第三二話 怪しげな女1
新キャラ登場。
それから数分後、空を飛ぶワイバーンはすっかり数を減らし、当初は数十を数えたのが僅か数頭にまで減少していた。途中、果敢にもこちらに向かってくるワイバーンも何頭か居たが、普通にフランが魔法を展開して処理してしまった。俺の出番は無かった。
「まさか、後続が合流する前に片付けられるとはね。全く予想してなかった訳じゃないけど」
俺はステータスをデフォルトに戻したフランからエディターを返却して貰う。
「そうですね。MPの温存を考えなくて良い状況ですから、随分と大盤振る舞いをしてしまいました」
先程まで猛威を振るっていたフランの上級魔法が終了したため、群れの残党がこちらへ向けて一斉に飛んできた。その内のコマンドワイバーンだけは未だ無傷だが、遠目に見ても血走っていると分かる目がその怒り具合を如実に物語っている。
『モノ・ウィンド』
INTへ極振りしてからの魔法構築・発動。直後にAGIへ極振り。もうそのマクロは組んである。既に手馴れた感覚で空を飛び、カウンター気味にワイバーンの一頭を真正面から真っ二つに斬る。俺のレベルがまた上がった。
怒りに任せて突進してくるとは、こちらからするとブル種と同レベルの難易度だ。とても中級の魔物とは思えない。
エディターをカウンターウエイト代わりに空中で姿勢を整え、反転。モノ・ウィンドを再度発動。運動の方向を一八〇度転換し、今度はワイバーン達の背後から斬りかかる。
一頭のワイバーンの背中をばっさり開くと、その瞬間を狙っていたのかコマンドワイバーンが後足の爪を俺に向けてくるのが見えた。
「まだお前の順番は回ってきてないかなー」
軽口を叩きながら、モノ・ウィンドを発動して離脱。人一人を容易く掴み殺せるであろう凶悪な爪から逃れ、残り一頭になったワイバーンに狙いを定める。
しかし、ここで少し冷静になったのか、俺とワイバーンの間にコマンドワイバーンが割って入ってきた。野郎、こっちの狙いを理解しやがった。
『フラン、残り一頭の通常種を頼めるかな?』
『はい、頼まれました』
念話を送ったところ二つ返事で了承を得たので、予定を繰り上げてコマンドワイバーンの相手をしてやろう。じろり、獲物を見据える。
コマンドワイバーンが自由落下を開始した俺に向かって飛んでくる。鋭く尖った翼爪が、俺を貫かんと迫る。
俺は来る攻撃に備えてVITに極振り。避けるつもりは微塵も無い。俺の腹部を狙った攻撃を、両手で構えたエディターの腹で受け止める。
俺の身体に衝撃が走り、けれどダメージは軽微。更に迫ってくるコマンドワイバーンの牙を見つつ、今度はAGIに極振り。するすると敵の身体によじ登り、背中に乗る。
「チェックメイト、と」
無慈悲に、躊躇わず。STRに極振りした一撃を、目の前にある背中に突き刺した。
一仕事終えて地上に戻ってきた今の俺は、どんな表情を浮かべているのだろうか。きっと無表情だろう。何せ、
「知らない単語かよ……」
調べた内容に、「エミュレーター(偽)の影響下」という良く分からない文言が入っていたのだから。
いや、エミュレーターという言葉自体は知っている。機械装置の動作・機能を模倣する装置のことだ。しかしそれはどう考えても、この場合に適切な解釈とはならない。
「そもそも機械じゃねーし、本物を知らないのにいきなり偽とか言われても意味不明……」
普段より随分と雑な言葉が俺の口から漏れた。
「リク、どうでしたか?」
木々の向こう側から駆け寄ってきたフランが、俺に質問を投げ掛ける。直後に俺の表情を確認したのか、やや渋い顔になってしまった。
「どうもこうもないよ。原因の名称だけ分かっ──」
俺がその言葉を言い終える前に、エディターからアラート音が鳴り響いた。予想していた事態、コマンドワイバーンの更なる出現を示すアラート音が、連続で五回も。
