第三三話 怪しげな女2
予定では、ここまで怪しくなることは無かったんですがねぇ。
「俺はリクです。こちらは──」
「フランセットと申します。それでアーデさんは協力と仰いましたが、何か情報をお持ちなのですか?」
俺がまとめて紹介しようとしたが、フランは自分で済ませた上に話を引き継いだ。既に本題に入っている辺り、迅速に話を進めたいらしい。
逆に質問される形となったアデライーデはしばし考える素振りを見せ、俺とフランの両方を見る。それから困ったような笑顔を浮かべて、口を動かす。
「そのー……、誤解されたくないから先に言っておくんだけど、コマンドワイバーンの発生はワタシの所為じゃないよ?」
怪しさが爆発している。単純に冷たい態度はともかく、こちらが疑って掛かる素振りを見せた訳でもあるまいし、自分からそんな供述をするなどと。偽と付かないエミュレーターを保有していることを知っている俺からすれば、より一層警戒心を強めるばかりだ。
「そういう前置きをした上で言うんだけどね。ワタシの持ってる武器、エミュレーターのコピーが原因で、周囲の魔物に変異を起こしてるの。コマンドワイバーンが出現したのはその一例。ワタシはそれを破壊して回ってるってわけ」
一応、筋は通ってる。エディターで調べた内容に対しても矛盾しない。ただ、そのエミュレーターの正体だとか、何故それのコピーなんてものが存在するのかとか、疑問点はある。
嘘を吐くなら、もっとマシなものがあったとも思うけれど。少なくともエディターを持つ俺相手でなければ、偽のエミュレーターが異変の原因であることも、アデライーデが本物のエミュレーターを所有していることも、知られている可能性すら無かっただろうし。わざわざ疑われる可能性を生み出すような嘘、ということになる。或いは嘘を吐き通せる自信が無いから、なんて穿った考え方もできるけれど、逆にそこまで考えが及ぶならもう少し上手く嘘を吐けるだろう。
「エミュレーターは先祖代々受け継いできた由緒正しき代物なんだけど、悪者の手に渡っちゃってた時期があってねー。どうもその時にコピーを量産されたみたいで、ワタシはその対応に奔走してるんだー」
何だその迷惑な話は。魔物を変異させる物が量産されてる? 悪夢かよ。
「……質問が山のように出てきましたが、とりあえず一つだけ聞きましょうか。この山でコマンドワイバーンが大量発生してる現状を打破するには、どうすれば良いですか?」
マップには、本物だけでなく偽物のエミュレーターがある場所も表示されてる。本来なら俺がこんな質問をする意味は薄い。けれど、この質問にアデライーデが嘘を吐くようなら……。
「勿論、コピーの破壊あるのみだねー。幸い場所はここからそう遠くないって分かってるし、早く済ませて──え、大量発生? 嘘、そんな段階に進んでるの!?」
嘘を吐くとか吐かないとか、そんな次元の話じゃなかった。俺の言葉にあからさまな動揺をしてる。想定外の反応だ。
「じゃあこんなところで喋ってる場合じゃない! 急ぐよ、二人とも! ワタシについて来て!」
一方的に会話を切り上げて、俺達が同行することを前提として決着させているアデライーデ。一人で走り出していった。
正直なところ敵である疑いもまだ晴れていないが、偽物までの距離が近いことや、走っている方向が正しいことは確かだ。
≪さっき「要注意」って書いたことを撤回はしないけど、今のところ嘘は無いみたいだ≫
≪私の検知スキルを使っても、今のところ怪しい部分はありませんでした≫
距離も離れてきているので小声で話せば問題無い気がしたものの、念のためエディターで筆談しておいた。フランの方も警戒してくれてるみたいだし、問題があれば即座に行動できるか。
「何してるの、二人ともー! ホントに急がないといけないんだってばー!」
俺達が動き出していないことに気付いたアデライーデが、慌てたようにこちらを呼ぶ。
一人で行くという選択肢は無いのか。いや、あの流れからは考えないだろうけど。でもその流れ自体がかなり強引だったし。
「追い掛けましょう、リク」
内心ではまだ渋る俺に気付いたのか、気付いていないのか。フラン自身は俺に声をかけてから走り出してしまった。
分かってたけど、行くしかないか……。仕方無い。
