第五一話 エミュレーター・コピー2
更新頻度を急に上げすぎて、ちょっと燃え尽きてました。まさかそのまま一週間以上放置してしまうとは……。
妙なタイミングで俺が決意を新たにした後、進行方向に見知った後姿を確認した。黒紫のショートヘアを風に靡かせながら走る少女、アーデだ。
俺とフランはアーデに追い付くと減速し、そこから並走を始める。
「わ、早かったね二人とも。これでもワタシ、そこそこ急いでたんだけど」
アーデは普段よりも大きく目を開き、驚いた様子で俺とフランを見た。
「状況は把握してるか?」
対する俺は事態を解決させることを優先し、アーデとの認識合わせをすることにした。
「多分、ゴブリンなんかの弱い魔物がどんどん変異させられてる段階だと思う。この辺りの森ならひょっとしてオークも居るかなー……。そっちは変異してないと良いんだけど」
やや曖昧な返答だったが、概ね間違っていない。希望的観測を除けばだが。
「アーデの想定でも悪い部類で考えておいてくれ」
そう言いつつ、俺はエディターの設定を変更し、アーデにもマップ画面が見えるようにした。
「わ、わ、何これ!? あ、マップ? じゃあ、真ん中にある三つの点がワタシたち三人? ……え、コマンドオーク? ……ソルジャーオーク?」
さーっと音でも聞こえてきそうなくらい明確に、アーデの顔から血の気が引いた。
「これ、正確な情報?」
縋るような視線で、否定して欲しそうな情けない声を出すアーデ。
「信じないならそれもアーデの自由だけど、その場合は楽観視が命取りになるとだけ言っておく」
どうせ答え合わせは、目前に迫った森の中で勝手になされるけどな。
侵入した森の中で俺達を出迎えたのは、コマンドブルとコマンドゴブリンの群れ。全部の個体がコマンダーに変異しているという、特殊に過ぎる群れだ。
「予想はしてたけど、とにかく人間を見て襲い掛かってくるな」
エディターの黒い剣身を何度も連続して閃かせ、継続的に襲い来る魔物たちを斬り伏せていく。ステータス編集はINTからAGIまたはSTRへ値を譲渡しているのみだが、雑魚相手の乱戦ならこれで安定する。
「そうですね。とはいえこの程度の敵ならば、可愛いものです」
フランは中級水魔法で自身の周囲に複数の盾を生成し守備を固めつつ、初級水魔法の氷柱で敵を仕留めている。さながら移動要塞といった様子だ。
「全ッ然、可愛くないよ! 中級冒険者程度しかないワタシの実力じゃ、この数は割と手一杯だよ!」
文字通り森中の魔物が襲い掛かってくる状況に、アーデだけは悲鳴を上げている。けれど口を動かす余裕はある程度の状況で、現にエミュレーターを振るいつつ初級魔法も駆使して敵の数を減らすのに貢献している。
俺は完全な後衛であるフランに向かう敵を優先して仕留めているが、前衛と後衛どちらもこなせるアーデに向かう敵については大体そのまま本人に任せていた。きっとまだ大丈夫だろうと。しかし。
「というかリッ君助けて! このままじゃ途中で潰れちゃう!」
割と切実な叫びが聞こえてくるので、予定を早めて助けてやることにした。
「……仕方無いか。アーデ、フランの近くでサポートを。フラン、もうMP残量は気にしなくて良い。俺は進行方向の敵を蹴散らす」
アーデの前だから少し自重していたが、色々解禁だ。俺はステータスを極振りするし、HPからMPへの変換と回復魔法の併用で、フランのMPは理論上無限に回復するようになる。
「分かりました」
フランからの返事は聞こえたので、俺は早速行動を開始する。
AGIへ極振りし、進行方向へ加速。襲い掛かってくるコマンドゴブリンを確認し、エディターを振りつつVITへ極振り。コマンドゴブリンが振るう棍棒に衝突しその運動エネルギーを奪った瞬間、STRへ極振り。棍棒ごとコマンドゴブリンの胴を薙ぎ払う。
これが俺の考えた、カウンターマクロ。自身の加速度を上げるAGI、敵の攻撃力を奪うVIT、問答無用で断ち切るSTR。要所要所で各項目に極振りすることにより、敵をその攻撃ごと無力化する極めて凶悪なカウンター攻撃となる。手数の多い敵に対しては相性が悪いが、単発攻撃を繰り出してくる敵には効果抜群だ。
俺が前方の敵のみを一気に殲滅していっていると、背後ではフランが大暴れしていた。
自身の頭上に複数の氷柱を連続展開し、順次射出。さながら機関銃による掃射のようで、場合によっては生えている木ごと魔物を串刺しにしていく。一撃では死ななかった魔物も、高密度の攻撃に為す術なく。幾つもの氷柱に身体を貫かれ、絶命する。
周囲の魔物が片付いたところで、俺はフラン達の近くまで戻ってきた。最大MPが三五九〇あるフランだが、今は二六〇〇消費して現在MPが九九〇にまで減少している。
「ではリク、お願いします」
「了解」
俺はフランのステータスを編集。INTへ極振りしつつ、現在HPから現在MPへ値を移動。
『ヒールⅠ』
フランは初級回復魔法を発動し、HPを回復。極振りされたINT五五四一という値により発動したそれは消費MP五〇に対し、回復HP一三八五という結果を叩き出す。もう一度同じ工程を繰り返し、今のフランはMPを五〇消費しただけの状態にまで戻った。
