第四五話 ストーカー撃退3
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この場に居た第三者による試合開始の合図が鳴り響き、その直後にアレックスがこちらへ向かって突撃してきた。手には長剣を持ち、自身の斜め下後方に構えている。
対する俺は、棒立ちだ。
アレックスがあと二歩踏み出せば間合いが詰まるタイミングで一歩、俺の方から唐突に距離を詰める。
剣を振るタイミングをずらされたアレックスは不恰好な形で剣を振り、それは当然容易く俺に避けられる。
俺はへたれた軌跡を描く剣を眺めながら右足を残しており、その結果としてアレックスの足に引っ掛かった。その瞬間にだけVITへ極振りしておくのを忘れない。
思い切り足掛けを食らったアレックスは無様に転倒し、やはり周囲から笑いが零れた。
「貴……様! 攻撃しないと言っただろう!?」
アレックスはそれなりに素早く起き上がりながら、こちらを睨む。
「元から俺の足があった場所に、貴方が後からやって来ただけですよね。足元の不注意を人の所為にされても困りますよ」
俺は勿論、呆れ顔で言ってやった。いやらしい笑みではない。心底呆れているような空気を醸し出しつつ、やれやれと首を横に振る。
「どこまでも……、どこまでも、貴様はァッ!」
先程の焼き直しのように、再度俺に向かってアレックスが突撃してくる。
それにしても、何でこんな序盤でここまでヒートアップできるんだろう、こいつ。スタミナが持たないよな? ペース配分ガン無視? 短期決戦のつもりか?
そんなことを思いながら、今度はただ普通にアレックスの横薙ぎを一歩下がって避けた。
その後一分間を攻撃の回避に費やした所感を述べよう。何と言うか、意外とアレックスの剣筋は真っ直ぐだ。馬鹿正直と言った方が適切かもしれないが。何せ、全く虚実を織り交ぜていない。
敵に真っ直ぐ接近し、真っ直ぐに剣を振るう。単純故に当たれば高威力を発揮しそうだが、今の俺のように速度がある敵には微塵も通用しない。狙う位置は首や心臓ばかりで、視線による誘導も無し。自分が見た場所をそのまま狙う。
「……俺の油断でも誘ってるんですか? 攻め手があまりにお粗末ですが」
挑発の意図無く、ただ純粋に疑問が口をついて出てきた。これが結果的に効果を発揮したのか、アレックスがこれまで以上に怒りの形相を浮かべる。
「僕の剣を愚弄するか! 逃げてばかりの卑怯者が!」
「攻撃禁止だったので逃げるのは当たり前です。でももう約束の一分は経過しましたから、これからは攻撃しますよ」
俺は冷静に、というか冷めた対応をする。
「冒険者を舐めているとしか思えないお粗末な剣技を見せる貴方には、問題点を指摘しつつ実演を交えて教えて差し上げましょう」
練習中の片手半剣で相手をするつもりだったが、予定変更だ。それよりも熟練度の高い両手剣──俺本来のメインウエポンであるエディターで相手をしてやる。
俺が片手半剣を仕舞い、エディターを取り出すと、周囲から若干の悲鳴が上がった。……悲鳴?
ほんの少し釈然としない気持ちになりつつ、それを頭の中から振り払ってエディターを構える。
「一つ、踏み込みの思い切りが良すぎる。その一撃で勝負が決まる状況ならともかく、次の一手に繋げなければならない状況では切り返しが遅れて、致命的な隙ができる」
まさに今踏み込んで斬りかかってきたアレックスの攻撃を半身で避けて、無防備に晒した首筋にエディターの刃をそっと触れさせる。丁寧に、薄皮一枚分だけ切った。
「これで一度、死にました」
淡々と告げた俺に対し、返答は斬撃だった。
俺はやはり、一歩下がって軽く避ける。
「遊んでいるつもりか、貴様は!」
「二つ、冷静さの欠片も無い。敵の言葉に一々過剰反応を示し、精神的な未熟が露呈している」
更に反論を重ねようとしたアレックスだったが、今回は堪えたようだ。黙って悔しそうに睨み付けてくる。
ただしそれは結局、僅かながらも精神的な隙を晒すことになる。
アレックスの喉元目掛けて突きを放つ──と見せかけ足払い。アレックスは無様に転倒し、そこへ今度こそ喉元に切っ先を、ほんの少しだけ刺す。
「三つ、虚実を織り交ぜた攻撃に反応できず、また自身が虚実を織り交ぜた攻撃をしない。それからこれで二度、死にました」