ほんの数分で到着したそこは、一際大きな木が生えた場所だった。周囲の木々は人が抱き付ける程度の太さなのに対し、目の前にある木は精々張り付く程度が関の山だろう。樹齢千何百年といった様子の、日本ならば特別天然記念物に指定されているような立派な木だ。
「これは……見事なものですね」
大自然の威容に感動した様子のフランが、空に向かって数多の枝を伸ばす大樹を見上げながら呟いた。
「わー……、エミュレーターの影響で異常成長しちゃってるねー……。場所が分かり易くて助かるんだけどー」
対するは、半ば予想はしていたといった具合に呆れ顔のアデライーデだった。
「この木の様子もエミュレーターの影響なのか。それで、根元を掘り返す必要が? それとも幹を割る必要が?」
エミュレーター(偽)の場所は木の幹の中だ。それはエディターで既に判明している。けれどこちらの手札を晒す気は無い。
「幹の中に埋まってるから、後者だねー。でも、切り倒すのは勿体無いくらい成長してるから、穏便に取り出すよ」
アデライーデはいつの間に取り出したのか、儀礼用の小剣のようなものを持っていた。色は全体的に黒く、幅広い刃を備えている。剣の腹には蔓が巻きついたような紋様が彫られ、そこだけは赤い輝きを放っている。
右手で逆手に構え、左手を柄頭に。突き刺すための構えから、予想に違わずそれを大樹の幹に突き刺した。
「エミュレート、開始……!」
赤い輝きが強まり、その直後から大樹に変化が訪れる。
エミュレーターを刺したその場所が、徐々に開いていく。ただの亀裂だったそれが、まるで何年もかけてその形になってきたかのように自然な在り方に。
「あっ!」
俺が開いた穴の奥に何かを見つけたとき、フランが声を上げた。
アデライーデがそこへ手を突っ込む。そして取り出したのは、やはり小剣。オリジナルと同じ形状の、エミュレーターのコピーだ。
「さて、早速壊す──」
「待った」
極力気配を消してアデライーデの背後に立っていた俺は、後ろからひょいっとコピーを取り上げる。
「えー、ちょっと! それ悪用とかしちゃ駄目だよ!? そもそも君には扱えないよ!?」
何やら的外れなことを言ってくる声を無視して、俺はエディターとコピーを左右の手に持ち刃を当てる。
アナライズモード起動。データ収集のみ素早く完了させ、あっさりとアデライーデにコピーを返却する。
情報の精査は後でできる。
「あー、普通に返してくれるんだ。いやそれより、さっきの何? 何なのさー?」
ずずい、と俺に詰め寄ってくるアデライーデ。レンズの奥に赤茶色の目を光らせ、詰問してくる。
「少し確認作業を行っただけです。そんなことを言っているより、早くそのコピーを処理した方が良いのでは?」
雑な対応で、これ以上相手をする気が無いと態度で示しておく。俺のエディターについてなんて、そう易々と話せるか。
そう思って話は終わりにするつもりだったんだけど。
「はい壊した。壊したよー。これでこの周囲でコマンダーが大量発生するなんてことは続かない。という訳で、さっきの何? 何なのー!?」
ちょっとしつこい。コピーにオリジナルの刃を立ててあっさり砕いた後、俺に向かって半ば叫ぶように質問を投げつけてくる。
「ですから、確認作業です」
「それは聞いたってばー。私が言ってるのは、武器のことー! もしかして神授兵装なんじゃないの!?」
この女は何を言っている? 神授兵装は光の三原色と色の三原色、そして白を合わせて計七色だ。断じて黒なんて入っていない。
「黒の神授兵装なんて聞いたことがありませんが」
その可能性が頭を過ぎったことはあるが、それは俺の考え過ぎということで結論付けている。それ以上深く考えたくない──もとい、考える必要の無い事柄だ。
「世間に知れ渡ってる七色だって別に、同時に現れた物じゃないんだよ? 人類の長い歴史の中で一つずつ現れてきたんだよ? だから、新たに黒の神授兵装が現れたっておかしくはないんだから。ほら、白状してよー!」
無闇矢鱈にエキサイトしている。まるで、黒の神授兵装が何処かに存在していると確信しているかのように。
「アデライーデさんが持つエミュレーターは、黒の神授兵装なんですか?」
ほぼ無意識に、俺の口をついて出た言葉だった。そしてそれは、痛烈な反撃の一手になったらしく。
「ええ!? ……やー、そのー、違うよ? 違うってば。うん、違う。全然違うかなー」
こいつ嘘吐く気あるのか、と疑問に思わざるを得なかった。