第四一話 訓練所2
……アカン。開き直った主人公アカン。
アンヌの意見通り、俺とアンヌ、ジャックとエリックの組み合わせで再度試合。今度は普通に距離を取った状態で試合開始だ。
「先手必勝!」
重装備の人間が言うとシュールさが尋常じゃないが、至って真面目な表情のジャックがこちらへ走ってきた。
『モノ・ウィンド』
ジャックの頭部を狙った一撃は、不恰好ながらも体勢を低くして避けられる。
『モノ・フレイム』
返礼とばかりに、今回は敵となったエリックから俺に向け火球が飛んできた。ジャックへの追撃ができるかと思ったが、やはりエリックには状況が見えているか。
俺は無理せず火球の回避に専念する。
俺が敵の注意を引いている間に、アンヌがジャックの死角に回りこんだ。ナイフを振るい、フルプレートメイルの隙間を狙う。
「うお、あっぶねぇ!」
しかしジャックもただやられるばかりではなく、乱暴に腕を振ってやり過ごす。隙間を狙ったナイフは鎧の頑丈な部分に当たり、細かな傷を付けるに留まった。
「そこまで簡単にはいかないってかい?」
そして俺は、アンヌがジャックの注意を引いている内にエリックに向けて駆け出している。
『モノ・フレイム』
先程よりも大きな火球が俺の眼前に迫る。ただそれは、軌道が素直過ぎた。
『モノ・ウィンド』
真っ直ぐ俺に向かってくる火球を、縦に弧を描く風の刃で両断する。俺自身は半身になりながら正面に対する表面積を減らし、左右を駆け抜ける熱気をやり過ごしつつ前進を継続。
風の刃は火球を二つに割った時点で消えたが、道を開く役割は果たした。
後衛に向けて距離を詰める俺に今更な危機感を覚えたらしいジャックが追いかけて来るが、重装備の鈍足の上、アンヌがそれを許さない。
俺は妨害を受けること無く、エリックを剣の間合いに入れた。
横一閃。片手半剣を両手で振るう。
エリックは長杖で受け止めるが、俺の剣はそれをそのまま切断してしまった。
短くなった杖を手放さず、次なる俺の一撃に備えるエリックだったが──俺は片手半剣を振るう素振りだけ見せてすぐさま手放し、素早くナイフを振る。
既に間合いが詰められているなら、そりゃ小さい得物の方が便利だよ。
エリックの喉をナイフが切り裂き、血飛沫が上がる。その次の瞬間、結界の外に無傷のエリックが出現した。
この結界、内部に居る人間が戦闘不能になったり戦闘継続の意思が無くなったりすると、自動で外に出すようになってるらしいんだよ。だからきっちり仕留めた場合は痛みを感じるのも一瞬で、間違っても拷問なんかには使用できない。なので遠慮無く仕留められる。
手遅れになってようやくやって来たジャックは、俺とアンヌの挟撃で間も無く沈んだ。
「ジャックは状況が見えてなさ過ぎるね。前衛なのに、後衛を守れる位置に居ないんだもん。そもそも、最初の先手必勝って何? 重装備でどう先手を取るの? 後衛に対する前衛の役割を放り出しただけだったよ?」
座り込んで小さくなっているジャックが、ロロさんからのお説教を受けて更に小さくなっている。一度目は油断があったなどと言い訳くらいはできただろうが、二度目のアレはその言い訳も使えない。存分に反省し、次に活かして貰おう。
「そういえば気になってたんだけど、四人は元々知り合いなのかな?」
引率者的なロロさんに、初心者三人。果たしてどんな関係なのか、今は少し暇なので質問してみる。
「ロロさんについては違うね。けど、あたしら三人は幼馴染さ。数ヶ月前にこの街にやってきて、一緒に冒険者登録をしたんだ」
あまり口数の多くないエリックではなく、アンヌが返答してくれた。
「だけど、早くも行き詰っちゃってね。パーティーのバランスは見かけ上良いんだけど、いまいち噛み合わなくて。……原因は、見たまんまだけど」
アンヌの視線が説教を受ける一人の男に向けられる。そこには色んな意味で小さな男が居た。
「昨日、このままじゃパーティー解散まで有り得るってエリックがあたしに言ってきて。今日、ギルドに相談しに行ったら、ロロさんを紹介されてね。それで、ここに連れてきて貰ったんだよ」
視線を俺に向けなおしながら、アンヌは事情を説明した。
「ギルドも良い仕事するなぁ。確かに適任だ」
