第三六話 帰還と調査報告
城塞都市、アインバーグ。それが俺、冒険者リク・スギサキの活動拠点である。
人口は約二〇万人の大都市で、街を作る素材のほとんどが石材であるために、大変強固な造りになっている。また、ここには冒険者ギルドの本部が存在し、多くの有力な冒険者達がその活動拠点としている。それ故に、有事に対する備えは特に意識する必要性すらも疑わしいほど。
冒険者として一旗揚げようとする若者やら、都会に憧れてきた田舎者やら、金の匂いに釣られた商人やら。その他にも多くの人々が集い、既に街に住む人々と合わさり今なおその規模を拡大していくこの街は、見ていて実に飽きない。
さてこの世界、この街に来て三ヶ月が経った今、俺は当初の宿よりも快適な宿を利用している。敷布団だけまともなものを購入してそのままもう少し利用しようと思っていた俺だが、色々あって宿を変えざるを得ない状況になったためだ。
そう、あれは、あのコマンドワイバーン大量発生事件が終わって一週間と少し後。アインバーグに戻って数日後の出来事だった。
馬車に揺られて、山岳都市アインガングから城塞都市アインバーグに戻ったその日。俺とフラン、エルさんの三人はギルドマスターの部屋を訪れていた。というより呼び出された。
座り心地の良いソファーに三人並んで座り、テーブルを挟んで対面には強面のギルドマスターが。
「いやはや……。スギサキ君、どうも君は、私の想像を飛び越えるのが得意らしいな」
ギラリとした眼光をこれでもかと向けてくるギルドマスターに、俺は大変な居心地の悪さを感じている。帰っても良いですか。
「アルジェント山脈にて発生した、コマンドワイバーン複数による大規模な群れ。それをエルケンバルト・ラインハルト、フランセット・シャリエ、リク・スギサキの三名により全滅せしめたとは」
いや、そうですよ? 俺だけじゃなくて、他にも二人、上級冒険者が居たんですよ? そんな大した活躍じゃないですって。
「報告によれば、群れの総数は三桁にも上ると。中級冒険者でも死を覚悟する敵の規模だ。そんな中、上級冒険者二人の足を引っ張るどころか十分な戦力として活躍したなどと。それが初級冒険者の、ましてや一つ星冒険者の話だとは、普通であればとても信じられまい」
信じなくて良いです。むしろその方が望ましいです。何でフランは正直に俺の討伐スコアを報告書に載せちゃったかなー。フランなら良い具合にそれっぽい感じに報告書を仕上げてくれるだろうっていう、そんな信頼があったんだけどなー。
そんな気持ちを乗せてフランをちら見していると、微笑を返してくれた。違う、そうじゃない。
アーデについては上手く報告書から漏らしてみせたみたいなんだけど。
「ですが、事実ですよ。僕が群れの正面から相対しているとき、フランセットさんとリク君がそれぞれ片翼を受け持ってくれたお陰で、討ち漏らし無く討伐ができました。彼の実力は既に五つ星相当、どれほど低く見積もっても四つ星相当でしょう」
エルさんの俺に対するその評価、星二つ分くらい下げませんか。ギルドマスターが向ける俺への視線が、とても恐怖心を煽るんですけど。
「それは行きすぎな評価だと自己申告しておきますが、今後受けるのが一つ星のクエストでは物足りないだろうなとは正直なところ思います。ですので二つ星か、三つ星程度にランクを上げて頂きたいなと思うのですが」
妥協とかしてられない。このままだと死んだ軍人みたいに階級……じゃないけど等級が上がりそうだ。萎縮して話に流されて気付いたら上級冒険者の仲間入りとか、それこそ無理。だから俺は全力で口を挟む。
「ふむ、では五つ星に上げておこう。何せ、我がギルド最高戦力たるラインハルトからのお墨付きだ。私も安心できるというものだよ」
ギルドマスターが浮かべる厳つい笑顔が、俺を捉えて放さない。
俺の意見、全力で無視されてる!
「今の俺は一つ星冒険者ですよ? まだまだ実績は少なく、何ら後ろ盾も無い人間です。他の冒険者の方々との軋轢が生じることは避けられないでしょうし、早々に潰れてしまう可能性もあるでしょう。また、万が一俺が冒険者の信用を失うようなミスを犯した場合、簡単に五つ星を与えたギルドマスターの信用までもが失われかねません。このように得体の知れない男に、そう易々と上級冒険者の仲間入りを果たさせて良いものでしょうか?」
何で自分のことをこんなにも悪し様に言ってるの? と自問自答したくなるけれど。けれど! ここで踏ん張らなきゃ、まず間違いなく厄介事が転がり込んで来るんだよ!
「リクの懸念は分かります。ですので、五つ星相当の実力については私も認めますが、ひとまず四つ星程度に抑えておくのが妥当かと私は考えます」
フランからの援護射撃がありがたいけど、もうちょっと下かな! せめて三つ星くらいかな!
ギルドマスターがフランの言葉を聞いて、それからエルさんに視線を向けた。何で俺じゃないのかな。
「ラインハルトはどう考える?」
いやその質問、本人にしませんか? 本人である俺の意思を尊重する気ゼロですか?
「彼自身はああ言っていますが、実際のところ今すぐ五つ星を受け取ったところで問題無く振舞うだろう、と。アルジェント山脈での彼の戦いぶりを見て確信しました。彼は危機的状況に於いて最も輝く種類の人材であると」
何を良い顔で言っちゃってるんですかねエルさん。おかしくないですか? 主に頭がおかしくないですか?