アレックスの剣が俺の足首の高さで振るわれるが、そんな予想のど真ん中を突き抜けていく攻撃は軽く跳んで回避する。
「教本通りの剣の振り方をして、相手も正々堂々と真正面から剣を振るう状況のみを想定しているような。貴方の剣からは、そういう印象を……いえ、甘えを感じました。剣を振り始めてまだひと月程度の俺から見て、その程度です」
単純な技量については、俺はチートによるブーストで一気に駆け上がっている。だからそれを殊更にひけらかすつもりは無い。けれどアレックスの剣は、技量云々の話ではない。それ以前の、心構えの問題だ。
「……僕の剣は、迷い無き剣だ! 一撃必殺を信条としている! 冷めた思考ではなく、熱意で振るっている! 虚実など織り交ぜる必要は無い!」
アレックスは耳障りの良い着飾った言葉で、俺からの三つの指摘全てに反論しているつもりらしい。救いようが無いな。
「それは、迷うことから逃げていると言うのです」
一刀のもとに斬り伏せる。それは、発した言葉だけでなく。俺はアレックスの剣を上段からの構えで強打し、その手から取り落とさせた。白い長剣が床の上を滑って止まる。
「現に、手加減をした俺に対してすら、手も足も出ていない。貴方の剣が通用するのは、相手が格下の場合だけだ」
呆然とするアレックスの鼻先に、エディターの切っ先を向けた。
「拾え」
もう、形だけの敬語を使う気も起きない。
「まだ身体は動くだろう。剣を拾え」
急に、口調すらも高圧的になった俺に対してアレックスは、気圧された様子を見せつつも剣を拾いに行った。
俺はそれを見届けて、拾った剣をアレックスが俺に向けて構えた段階で告げる。
「仕切り直しだ」
その後、俺が剣を取り落としたアレックスに同じ言葉を告げること計五回。その五回目で、アレックスは剣を拾うことなく、戦意喪失により結界の外へ強制排除された。
奥の手として取っておいたのか、途中から光初級魔法を使用してきたが、それもまた実にお粗末な使い方だった。何せ立ち止まってから使う。剣撃の隙を埋めるように使ってくるかと念のため警戒したが、そんなことは全く無かった。攻撃が独立していた。例によって威力だけはそこそこありそうで、ただし狙いが馬鹿正直なために一歩動けば簡単に避けられるという。
結論として、やはりアレックスの力は格下相手にしか通用しない。あの弱点をカバーできる優秀なパーティーメンバーが居ればそこそこまともに活躍できるだろうが……、介護されることを前提としなければならない冒険者とは一体。いや、手綱さえきちんと握れるなら、それでも戦力に数えて良いんだろうけどな。とはいえ、それが労力に見合うかどうかは微妙だ。
魂が抜けたような表情で、無言になって訓練所を後にしたアレックス。姿が見えなくなってからも、マップ上の追跡を怠らない。
「リク君、お疲れ様。まあ分かりきってた結果だったね」
結界から自分の意思で出て、少しだけ額に浮かんだ汗をアイテムボックスから出したタオルで拭いていると。ロロさんがドミニクさんやジャック達三人を伴って近付いて来た。
「風魔法を使用しての高速移動が鬼畜だって話を、さっきロロから聞いてたんだが……。魔法を使わなくてもあの速度か、お前さん」
冗談だろ、みたいな顔でドミニクさんから言われた。まあ、編集無しの素のステータスに換算すれば、極振りしたAGI三三九七って値はレベル一九一相当だしな。俺のステータスの中では最も伸び率が低い項目ではあるものの、割とバランス型な俺だ。十分過ぎるほどに高い。
まあ、これがINT特化型なフランならレベル一〇七くらいで到達する領域なんだけど。普通あそこまで特化することは無いので、例外的ではある。
「最高速がさっきの四割増しの上、空を飛ぶ。……なんてことが無いので、かなり良心的な戦いをしてましたよ?」
「蟻一匹潰すのにハンマーはやり過ぎだから、金鎚で潰した。みたいなこと言ってるの、分かる?」
蟻という、何処と無くアレックスに対して悪意のある例え方をしつつ、ロロさんが苦笑しながらつっこんできた。
「ははは。それはさて置いて、次はエリック。タイマンだ」
「覚えてた!?」
おどおどと腰が引けつつも、エリックは俺の前に出てきた。割と根性あるんだな、こいつ。
「そう心配するなよ。この黒い両手剣は振るわないから」
そう言いつつエディターをアイテムボックスに仕舞い、代わりに片手半剣を取り出す。……周囲から安堵の声が漏れた気が?
