第四話 初クエスト1
エルさんに別れを告げて、街の検問までやって来た俺とフラン。昨日の内に確保していた馬車があるらしく、それに乗って依頼を出した村へ行くことになっている。
少し待っていてください、とフランに言われてその背中を見送った俺は一人、暇な時間を過ごすことになった。
今更ながら、この街の名前はアインバーグと言う。取得した地図にそう書いてあったから間違いない。
このアインバーグはリッヒレーベン王国という国の中にあり、そこそこ栄えている街らしい。その割には検問が随分と緩かったので、大らかな国柄ということだろうか。
アインバーグは大きく三つの区画に分かれており、北側が商業区画、南西側が農業区画、南東側が居住区画になっている。
俺が今居るのは商業区画の検問で、ここが最も人の出入りが多い。先程から馬車と人の往来が激しく、色んな馬車や人を見ていて飽きない。今にも壊れそうなほど酷使されたオンボロ馬車もあれば、貴族でも乗せているのかと思われる豪華絢爛な馬車もある。
後者については誰が乗っているのか興味本位で調べてみようかと思ったが、余計な情報を取得して厄介ごとに巻き込まれるのは一つのお約束だ。素直に止めておいた。
数分後、俺の前に一台の箱馬車がやって来た。黒塗りのシックな車体で、これみよがしな高級感は無いが、品がある。
借りるにしても金が掛かりそうだと思っていたら、途中から分かっていたけど中から顔を出してきたのはフランだった。
「お待たせしました、リク。乗ってください」
フランが右手を差し出してきたので、その手を取る。軽く引き上げられるようにして、俺はその馬車へと乗り込んだ。
「どちらかというと逆の立場が良かったな」
昨日の狭い部屋とは事情が異なり、座る場所が元々二人分しか無いこの箱馬車ではフランと隣り合う位置に座った俺。小さく呟いたつもりだったが、流石に心の内で留めておくべきだったか。
「一体、何の話でしょうか?」
再び走り出した馬車の中で、瑠璃色の目が不思議そうにこちらを見てくる。
「いやこっちの話。それよりこの馬車、どうしたのさ。俺あんまり金持ってないんだけど」
仕方が無いので無理矢理に話題転換を図り、けれど事実として気になっていたことを確認する。
「そのことでしたらご心配なく。元々それなりの大口クエストである上に、初心者サポートとしてギルドから補助も出していますから。利用する私達に負担はありません」
「金銭面では安心したんだけど、やっぱり初心者が受けるクエストじゃないってことも再確認してしまって、俺は不安を覚えたよ」
確認したかったことと確認したくなかったことがセットになってやってきた。ハッピーセットならぬフランセットってか。
自分でいうのも何だけど全然楽しくないなこれ。響きだけちょっと楽しそうなのも酷い。
「不安を覚える必要はありません。戦力的な観点から、適切な難易度のクエストを選択致しましたので」
そしてフランセット・シャリエさんはこんな調子で、俺の不安がまるで的外れであるかのように言うし。
「俺の腰の入ってない剣の振りを見たら、そうも言ってられなくなると思うけどなー……」
昨日の戦い方は、我ながら無様だった。とどめを刺す段階になってようやく、少しは見られる戦い方ができるようになったとも思うけれど。魔法の剣の使い方も覚えたし。
「剣と言えば、見たところリクは装備していないようですが。アイテムボックスに収納しているのでしょうか?」
質問された今の俺は、皮製の茶色い簡単な鎧を身に付けていた。昨日の内に武具屋で二〇〇〇〇コルトを叩いて財布のダイエットに成功し、防御力の向上を図った結果だ。
お陰であと七〇〇〇コルト、つまり二泊すれば次の一泊は不可能な状況に追い込まれたが、今日この後死ぬよりはマシだろう。提げる剣がエディターでは目立つので、できるならカモフラージュに適当な剣でも買っておきたかったが、そうなるとなまくらしか買えない上に財布がダイエットどころか干からびて死ぬ。
俺も飢えて死ぬ。
「見た目が目立つ剣だからね。街中で安い皮装備の奴が持ってたら、多分盗難被害に遭うと思う」
何しろファンタジーな世界観をぶち壊す見た目だからなー。SF世界にこそあれは馴染むだろう。
という訳で、アイテムボックスから取り出してみる。
形状は、柄に刀身が付いているというよりは、刀身の下部を削って柄を取り付けたような感じ。なのでサーベルで言う護拳の役割を果たす構造を持ってはいるが、その護拳に該当する部分は刃の延長になっている。
剣の腹には柄から切っ先にかけて複数の溝が走り、モードに応じて異なる光を発する。起動していない今の溝は黒──剣全体の色そのままだ。
メカニカルな外見を持つ剣は流石のギルド職員にとっても珍しいのか、フランは興味深そうに俺の剣を見つめている。
「見た事の無い形状です。ですが、相当な業物であることも分かります。これが、神からリクが授かった武器なのですね?」
俺が首肯すると、フランは更に触れる許可を求めてきた。ただの武器としてはともかく、備えた機能は俺にしか使えない設定なので気軽に許可する。
するとフランは恐る恐る、自身の指先で刀身の腹にある溝をなぞった。
折角なのでエディターを起動してみる。柄の方から切っ先に向けて、溝の部分が青い光を放ち始めた。
「ひゃっ」
小さいボリュームの可愛らしい悲鳴が聞こえた。それと同時に、エディターに触れていた指も離れる。
「ごめん、驚かせるつもりは無かったんだけど」
俺が謝ると、フランは首を横に振った。
「あっ、いえ。こちらこそ変な声を上げてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って頭まで下げてくる。
下げられた頭を見て、俺の手は反射的に撫で始めていた。
いや、髪の毛サラッサラだったもんで。さぞや撫で心地が良かろうと。
実際、撫で心地最高。絹織物みたいな感触が手のひらから伝わってくる。
「あの、リク?」
なおも撫で続ける俺に対し、頭を少し上げたフランが撫でられつつもこちらを見てくる。俺の手を振り払おう、という意志は無さそうだ。
「最初のひと撫では冗談半分だったんだけど、実際撫でたらあんまりにも撫で心地が良かったもんでさ」
とここまで言って、自分の発言が果たして正常な嗜好に──もとい思考に基づいたものであるのかという不安がよぎる。
「なるほど。リクは髪フェティシズムという嗜好の持ち主なのですね」
「髪フェティシズム!?」
何処か浮世離れした雰囲気を持つフランの口から、よもや斯様な言葉が出てくるとは。しかし髪フェチという略称を使わない辺りは、それらしくもある。
ともあれ俺の手は止まった。
「ところで、男性が女性の髪を触る行動には相手への好意が含まれている、とも聞いたことがあります。リクは私に好意を抱いているのですか?」
フランさんや、真顔で訊くことかねそれは。
「実際そういう場合はあるし、少なくとも嫌いな相手の髪を触りたいと思う男はまず居ないけど。昨日出会ったばかりのフランに俺が好意を抱いてる訳じゃないよ」
予想外の切り返し方に若干の動揺は避けられなかったが、今は落ち着いてフランの頭から手を離す。
「ではやはり、リクは髪フェティシズムなのですね」
「今からでも、俺がフランに好意を抱いてるって内容に意見修正しても良いかな」
そっちの方がまだ着地点としてノーマルだし。