第四〇話 訓練所1
まるで、初心者に紛れる名人様。これはアカン。
2017/10/16追記:主人公に対する初心冒険者達の呼称をファミリーネームに変更。
翌日の朝、俺はギルド本部を訪れていた。目的は、手頃なクエストの受注。
レベリングが捗り過ぎたせいで、自分の感覚とステータスにギャップが生まれている。だからそれを埋めるため、肩慣らし的なクエストを求めている。
「いえ、現在まだ一つ星であるリクでは、リクが求めるレベルのクエストを受注できません。今更ゴブリンやスライムなど下級の魔物の討伐クエストを受けるよりは、訓練所で身体を動かす方が有意義かと」
今日は受付にフランが居たので迷わずそちらへ行くと、非常にご尤もな意見と知らない単語が聞けた。
「訓練所というのは、その名の通りの場所です。有事の際の避難所にも指定されるほど強固な障壁が展開されている、主に冒険者が自己の研鑽のために利用する施設ですね。設置されている頑丈な的を使って技の練習をするも良し、実力の釣り合いそうな相手を見付けて試合をするも良しです」
ほう、そんな都合の良い施設があるとは。それは是非とも一度行ってみなければ。
「分かった。今日はそこに行ってみるよ。ありがとう、フラン」
「お役に立てたようで何よりです。それでは、行ってらっしゃい、リク」
幾人かの男性冒険者から視線を向けられていることに、エディターのマップ画面から気付きつつ。俺はフランに手を振ってからギルド本部を後にした。
フランから場所は聞かなかったが、エディターで検索すれば件の訓練所が割合近くにあることが分かる。特に迷うこともなくそちらへ足を向け、後を追ってくる男性冒険者達を撒くこともせず歩く。
程なくして到着した訓練所は、言うまでもなく石造りの建造物だった。外観は少しドームに似ているか。学校の体育館を四つ程くっつけたような大きさで、尚且つ地下にも空間が広がっているらしい。まあ、生半可な広さでは冒険者の訓練は不可能なんだろう。
さておき、中へ入ろうか。
訓練所の中に入ると、すぐに受付があった。
「すみません、初めてここを利用する者なんですが」
小奇麗な受付嬢が二人居て、その内の一人から簡単に説明を受けた。ギルド員の利用は基本無料だが、それは一日二時間まで。それ以上は有料で、一時間につき二〇〇〇コルト。試合用のフィールドには特殊な結界が張られ、内部から外部に攻撃が通ることは無く、また内部で発生した怪我は結界外に出ることで無かったことにされるらしい。最悪死んでも、肉片になっても大丈夫だとか。
控えめに言ってクレイジーな説明を受けてから、一つ星のギルドカードを受付嬢に見せて、俺は奥に入っていく。
そこは幾つもの区画に分けられていた。前衛職用に人型の的が設置されている区画や、後衛職用に円形の小さな的が設置されている区画、そしてそれらよりずっと広く場所を取る練習試合用の区画。
剣士風の大男が居るかと思えば、魔法使い風の小柄な女性も居る。慣れた様子で的を破壊していく人や、気軽に人を試合に誘う人が居れば、少数ながらオドオドと何に手を付ければ良いか迷っている様子の人も居る。
ちなみに的については、ある程度壊れると自動修復されるようだ。
俺はとりあえず人型の的を相手に肩慣らしをしよう。そう思っていたんだけど。
「おーい、君ー」
俺の視界内、正面。翡翠色の軽装鎧に身を包んだ二十代前半と思われる女性が、手を振っている。特別美人と言う訳ではないが、人の良さそうな雰囲気を持った人だ。
少なくとも俺の知り合いではないので、きっと背後にいる誰かに声を掛けたんだろう。そう判断して進路を変更する。
「待って待って、君だよ君。黒髪で軽装鎧の君ー」
そこまで言われ、念のため周囲を見渡す。俺以外に黒髪が見当たらない。
あれ、まさかとは思ったけど本当に俺だったのか。
何の用だか知らないが、呼ばれているならひとまず行ってみよう。そう思い、進路をそちらへ向けなおす。
「初めまして。私はロレーヌ・ローラン。気軽にロロって呼んでくれて良いよ」
