第三八話 密会2
随分と砕けたやりとりになりました。むしろ砕け散ってる感じがしますが。
「さてとー。お料理も来たことだし、これから真面目なお話が始まるのかな」
店員が俺達二人分の料理を持ってきて去った直後、アーデの方から切り出した。
「内容としては、エミュレーターについてと、ワタシの目的、それと何でリッ君に近付いたか、大きくその三つくらいだと思ってるんだけどー。合ってる?」
そこまで言って、アーデはフォークを使ってリゾットを食べ始める。
特に最後の質問内容を予測できておいてこの落ち着きよう、果たしてどう見るべきか。
「とりあえずはそんなもんかな。これから聞く内容次第で増える可能性もあるけど」
返答しつつ、俺もナイフとフォークを使って目の前の料理を食べ始める。
「ねえこのリゾットすっごく美味しいよ! ちょっと食べてみない? 食べるよね? 食べてみよう!」
「いきなりナチュラルに自分のフォークを差し出してくんな。お前は俺の彼女か」
アーデが既に一口食べて使ったフォークにリゾットを乗せて俺に差し出してくるものだから、酷く冷たい返しをしてしまった。多分俺は悪くない。
「彼女居るの?」
「アーデには関係の無い話だから心配するな」
「……ワタシ、遠回しに守備範囲外って言われた?」
察しは良いようなので安心した。
「このタイミングで優しげな眼差しやめて!?」
いきなり話が進まなくなれば、こういう対応にもなるだろう。むしろ始まってすらいないか。
「茶番はここで終わるとして、まずはエミュレーターについての話を聞こうか」
「ねえ、さっきの話の何処までが本当? 何処までがただの茶番?」
「エミュレーターについての話を聞こうか」
「……機能的なことを話せば良い?」
やっと本題に入れた。微妙に納得いかなそうなアーデの表情は若干気になるが、捨て置こう。
「それで良い」
俺が二つの意味でそれで良いと言うと、アーデはフォークを引き、そのまま自分の口にリゾットを入れた。あまり美味しくなさそうに咀嚼している。
「エミュレーターの機能で一番重要なのは、リッ君もアルジェント山脈で見たものだねー。これはコピーがやったことだけど、ワイバーンをコマンドワイバーンに変異させたこととか。ワタシが木を変形させたこととか。基本的には、対象に起こりえる変化を任意に起こす機能だよ」
基本的にはとか、露骨に気になる言い方しやがった。
「基本的には?」
なので迷わず突っ込んでみる。
「特定条件を満たせば、ネズミを龍にだってできるよ。ワタシが死ぬほど消耗するけど」
「そのエミュレーターとか言う危険物、早く廃棄しよう」
ナイフを皿の上に置きフリーにした俺の右手。手のひらを上にしてアーデに差し出す。
「待って、お願い待って。とりあえずまだワタシの話を聞いて」
俺の右手はアーデの両手によって押し返された。
「さっき死ぬほど消耗するって言ったけど、それって比喩表現とかじゃなくって。例に出したくらいの出鱈目な変化の場合だと、そのままワタシが死んじゃう可能性も本当にあるんだよね。だから、そんなことをぽんぽん起こせる訳じゃないんだよ? やりたくもないよ?」
「そうか。廃棄しよう」
「だからその右手やめて! ワタシに向けて差し出さないで!」
上体を仰け反らせ両手を胸の前にやり、俺の右手から逃げるアーデ。
「神授兵装ってのはどれもそんな危険物なのか……?」
「やー、機能自体のえげつなさはこのエミュレーターがトップクラスだろうなってワタシも思うよ……」
さらりと誘導尋問してみたが、あっさり乗ってきた。
「あ」
そして今更になって誘導されたことに気付いたのか、アーデは間抜けた表情を俺に見せる。
「ええと、その……、はい。エミュレーターは、黒の神授兵装です……。どうせとっくにバレてたとは、思うんだけどね……」
そしてテーブルの向こう側へ横倒しに沈んだ。
「おーい、戻ってこーい。話はまだ終わってないぞー」
「別に良いし……。どこかのタイミングで話すつもりだったし……。タイミングは自分で選ぶつもりだったけど……」
亡霊のような儚さを滲ませながら、アーデが戻ってきた。
「黒の神授兵装が世間一般に認知されていない理由の説明から聞こうか」
「人が落ち込んでるところに容赦無いね? もう良いけどー。別に良いけどー」
ぶつくさ言いつつも、アーデは話し始めた。
曰く、今から三百年ほど前からある神授兵装である。
曰く、とある事情から表舞台に出辛くなってしまっている。
曰く、仕方がないので目立たないようにひっそりと活動してきた。
「とある事情っていうのは?」
「……秘密のある女の子って、魅力的じゃない?」
