第四三話 ストーカー撃退1
※これはファンタジーです。実際のストーカーを自力で撃退しようとしてはいけません。
訓練所でやらかした次の日の朝。今日も訓練所に行こうと思っていた俺に、フランから念話が飛んできた。
ついに俺の新しいギルドカードができたそうだ。星の数が多いギルドカードは偽装防止の為の加工が厳重らしく、これでもそこそこ急いで作ったとのこと。
せめて四つ星でありますように。せめて、せめて。
そんな俺の願いも空しく、ギルド本部を訪れた俺の手に渡されたのは五つ星のギルドカード。初級冒険者から、中級冒険者を経ずして上級冒険者の仲間入りである。
「解せぬ」
カードを手渡してくれたフランの前で、短く心境を述べた。
「その、私からも四つ星に抑えるべきだという進言は、何度かしていたのですが……」
ギルドの受付にて、フランが申し訳なさそうにしている。
「その気持ちだけで本当に、本当に、有り難いよ。だからフランが気に病む必要は無い。それは俺が断言する」
むしろ三つ星くらいが良かったけど、それは最初から無理だろうと諦めてたし。
「それにまあ、悪いことばかりじゃないし。これである程度、難易度の高いクエストが受けられる。……いやむしろ、受けられないクエストの方が少ないんだろうけど」
何せ上級冒険者だ。冒険者全体の上位八%以内。そもそも戦える人間ばかりがなる職業で、しかも途中で自分のレベル上限を知って辞める者も多い中でのその割合。
溜息が出るんだけど。
「では、本日はクエストを受けますか?」
「いや、今日も訓練所に行くよ。基礎固めをしたかったんだけど、昨日は試合しかしなかったし」
DEXに極振りした上での素振りは、凄まじい効果を出してくれる。自分が想定した動きと実際の動きの誤差を限りなく減らしてくれるので、自分に合った剣の振り方を徹底的に模索できる。剣の構え方、軌跡、力の入れ方、重心の移動など。それぞれを微妙に変えつつ、これだと思ったパターンをひたすらに繰り返して身体に覚え込ませる。すると、高いDEX相当の動きを素で行えるようになる。扱いが難しいとされる片手半剣を短期間である程度扱えるようになったのは、このためだ。
「昨日は随分と派手に動いたと聞いています」
笑いながら言われたんだけど。やっぱり話はある程度広まってるか。
「今日は大人しくしとく予定だよ。じゃ、仕事頑張ってね」
半笑いで俺は返した。
「ええ、リクこそ」
フランに軽く手を振り、そのままギルド本部を後にしようと出口に向かったんだけど。昨日見知ったばかりの顔と鉢合わせた。
「あ、リク君だ。おはよう」
お人好しお姉さん、ロロさんだ。今日も翡翠色の軽装鎧を身に纏っている。
「おはようございます、ロロさん。これからクエストですか?」
「ううん、違うよ。昨日の件で軽い報告があって。この後は訓練所でジャック達と合流する予定」
昨日の件……。ジャック達のことだろうか、それとも噛ませトリオのことだろうか。
「リク君こそ、これからクエスト?」
「いえ、今日も訓練所に行こうかと。試合の予定はありませんが」
そう、予定は無いんだ。予定は。
「あはは。リク君がそのつもりでも、試合の申し込みはされそうだけどね」
分かってましたよその可能性は。あれだけ派手にやらかした次の日だからな、今日は。噂も広がってるっぽいし、ある程度は諦めてる。
「でもそれなら、ちょっと待っててくれないかな? 報告は五分くらいで終わると思うんだけど」
そのくらいの時間であれば何の支障も無いので、俺はロロさんを待つことにした。
ロロさんの報告とやらが終わるのを待っている間、俺は端の方にある休憩スペースにてお茶を飲みながらのんびりしていた。日本茶のような味がするこの飲み物は、程よい渋みが大変素晴らしい。ギルド員なら無料で飲めるので、それもまた高評価だ。
さて、俺はのんびりしていた。過去形である。それというのも、受付の方が少しばかり賑やかになっているからだ。より正確に言おうか。受付に居るフランが今、一人の男に口説かれている。
身長は一七〇代後半といったところ。鈍色の鎧を身に纏い、腰には白い鞘に納まる長剣を差している。何となく、何処かで見たような装備だ。
斜め後ろからなのではっきりとは見えないが、彫りの深い顔立ちで、どうやら整ってはいる。ただ、少し喧しい感じ。顔から既に面倒くさそうな気がするというか。
ここ最近は受付窓口にフランが居なくて寂しかったとか、でも今日会えて嬉しいとか、今夜一緒に食事でもどうかとか。俺の目に映るフランはもう完全に無表情になっているのだが、あの男は気付いていないのか。フランの表情は少し分かりにくいとも思うけど。でもちゃんと見ていれば、それなりに表情豊かなのが分かるし。いや何の話だ。
はてさてどうすべきかと俺が考えを巡らせていると、ロロさんが報告を終わらせたらしくこちらに向かって歩いてきた。