人懐っこい笑みを浮かべ、自己紹介してきた。こちらからも自己紹介すべきか。
「初めまして、ロロさん。俺はリク・スギサキです。呼び名はリクでもスギサキでもお好きなように。それで、俺に何の御用でしょうか?」
ギルドからこの訓練所まで付いてきた男三人組の目的も気になる中、変に用事を増やしたくはないけれど。無愛想にして敵を増やしても損をするばかりだ。
「おお、敬語に淀みが無いね? 普段から使い慣れてるみたい。……っと、そんなことより」
ロロさんは俺から視線を外して、少し離れた位置に居た三人に対し手招きする。
それに応じてやってきた三人は、如何にも駆け出し冒険者といった風体だった。
順番に自己紹介してきたので、名前を挙げていこう。
まず一人目、ジャック・ベルニエ。フルプレートメイルを重そうに着て、片手剣と盾を持つ少年。勝気な口調だった。
次に二人目、エリック・ブラス。だぼついたローブを着て、長杖を持つ少年。気弱な口調だった。
最後に三人目、アンヌ・デファン。半袖短パンという軽装で、腰周りに何本かのナイフを差している少女。気だるそうな口調だった。
「この子たちは訓練所に今日初めて来たんだ。だから、丁度良い練習相手が欲しくてね。でも、魔法使いのエリックは一対一じゃ不利過ぎる。だからあと一人増やして、二対二にしたくて。見たところリク君も似たような感じだろうって勝手に思って声を掛けたんだけど、付き合って貰えないかな?」
それならロロさんが手加減をしつつ四人目になれば良いのではないかと思ったが、詳しい状況が分からない中で口を出してもろくなことにはならないだろう。なので、状況に流されてしまうことにした。
「見た目通り一つ星冒険者ですし、俺で良ければ。組み合わせはどうしますか?」
ここでロロさん以外の三人にも視線を送る。
「あたしはジャックと組むよ。後衛を守りながら戦えるタイプじゃないし、スギサキは戦い方が分からないし」
初心者三人組の紅一点、アンヌがやはり気だるそうに言った。内容そのものは普通だ。多少気になる部分はあるけれど、些細な話だろう。
「それなら、僕はスギサキ君と組むんだね。その……、よろしくね?」
控えめな声で、エリックが話し掛けてきた。右手を差し出しているので、握手だろう。
「よろしく、エリック」
俺も右手を差し出して握手すると、エリックは仄かに笑った。
「組み合わせは状況を見て変えるつもりなんだけどね。最初はそれでいこうか」
ロロさんがそう言ってから、俺達は練習試合用の区画へ移動を開始する。
テニスコート程の広さを持つ長方形の区画が、ガラスのような見た目の境界に覆われている。触れれば抵抗を感じるが、少し押せば中に入ることができた。感触としては、ビニールとスライムを足して二で割ったような。
「はい、じゃあ組み合わせ別に少し距離を取ってね。私が手を叩いたら試合開始」
ロロさんに言われた通り距離を取り始めると、すぐにロロさんが手を叩いた。俺以外の三人は呆けていて初動が遅れている。そして俺は、ジャックとの距離を詰め終えた。
しかし、ロロさんも案外俺と同じく性格が悪いな。お陰でこの展開は読めてたけど。
振るう剣はエディターではなく、店買いの片手半剣。片手でも両手でも使える便利な武器だが、バランスが独特なのでDEXに極振りした状態で何度も振るって扱いを覚えた。
下から掬い上げるように片手半剣を振り、ジャックが右手に持つ盾を上に弾く。
バランスを崩したジャックがそれでも反撃として左手に持つ片手剣を振るうが、俺はこれを半歩下がって回避。その動きに合わせて引いていた剣の切っ先をジャックの喉元に向け、突き。
寸止めくらいは考えていたが、そこにアンヌのナイフが滑り込んで軌道を逸らした。ジャックの首の皮一枚分を裂くに留まる。
「いきなり戦闘不能にされそうだなんて、全く……!」
アンヌが悪態を吐きながら、突きを放って伸びた俺の腕をナイフで狙う。俺は素直に下がり、距離を取った。
「っ、悪い、油断した!」
