付かなかった。こんなことは有り得ない。変異というのはどんなに短くても十数秒は掛けて行われることであり、こちらを追跡中の魔物が追跡を続行しながら完了するなんてことは無い。ましてそれが三頭同時などと。もはや悪夢の類だ。
雨が降り始め、地面が足を取ってくる中、僕はひた走る。次第にぬかるみ具合が増していくが、それでも僕を追跡するソルジャーオークの速度は緩まない。対する僕は、残る体力に不安が増すばかりだ。安全圏だった距離は詰められ、時折戦斧が僕の背中に向けて振るわれる。直撃こそ避けているが、時折掠めるように戦斧の刃が僕の鎧を撫でる。
集中力も限界に達した今、とうとう僕は転倒してしまった。顔から地面にぶつかり、口の中に土の味が広がる。慌てて起き上がろうとし、ふと感じた嫌な予感に身を任せ横へ転がる。果たしてそれは大正解で、一瞬前まで僕が居た場所に三つの戦斧が叩き込まれていた。
僕は喧しく鼓動を打つ心臓を煩わしく思いつつ起き上がろうとするが、腕に力が入らない。体力の限界だった。それをひとたび意識すれば、体全体が鉛でも詰まったように重い。もう一歩だって歩ける気がしなかった。
僕の体力の限界を知ったのか、ソルジャーオーク達の動きは緩慢だ。余裕を以ってゆっくりと戦斧を構え直し、歩いて僕との距離を詰め直す。顔を見れば、醜悪な豚面に下卑た笑みを浮かべているように見える。
「──たくない」
掠れた声が聞こえた。無意識に出た僕自身の声だと、少し遅れて気が付いた。
「僕はまだ、死にたくない。……まだ何も、成し遂げていないんだ!」
声だけは良く通っただろう。相変わらず、身体は言うことを聞いてくれないが。だからこれが、僕の最期の言葉になるんだろう。
往生際が悪いと、そう思う。けれど、偽らざる本心だ。
ろくに力が入らない手で、辛うじて剣を構える。そこに容赦の無い戦斧の一撃が入り、僕の剣は遠くへ弾き飛ばされた。
「こんな理不尽な死に方、認められる訳が──!」
言葉を最後まで言うより先に、水平に振るわれたソルジャーオークの戦斧が僕の首を刈り取ることだろう。それでも僕は、叫んだ。握りこぶしを作って、きっと防御の役目なんてまるで果たさないだろうそれを戦斧に向けて。
崖から落ちて生死不明だけど多分死んでると登場人物達に思われてるキャラ的な。