きつい説教を食らわせつつ、改善点をしっかり指摘して次に活かし易いようにしているロロさん。後進の育成を任せるにはうってつけの人材だ。
「ああ、全くだね。顔立ちは綺麗だけど無愛想で、大丈夫かなって最初は思ってたんだけど。実際話してみれば親身になって相談に乗ってくれるもんだから、大助かりだったよ」
あれ? それって……。
「青み掛かった銀髪の女性?」
「そうそう。良く分かったね。名前は何て言ったかな……」
ああ、ほぼ間違いなくそうだな。そう思っていたら案の定。
「フランセット・シャリエさん、だよ。あの人自身、【大瀑布】って二つ名のある凄腕の冒険者なんだから、覚えておかないと」
エリックが助け舟を出して確定。同じ魔法使いとして尊敬でもしているのだろうか、何処と無くそんな雰囲気を醸し出している。
「つい先週だって、白のラインハルトと一緒にコマンドワイバーンの群れを早期発見して被害を未然に防いだって聞くし。本当に凄い魔法使いだよ」
おおっと、醸し出すどころかあからさまになってきた。声のボリュームこそ大きくなっていないが、静かに興奮しているのが伝わってくる。
「その二人に付いていって、戦果のお零れに与ってたのがそこに居るリクって男なんだぜ!」
ようやく来たかー、と俺が思う中、部外者が会話に入ってくる。それは当然、ギルドからこちらにまで付いて来ていた三人組だ。
いきなり大声を出した男に、周囲の視線が集まる。視線を集めた男はどこか居心地悪そうにしながら、俺達の方に近付いてきた。
いや、そこはせめて堂々としろよ。
「よお、リク・スギサキ。最近フランセットちゃんに気に入られて調子に乗ってる男が居ると思ってたら、今度は訓練所で弱いもの苛めか? ああん?」
三人組は全員が皮鎧を身に付けているが、何故か無駄にトゲトゲしさのあるデザインになっている。流石に動きを阻害する肩パッドが入っていたりはしないが、漂ってくる世紀末感は否定できない。
持っている武器も、ハンマーとモーニングスターとナックル。打撃オンリーという素敵さだ。
すげぇ、小者臭がすげぇよ。見た目と言動のダブルパンチだよ。ちょっと感動してきた。
アナライズモードで調べ、俺から見て右から順にカルル・ヴィウチェイスキー、マラット・バランニコフ、セルゲイ・アクロフ。それぞれの頭文字を取って、噛ませトリオと名付けよう。早くも楽しい。
「ちょっとちょっと、君たち何なの? リク君は弱いもの苛めなんてしてないよ!」
ロロさんが俺のフォローに回ってくれている。やっぱりこの人は良い人だな。流石はフランからの紹介、信頼度が高い。
でもすみません、俺は今心から楽しんでます。異世界テンプレが今更ながら俺のところにやってきてくれたんだから。ついでにストレスも溜まってて、発散の機会が訪れて大変都合が宜しい。
いやぁ、平和だなぁ。平均レベル二八の噛ませトリオだなんて、レベル五五の俺にとっては全く危険の無いイベントじゃないか。難易度的にはコマンドワイバーンの大量発生をこれの後にして欲しかったけど、そちらが解決した今となってはむしろ都合が良い。どうせ急増する星の数の所為で目立つ羽目になるんだ、ここで派手にぶち上げてしまうのもそれはそれでアリだろう。
ちなみに、ロロさんのレベルは三二だった。噛ませトリオより少し高い。
「大丈夫です、ロロさん。それで、御三方は俺に何をお求めでしょうか?」
溢れ出る楽しさを隠すことなく前に出て、要件を訊く。
レベル的に連中は二つ星か三つ星だろうが、一応一つ星の俺が全く怯んだ様子も見せないことに、驚きと苛立ちを見せる。
「礼儀ってもんがなってねぇ新入りに、先輩が教えてやろうってんだよ。おい、結界に入れよ。みっちりと教え込んでやらぁ!」
カルルがそう言って、俺の背中を結界の方へ乱暴に押してくる。そして何より、結界にはカルルだけでなくマラットとセルゲイも一緒に入ってきた。
やっぱりこの人達すげぇ。傍から見ればこれこそ弱いもの苛めに見えるだろうけど、きっと気付いてない。噛ませの鑑だ。まさかこんな、頭の中が空っぽの人間を見られるなんて。
そんな風に、俺としてはひたすら状況を楽しんでいたのだけど。
「待った。私も参戦するよ。三対一なんて、リク君が不利にも程がある」