ジャックは素直に謝りつつ、俺に強い視線を向ける。
俺は笑顔を浮かべて左に一歩動き、エリックの射線を開けた。
俺の右隣を火の玉が通り抜ける。それは俺にばかり警戒を向けていたジャックの胴体に直撃し、そのまま大きく後ろに吹き飛ばす。
「油断しまくりじゃないか!」
早々に一対二という不利な状況へ追い込まれたアンヌが、自棄気味に俺の方へ突撃してきた。両手にナイフを持ち、片方を投擲してくる。
俺は腰に差したナイフを左手に持ち、飛んできたアンヌのナイフをあっさり弾く。それに僅かな動揺を見せたアンヌに俺の方から接近し、右手に持った片手半剣を振り下ろす。
アンヌはナイフで僅かに軌道を逸らすも、真っ直ぐ自分を狙った攻撃までは捌く技量が無いのか、重量に押されて体勢を崩した。そこへ俺はナイフを繰り出す。
「まだ終わりじゃないよ……!」
横に跳んで転がり、アンヌは俺の攻撃を回避。狙いを定めていたエリックの火球も、左肩を焦がされながら直撃を避けた。
『モノ・ウィンド』
そこへ俺は、風の刃を放つ訳だ。
俺が魔法を使うとは思っていなかったのか、あっさり直撃を貰ったアンヌ。殺傷力は控えめにしたのでスプラッタなことにはなっていないが、これ以上の戦闘継続は難しそうに見える。
「さてどうする、ジャック?」
エリックの火球を胴に貰ったジャックだったが、フルプレートメイルは伊達ではなかったらしく。攻撃を受けた部位を凹ませつつ、当人も痛そうな顔をしつつも立ち上がっている。
そう、彼は一時離脱しただけで、戦闘不能にまでは追い込めていなかった。
「はい、終了ー! というかリク君強すぎるよね? 一つ星って言ったのあれ嘘だった?」
ところが外部から終了宣言が出されてしまった。それにしても、嘘とは心外な。俺は今現在、確かに一つ星だ。
結界の外に出て全快したジャックとアンヌ。その表情は対照的だった。
「俺、何もやってねぇ……」
暗い。とても暗い。ちょっと見ていられない。
「スギサキ、あんた強いね! 後衛のエリックも戦い易そうだったし、今度はあたしと組んでみないかい?」
最初の気だるげな空気は何処へやら、明るく元気に誘ってきた。
「はーい、その前にリク君は私とお話」
そこに待ったをかけるのは、勿論ロロさん。俺に対して疑わしげな視線を向けている。
「とりあえず、俺が嘘を言っていない証拠を」
先手を打つべく、俺は自分のギルドカードを見せる。そこに示されるのは、紛れも無く一つ星。
「……うわ、本当に一つ星だ。それであの強さ? ちょっと普通じゃないねぇ……」
一応、俺の最大の武器であるステータス編集は使わずにいたんだけどな。武器としてのエディターだって、店買いの片手半剣より明らかに強いけど使わなかったし。
「いや、虚を突いて有利な状況から戦闘が始まりましたし。攻撃の威力も移動速度も、この四人の中で飛び抜けていたとは思いませんが」
ステータスは勿論高いだろうけど、加減していたので問題は無かったはずだ。むしろ、対人戦の心構えができていないジャックには問題があっただろうけど。
「んん、そう言われると確かにその通りなんだけど。でも立ち回りの巧みさについては、どう考えても飛び抜けてたよ」
それはむしろ、主にジャックが下手すぎただけでは……。アンヌについては問題も見られたものの、それはジャックが足を引っ張った結果な気もするし。後衛のエリックは問題点が浮上するまでもなく終わった感があるけど、攻撃チャンスはしっかり見極めて魔法を放てていたし。
「ジャックに立ち回りを教えれば改善すると思います」
「……それもそうなんだけどね」
俺とロロさんの二人から言葉の攻撃を受けたジャックが、大きく足音を鳴らしながら距離を詰めてきた。
「ちっくしょう、バカにしやがって! だったらもう一度試合だ! 組み合わせはさっきのまま──」
「え、やだよあたしは。さっきスギサキと組んで楽してたエリックと組みなよ。あたしはスギサキと組ませて貰うからさ」
俺とエリックの意見が全く挟まれることなく、次の試合の組み合わせが決められた。