「よーし分かった経験値共が。この俺が手ずから根絶やしにしてくれる」
「お、落ち着いてくださいリク!」
思考が暗黒面に落ちていた俺に、フランが慌てた。俺の足は既に次なる標的の方角へ向いており、それを背中から抱き付くようにしてフランが止めている。
終わりが分からない事態に、俺も少しばかり気が立っていたようだ。そういえば、数十分前から表情筋が仕事を放棄していた気がする。だが今は背中から伝わる柔らかい感触に動揺し、怒りが霧散していた。
「ごめん、大丈夫。落ち着いたから、放してくれないかな」
むしろこれ以上抱き付かれていると、先程より更に落ち着かなくなるというか。
「本当ですか? 本当に大丈夫ですか?」
何かすげぇ疑われてるんだけど。この数秒で俺の信用が地に落ちたのかな。
「リクが目に見えて取り乱したところなど、私は初めて見ました。無理をしてはいませんか?」
ネガティブなことを考えていた俺は、更に動揺することになった。とりあえずこれ以上の無様を晒す前に、フランの手を取りそっと外す。そして身体の向きを反転させ、フランを真正面に捉える。
「いやまだ出会って日も浅いから。俺だって動揺くらいするから。で、フランのお陰で冷静になってきたところだから、大丈夫だよ」
色々な感情を捻じ伏せ、冷静な心を取り戻す。真に今考えるべきは現状への対策だ。
「……いつものリクですね。いえ、実力こそあれ経験は浅いリクに、負担を掛けすぎてしまっているのではないかと、今更ながら思い至ったもので」
綺麗に整った顔に、陰りが見える。どうやら俺が思った以上に心配させてしまったようだ。
「ついさっきまで、意識して普段通りに振舞ってたのは認めるよ。まあでも、今度こそ大丈夫。異変の原因の尻尾は掴んだから、さくっと調べてみる」
ここら一帯を精査して、エミュレーターとやらの存在を暴けば良い。場所の特定くらいはできるはず。
そう、思っていたときだった。
「おーい! そこの二人組ー!」
歳若い女性の声が、俺達の耳に届いたのは。
声がした方に視線を向ければ、フランともさほど歳が変わらなそうな少女が、こちらに向かって駆けてくるのが見える。
黒紫のショートヘアに、赤茶色の目。黒いアンダーリムの眼鏡をかけて、顔立ちはあどけなさを残しつつも何処か理知的に見えた。丈の長いカーキのジャケットを羽織り、白いシャツに黒いパンツというカジュアルな格好をしている。
「ひょっとしてコマンドワイバーンのこと調べてるのかなー? だったらワタシ、協力できると思うんだけどー!」
フランにだけ見えるよう、ディスプレイに素早く文字列を打ち込む。その後、接近してくる少女に返答する。
「いえ、俺達は通りすがりの登山家です。山の頂が俺達を呼んでいるので、そろそろ失礼します」
「そんな訳無いよね!? さっきワイバーンを相手に空中戦してたもんね!?」
遠まわしに拒絶の意を伝えた俺に向かって、先程までより荒々しい足音を立てながら接近する速度を上げた少女。どうやら俺の戦闘を見ていたようだ。
「いやー、まあその、偶然このタイミングでこの山に来てただけなら、別にワタシからも用事は無いんだけど。そこのところはどうなのかなー?」
少女は俺達から数メートルほどの距離で立ち止まり、質問を重ねた。
「自己紹介もせず一方的に質問してくるような人に対し、真面目に取り合うだけの優しさは持ち合わせていないもので」
我ながら冷たい。非常に冷たい。正論を言っているとは思ってるけど。
「おっと、それもそうだねー。これは失礼したよ。ワタシはアデライーデ。長いからアーデって呼んでよ。ところで、君たちの名前も教えて貰えるかなー?」
アデライーデとやらは意外にも素直に名乗り、こちらに対し友好的な態度だ。とびきり怪しい点があるので警戒しているが、とりあえず会話は続行してみよう。
胡散臭いのが増えました。