ロロさんも結界内に入り、参戦の意思を表明した。
ふむ、こうなるとロロさんに恥をかかせる状況にはできないな。一人は相手を任せるか。
「……まあ良いさ。そんくらいは認めてやらぁ」
カルルは尊大にそう言った。
いや、人数的にはまだこちらが不利なんだけどね。あたかも自分達がハンデを負ってるみたいな言い方してるけどさ。どうしよう、楽しくてわくわくが止まらない。
「ロロさん、一人がきっとロロさんの足止めをして分断を狙ってくると思うので、その一人だけお任せしますね」
恐らくそのつもりだろうという推測のもと、更には周囲の注目を集める中で俺がそう言い切ってしまうことで、相手を挑発する。
「え、ちょっと、二人をまとめて相手するつもり!?」
反対意見を言いそうなロロさんを宥めていると、あちらはやっと挑発の意図に気付いたのか随分遅い返答をくれる。
「セルゲイ……、女の方を足止めしろ。あのクソ生意気な新入りの注文通り分断して、俺とマラットでボコボコにしてやっぞ!」
試合開始の合図も無く、いきなり襲い掛かってきた噛ませトリオ。でも、遅い。
『モノ・ウィンド』
俺の小さな呟きに、攻撃魔法を警戒した相手。しかし。
「残念、攻撃ではなく移動でした、っと」
俺は相手の頭上を軽々飛び越え、地上六メートル程の俯瞰視点からカルルの後頭部に向けて、
『モノ・ウィンド』
今度こそ攻撃の意図で放たれた、風の弾丸をヒットさせた。
「ぐぺっ」
勢い良く突っ伏し、床に熱烈なキスをするカルル。その無様さを観賞しつつ、俺は静かに着地。俺とロロさんの間に噛ませトリオが居て、一応の分断状態に。
「分断、できましたよ」
満面の笑みで言ってやる。相手にまだ何一つさせず、いやさ恥だけかかせつつ、この台詞。我ながら性格が悪いね。
獣のような奇声を上げながら、カルルが向かってくる。俺の異常な移動速度に警戒しているのか、他二人は様子見のようだ。
「えぇ……、それじゃすぐ終わるんですけど……」
相手の、というよりカルルの頭が予想以上に空っぽだったらしく、挑発が効果を出し過ぎてしまったようだ。仕方が無いのでカルルを一時戦線離脱くらいにして、他の二人も相手をしよう。
子どもの胴体ほどもあるハンマーの打撃部分を、俺に向けて振り下ろしてくる。AGIに極振りした俺は軽やかなサイドステップで回避し、片手半剣の峰をカルルの左上腕に対して強打。勿論その攻撃時は、STRに骨折させられる程度の値を割り振っておいた。
いや、極振りまですると峰打ちでも骨折じゃ済まないし。
激痛にのた打ち回るカルルをひとまず放置し、モーニングスターを持つマラットに狙いを定める。移動用のモノ・ウィンドも使用し逃亡も許さず間合いを詰め終え、武器を振るう隙も与えず擦れ違いざまに左手首を切断。そのまま背後に回って、背中に蹴りを放つ。
やはり激痛にのた打ち回るマラットを放置し、ナックルを装備したセルゲイを見るが。
「ひ……っ!」
何と言うかこう、あからさまに怯えられている。身体中が小刻みに震え、覚束無い足取りで後ろに下がっていく。……あ、戦意喪失からの結界外への強制離脱が発動した。
セルゲイは何が起こったのか理解が及ばない表情を浮かべていたが、段々と顔が赤くなっていき、それが耳にまで達した辺りでこの場からの逃亡を開始した。
「あちゃー……、多少は手加減してたのに」
「手加減してたの!?」
ぼそりと、誰に聞かせるつもりもない呟きだったが、近くに居たロロさんが拾ってしまった。観客と化している周囲にも動揺が広がる。
「あ、ロロさん。すみません、相手を逃がしてしまいました」
「いや、それは全然構わないんだけどね。ただ、これ、私が手伝う必要って全く無かったかなって……」
実はそうなんです、とは言えず。
「お気持ちは大変嬉しかったですよ。もしロロさんが困っている場面を見かけたら、今度は俺が手伝いますね」
フォローの言葉としてはこんなもんだろうか。笑顔を心掛けて言ってみたが、反応や如何に。
「う……、あー、もう。私も結界の外に出るから、ちゃんと勝ってよね!」
年頃のお姉さんが恥かしそうにしている様は、中々見ていて楽しい。
「はい、任せてください」
俺は上機嫌で返事をした。