「……魔法は?」
「使う」
エリックの目からハイライトが消えた。
「ああ、違う違う。移動用じゃなくて攻撃用としての使用しかしないから。……多分」
「多分!?」
否定した後、微妙に可能性を示唆してみた。エリックの反応が面白い。
「細かいことは気にせず、とりあえずやろうか」
「全然細かくないよ!?」
俺は文句を言ってくるエリックの背中を押して、結界内に再度入る。
「何だかんだ言ってリク君の高速戦闘に慣れておくっていうのは、エリックにとって悪いことじゃないよ。頑張ってみると良い」
ロロさんが肯定的な意見と応援の言葉を述べると、エリックは小さく溜息を吐いた。それから俺を、真っ直ぐに見る。
「確かに、五つ星冒険者の胸を借りるっていうのは良い経験になるよね」
「つい昨日まで、一つ星だったんだけどなぁ」
今度は俺が溜息を吐く番だった。いや、切り替えていこう。
「攻撃の威力はかなり抑えていくから、エリックの防御力でも一発退場ってことにはならないはずだ」
戦い方のヒントになりそうな言葉を与えつつ、エリックから距離を取る。最初から剣士の間合いで魔法使いを戦わせる、なんて鬼畜なことはしないさ。
「……ねぇ、これってジャックが僕を守ってくれないこと前提の訓練だったりする?」
勘が良いエリックは俺の真意に気付いたらしい。いや、優秀だな。
「そういう場面は今後あるだろうし。それに付け加えて、後衛を守れない場合にどうなるかをジャックに見せる目的があったりする」
パーティー解散を推奨していると思われても困るので、ちゃんともう半分の目的も話しておく。
「盾役の重要性はロロさんに昨日散々教えられたっての!」
ジャックが文句を言ってきているが、無視しよう。
「話を聞いただけより、実際に見た方が良く理解できるよ。ほらほら、大人しく見学しとく」
ロロさんが興奮しているジャックを宥め、それを見ているアンヌがやれやれと肩を竦める。
「じゃあ、そろそろ本当に始めようか」
俺は一枚のコインをアイテムボックスから取り出す。
「このコインが床に落ちた時点で試合開始としよう」
言い終えるや否や、指で弾いてコインを空中に放る。
キィン、と高い音を響かせながら放物線を描くコイン。そこへ、俺は片手半剣を振り下ろす。当然、コインはそのまま自由落下するよりも早く床に叩き付けられた。
「ちょっと予想してたよ僕もさ!」
エリックに対し向かって左側に位置取り、左下からの切り上げを敢行する俺。
しかしエリックも、先の言葉通り本当に予想していたらしい。ギリギリかわせるかどうかと思って放たれた俺の攻撃を、ある程度の余裕をもってバックステップで回避した。
『モノ・フレイム!』
更にその行動中に魔法まで使って反撃してきたのだから、恐らくそこまで想定していたのだろう。
俺、警戒されすぎだろ。正解だから反論できないんだけどさ。
かなりの近距離で放たれた火球は俺の胴体目掛けて飛んできて、回避するには大きく動く必要がある。なので。
「せりゃ」
剣を斜めに構え、火球を後方へ受け流す。勿論、多少は俺自身も位置を調整したけれど、ただ回避するよりは断然少ない動きで対処できた。
当然、生まれた余裕はエリックとの距離を詰めるために使う。
『モノ・フレイムッ!』
前傾姿勢で加速と被弾面積の縮小を図る俺に、焦った様子のエリックが後ずさりしつつ再び火球を放つ。今度の狙いは足か。
左斜め前方に進路を修正して火球を回避し、あと半歩で距離を詰め終えるというところで大きく右にサイドステップ。エリックの視界から俺の姿が消えた。
エリックは急いで自身の首を左に回したが、そこには既に俺の剣の切っ先がある。
「今のは当てずっぽうでも良いから、杖を振り回してみると牽制程度にはなったかも知れないかな」
敵の視界から逃れたと思った人間が、予想外の攻撃を受ける。そんなのは割とありふれているだろうし。
そんなことを思いつつ、俺は剣を引く。
「とはいえ、後衛でここまで動けるなら、前衛が戻ってくるまでの時間稼ぎくらいできそうだ。うん、三人の中では実はエリックが一番優秀か」
さらりと褒めると、エリックは照れたように笑う。
「そ、そうかな? そう言って貰えると嬉しいな」
「じゃあ、次からはもっと速度を上げていこうか」
エリックは笑顔を凍らせた。
「これは訓練であると同時に、礼を失した罰でもある。まさか忘れてたのか?」
俺は深く笑みを浮かべて、両の目でエリックを捉える。