MP回復後、デフォルトのステータスに戻すのを忘れない。そのままだと、当たり所が悪ければ一撃で簡単に死ぬからね。絶対に忘れてはいけないことだ。
「え、ちょっと、何? どういうこと? 怪我もしてないのに回復魔法って、何で? それにフランちゃんのMPってまだ残ってるの?」
何も知らないアーデが面白いくらいに混乱しているので、一言で説明してやろう。
「HP回復魔法を用いたMP回復をした。説明終了」
「もっと分からないよ!? 魔力ポーションも使わない即時MP回復とか、聞いたことも無いんだけど!?」
そりゃあ無いだろう。エディターが無ければ不可能な手法を取っているし、代用可能な技術だって恐らく無い。
「魔力ポーションなんて高価なもの、使う必要が無い状況で使う訳が無いだろ。贅沢なことを言うなよ」
そう、魔力ポーションは高い。回復ポーションはそもそも非常に需要が多いこともあり研究が進んで安価になったという経緯があるが、魔力ポーションは主に魔法使いからの需要しかない上に素材からして高価だ。同じ量のHPとMPを回復できるそれぞれのポーションがあったとして、その価格は十倍ほどの差がある。
何せ魔法具を作り出せる魔石を、砕いて素材にするのだから。価格にそれだけの差が生まれるのも、至極当然のことだ。
「詳しい説明をしてくれないってことだけは、ワタシも良く理解したよ……」
無事アーデが諦めたところで、進行を再開する。周囲の敵を軒並み片付けたお陰で、ただ森の散策をしているような状況になった。まあ、俺が敵の居ないルートを割り出しているだけなんだけど。
「この調子なら、エミュレーター・コピーの周囲に陣取ってる変異オークに辿り着くまでは体力を温存できそうだな」
草を刈り、木々の枝を落としながら道を開く俺が、そう言った。
前衛らしく先頭を歩くなんて、我ながら何故か珍しい状況だよ。何せ今まで、パーティーメンバーの中でレベルが低い状況ばかりだったからな。今でも最高レベルはフランだけど。
「やっぱり、このオーク達は陣取ってるよねー……。ひょっとしなくてもコピーを守ってるのかな?」
メンバー全員に見えるように表示したマップを確認しているらしいアーデが、疑問を口に出した。
「中級の魔物としては知性が低い部類なのですが、この状況を見るとそう判断したくなります」
その疑問に答えたのはフラン。判断したくなると、断定的な言葉を使っていないところはやはり性格として現れているのだろうか。
「そもそもエミュレーターの影響下にある魔物だし、常識を信用し過ぎると痛い目を見そうだ。通常の個体よりも高い知性を持っていると仮定して動こう。……コピーに操られて本格的に戦術的な行動を取ってくる、って可能性だってあるし」
油断して酷い目に遭う、なんてのは御免だ。油断していなくても死んだ前世の教訓を無視するなんて真似は、したくもない。
「そうですね。十分に警戒していきましょう」
緊張感のある声色で、フランは言った。
魔物との交戦を避けて迂回ルートを歩いていると、雨が降ってきた。ただでさえ視界が悪い状況で更にそれを悪くする要因というのは、マップ表示がある俺達にとってむしろ僥倖だろうか。
俺は黒い防水コートをアイテムボックスから取り出して羽織る。
「二人とも、雨具は……持ってないか」
後に続く二人の様子を確認すると、揃って首を横に振られた。
「私のアイテムボックスはあまり容量が大きくないもので、普段は必需品しか入れていないのです」
「ワタシも同じくー」
とのこと。予備の防水コートが一着あるし、何かに使えるかと思って撥水加工された布もある。これでどうにかなるか。
「フランにはこれを。アーデはこっちで我慢してくれ」
それぞれ防水コートと布を渡し、見事にアーデから不満そうな顔をされた。
「言っておくけど、予備の防水コートはフランに渡した一着だけだ。というか三人分も雨具なんて持ってる訳無いだろ」
「うー……、分かったよー。あ、でもこの布大きさが丁度良いかも」
布を頭から被ったアーデは、試行錯誤しながらベストな形を目指している。
「じゃあ、進行再開だ」
フランが手に持ったコートとアーデの布を交互に見て何か言いたそうにしていたが、アーデが納得したようなので問題無いだろう。
マップのお陰で会敵を避けつつ進行できているが、状況は俺達に都合の良いものばかりではない。先程から降り始めた雨が原因で地面がぬかるみ、段々と足が取られるようになってきた。けれど、ゴールは目前だ。
「変異オークとの会敵まであと三分ってところか」
エディター様様だ。チートツール万歳。俺はこれからもチーターとして暗躍していくよ。
そう、暗躍していくよ。活躍なんてしたくないんだよ! ……でも、五つ星冒険者として舐められない程度には実力を示していかないと、それはそれで面倒なことになるのも分かってるんだよ。
自分の中の基準がダブルスタンダード染みてるのは、なんとも嫌な気分だ。