「冒険者の星の数というのは、そんなにも簡単に増えるものなんですか? 何かしらの試験であったり、条件であったりをクリアする必要はないんですか?」
通常の昇級がどういったプロセスを経るものなのか、俺は知らない。けれど、だからこそ、そこに活路を見出してみせる!
「実績に鑑み、昇級可能な実力を備えていると判断された場合に、ギルドが指定するクエストのクリアを以って昇級する、というのが通常の流れではあるがね」
何だか楽しそうな笑みを浮かべてむしろ迫力を増しているギルドマスターだが、俺はその笑顔で怯まない。怯んでいる場合じゃない。
「では、今回の実績を以ってギルドからクエストを指定し、それをクリアした場合に俺を昇級させる、という流れが自然なのではないでしょうか?」
とりあえず問題を先伸ばす。提示されるクエストの結果次第で昇級する先の調整は可能だろうか。完遂までの時間や、内容の丁寧さ、後は報告書のまとめ方次第で。
「そもそも、きちんとした下積み時代が無い冒険者というのは果たして問題無いのでしょうか? 星一つ飛ばして昇級するという程度なら、まだ問題も少ないでしょう。ですが、これが二つ三つと飛ばされた場合、通常の冒険者が経験することを経験していない、経験すべきことを経験していない冒険者が生まれてしまいませんか?」
でも、もう少し問題点を指摘してみる。重箱の隅を穿つ勢いで。
「例えばここに居るラインハルトは、ギルド登録時点で実力が飛びぬけていたものでね。最初から五つ星での登録だったのだよ。当初は周囲も荒れたものだが、当の本人であるラインハルトは何処吹く風といった様子で、あっという間に七つ星まで登り詰めてしまった。そういった前例がある以上、また君が今回の件を以って実力を示した以上、決して無理を言っているつもりは無いのだが、どうかね」
ふぁああああああ! 何でそんな伏兵が今! ここで! 飛び出してくるかな!
ギルドマスターがめっっっちゃ良い笑顔浮かべてるし! 絶対本心から楽しんでるだろこの人!
「この世界の常識すらきちんと把握していない転生者である俺とは、些か以上に事情が異なるかと」
内心の荒れ模様を表に出さぬよう細心の注意を払いつつ、攻撃を受け流す。
「リク、それは私と行動を共にすれば解決することではありませんか?」
果たしてどっちの味方かなフラン!? 言葉の内容的には完全に親切心から出たものだろうなって、そうは思うんだけど!
「ええと、フラン?」
とはいえ昇級云々の話を除けば全く以ってありがたい話ではあるので、とりあえず話を聞いてみよう。
「はい、何でしょうか?」
小首を傾げて俺の話に耳を傾けるフランは大変可愛らしい。できれば別の場面で、少なくともギルドマスターの前以外で拝みたかった。
「俺が今後しばらく受けるクエスト全て、とは言わないにしろ、それに近い頻度で一緒にクエストを受ける前提の話になってくると思うんだけど。その辺りは考えた上での話かな?」
いや本当に、フランなら信頼できるし、前衛と後衛でバランスが良いとは思うんだ。とはいえ、それはフランに負担を強いる状況ではないだろうか。
「勿論です。それに、私にとってもリクと組んでのクエストというのは利点が大きいものですから」
負担を強いる状況だと思ってたんだけどね。むしろ利点が大きいとまで言われたよ?
「私は魔法使いという後衛職ですから、当然ながらパーティーメンバーとして前衛職の方が欲しい訳です。ただ、私は元々範囲攻撃魔法が得意なので、前衛職の方を巻き込まないようにしなければなりません。具体的には、前衛職の方に範囲外まで離脱して頂く必要があるということです。そしてリクの場合、これが非常に迅速です」
瞬間的にはワイバーンの五倍速だって出せる俺なら、まあ確かにそんじょそこらの冒険者より絶対速く動けるだろうけど。
「更に、リクは俯瞰視点から物事を考えられる人ですから、不測の事態にも十分に対応できています。まさに今回の件で、それが証明されたと言えるでしょう」
割とテンパってたけどね? コマンドワイバーンが連続で五頭出現したときなんか、相当にキてたけどね?
「ところで、そろそろ本題に入りませんか? この場に呼び出された一番の理由、予想はできていましたから」
この話は終わったとばかりに話題を変えようとするフラン。至って平常運転です。
「引き伸ばして有耶無耶にする作戦かと勘繰っていたが、そうではなかったか」
ギルドマスターが笑顔を消して、真っ直ぐ俺を見ている。ああ、この流れで俺だけを見るってことはやっぱりそういうことだよな。うん、知ってた。
「コマンドワイバーンの連続出現、その発生を極めて初期に発見できた理由。無論、君にあるのだろう、スギサキ君?」
長い付き合いで能力を把握してる二人と、最近現れた俺。大山脈を丸ごとカバーできる異常な索敵能力について可能性があるとすれば、そりゃ俺の方だろうさ。
俺は小さく溜息一つ。そしてエディターを手元に出現させる。刀身に走る溝が、青い輝きを放つ。
「転生の際、神様から貰ったこの剣が、これまで俺に多くのことを教えてくれました。それをこれから、実演を交えつつご説明致しましょう」
自社開発の製品を売り出すセールスマンにでもなったような気分で、俺はエディターの説明を始めた。