「お待たせ、リク君。……あれ、止めようとしてる?」
俺の近くにやってくるなり、ロロさんはそう質問してきた。もしくは確認と言った方が適切か。
「どう止めるのが効果的か、考えています」
「止めること自体は確定してるんだね」
そりゃまあ、フランとは知らぬ仲でもあるまいし。
「私が手伝う必要はあるかな?」
昨日の件を揶揄するようなロロさんの台詞だが、浮かべる表情は真剣なもの。
「女性が居てくれると助かりますね。サポートをお願いできますか?」
同性から注意されても反発ばかりが強まりそうだけど、異性が来ると後ろめたさを誘発できそうだ。特に、ああいう軽薄な男なら。
「うん、分かった。それなら行こうか」
心強い援軍が得られた。
「今は業務時間中ですので、そういったお誘いは控えていただきたいのですが」
「であれば、一緒にクエストを受けないかい? その打ち合わせとしてなら問題も無いと思うんだけど」
とりあえずナンパ男の背後に立ってみたが、繰り広げられている会話はろくなもんじゃない。
「何のクエストに行くんですか?」
俺はとりあえず、異物として会話に混入していくスタイルを取ることにした。
かなり近付いていたのにナンパ男は気付いていなかったのか、背後に居る俺を見てぎょっとする。
その肩越しにフランの顔を見れば、驚いた表情を浮かべていた。
「良かったら、俺達も参加させて欲しいんですけど」
ぐいぐい行こう。完全に俺のキャラじゃないけど、笑顔で図々しい感じに頑張ってみる。
「な、何だい、君たちは。今僕はフランセットさんと話をしているんだ」
「はい、ですからそれに参加しようかと」
狼狽するナンパ男を歯牙にもかけず、攻める。既にさせて欲しいではなく、しようだ。
「いや、僕は彼女と二人でクエストに行くつもりだ。悪いけど君たちには遠慮して貰いたい」
「でも、彼女は五つ星の冒険者ですよね。だったら受けるクエストも相応の難易度になるでしょうし、二人だけで受けるというのは危険すぎません?」
勝手に話のレールを作っていく。適当な話で強引に推し進めようとしている話を殺すには、具体性を持たせて脱線事故を誘発すれば良い。
ナンパ男の表情が歪む様は、見ていてとても愉しい。
「それは……いや、同行するメンバーは僕と彼女で決める。危険だという結論になれば、そのときにメンバーを募るさ」
おおう、早くも脱輪しかかっている。ちょろいな。
「そもそも相応の難易度だというなら、隣の女性はともかく、君では力不足なのではないかな。その低品質な軽装鎧を見る限り、初級冒険者と見受けられるが」
ふむ、昨日までに鎧は新調しておくべきだったか。これでは舐められても致し方ない。
「逆なんだな、これが。ここに居るリク君は、私なんかよりずっと強いよ?」
ここでロロさん参戦。俺が話の方向性を定めたと見て、口を挟みにきたようだ。良いタイミングです、と賞賛を送りたい。
「昨日の訓練所で起こった話は聞いてないかな。喧嘩を売ってきた三つ星冒険者三人組をあっさり返り討ちにした、黒い両手剣の使い手の話をさ」
最新の黒歴史掘り起こすの止めて貰って良いですか。若干テンションがおかしかったんですあの時は。
けどまあ効果はそれなりに見込めるか、と仕方なく納得しようとしたのだけれど。
「……君か、彼らを痛めつけた悪漢というのは」
敵意を剥き出しにした視線を、ナンパ男は俺に突き刺し始めた。
「ねえ、私の話聞いてた? リク君は反撃しただけだよ?」
反応が思ったものと違ったのか、ロロさんは困惑気味だ。勿論俺だって困惑気味だ。
「カルル、マラット、セルゲイ。彼らの素行は褒められたものではなかったかもしれない。けれど、公開処刑紛いの仕打ちを受けるほどだったとは、僕には到底思えない!」
「その三人、最初は逆に俺を公開処刑しようとしてましたよ」
素のツッコミを入れてしまった。いかん、軽いノリの面倒な奴を演じていたのに。
というかこの反応を見るに、このナンパ男は噛ませトリオの知り合いなんだろうか。ちゃんと名前も知っている訳だし。
「実際には、君の方が三人を痛めつけたんじゃないか!」
「結果だけを見て語られても」
そうしなければ、痛めつけられていたのは俺の方だということは無視か。或いはそこまで考えが及んでいないのか。
「受付の前でする話じゃないね。場所を変えようか」
「……それは一理ある。分かった、場所を変えようじゃないか」
ロロさんのナイスアシスト。俺から場所変えを提案しても、このタイミングでは絶対に受け入れられなかっただろう。
俺達は周囲の注目を集めつつ、先程俺がロロさんを待っていたスペースに移動することに。けれど、フランが申し訳なさそうな視線を俺に向けていたので。
≪転生直後からお世話になりっぱなしだから、このくらいの面倒事は俺に引き受けさせて欲しい≫
エディターの画面をフランにだけ見せて、それから移動を開始した。