困ったような笑みを浮かべて、誤魔化す気満々の様子を見せる戯けた奴が居る。
「その眼鏡を貸せ。二枚のレンズを粉微塵にし、フレームを懇切丁寧に折り曲げてやる」
「眼鏡に何か恨みでもあるの!?」
眼鏡に恨みは無い。ただ、眼鏡を着用している者にとってそれが逆鱗にも等しいものだということを、知っているだけだ。
俺は静かに右手を差し出し、笑顔をアーデに向け続ける。
「うぅ……、こんなに恐怖心を煽る笑顔を向けられたのは生まれて初めてだよ……」
若干顔色を悪くしながら弱気な発言をするが、眼鏡を差し出す様子も無ければ、事情を話す様子も無い。これは長期戦の構えで臨むべきか。そう思ったが。
「ごめん、事情についてはやっぱりまだ話せないや。正直なところ、リッ君が比較的信用できそうだからここまで話したけど、これ以上深い内容についてはもう少し信頼関係を築いてからじゃないと難しいかな。自分勝手なことを言ってる自覚はあるよ。本当にごめんね?」
俺の想定以上の長期戦で考えなければならない案件のようだった。少なくとも、この場でどうこうできる可能性はほぼ無さそうだ。
「……ま、良いさ。最初から強烈な厄介ごとの匂いがしてたし、聞かずに済むならそれでも。ただし、俺からの手助けを望んでいるのなら、提示された情報に値する分しか働かないからな」
ところで、と俺は話を変える。
「比較的でも俺を信用できそうだと判断した理由は?」
これまでのアーデの言動を見るに、十中八九、エディターを持ってるからだろうけどな。
黒の神授兵装なんじゃないかとアーデは言ってきたけど、俺自身はそれを肯定も否定もできない。神から授かった武器ではあれど、そんなものは転生者なら誰しも持ってる。その中にあって神授兵装と呼ばれる特別枠に、果たしてエディターは入るのかどうか。
「リッ君が持ってる黒い両手剣だよ。分かってるとは思うけどねー。多分、シミュレーターとかアナライザーとか、大体そんな感じの名前でしょ?」
「それなりに惜しい。答えはエディターだ」
前者はエミュレーターに近い名前、後者は推測される機能から更に推測した名前ってとこか。かなり良い勘をしている。
「エディター……。編集者、か。じゃあ、コマンドワイバーンの発生を即座に見抜いた高い調査能力は、どちらかというとサブの機能なのかな?」
アーデはアーデで、俺についての考察をしていたらしい。何だ、薄々感付いていたけど理知的な面も持ってるじゃないか。
「まあそんなところ。じゃあ、今度はアーデの目的について聞いてみようか」
「んー……、世界平和?」
首を傾げながら言われたが、果たしてどう取るべきか。眼鏡破壊を実行すべきだろうか。
「いやいや、嘘じゃないよ? 少なくとも起こす結果を見ればそういう方向性の目的だから、ね?」
俺から不穏な気配を感じ取ったか、アーデは慌てて言葉を付け足した。情報量は増えていないが。
「えーっと……、じゃあ、ここまで言っちゃって良いかな。ワタシは、黒以外の七色の神授兵装所有者達を信用しない。その理由は、黒の神授兵装が表舞台に出られなくなった原因に連なってるから。……そういう訳で、リッ君はそこに該当しない上に、むしろ強力な味方になってくれるかもしれないから、接近したんだよ。少なくとも世界を破滅させる魔王には、なりそうもないしね?」
最後をおどけたように言って見せたアーデだったが、嫌に感情が篭っていた気がしたのは俺の勘違いだろうか。
「メインのお料理も美味しかったけど、この黒ゴマパフェも美味しー!」
真面目な話をひとまず終えて、今はデザートタイムのアーデ。俺はコーヒーブレイク。
先程のアーデの発言通り、彼女の目の前には黒ゴマパフェが鎮座している。
「ねえ食べてみない? 食べてみない?」
アーデが灰色のアイスクリームを乗せたスプーンを、俺に向けて差し出してくる。
「だからお前は俺の彼女か」
対する俺は、それに一瞥くれただけでコーヒーを啜る。
「彼女にしてくれるんだったら、色々話すよー? エミュレーターのもっと詳しい能力とか、ワタシの目的の具体的な話とか。勿論、して欲しいこととかあればするし。こう見えてワタシ、尽くすタイプの女だから」
その胡散臭さが無ければもう少しだけマシな提案に見えたんだろうけどな。そう思いつつ、俺は一瞥もくれずにコーヒーを啜る。
「多分、そこまで追い込まれる前に誰かしら良い人を見付ける。少なくともその努力はするつもりでいる」
「ちょっと待って、追い込まれるって何? ワタシの扱いってどういう感じ?」
「毒沼」
この後発狂したアーデを落ち着かせるのに、俺がそれなりの労力を必要としたことを、ここに記しておこう。