第三〇話 調査クエスト14
調査と言いつつ戦闘になるっていうお話。
山岳都市アインガングの激しい高低差がある街中を、俺とフランはひた走る。何事かと視線を向けてくる人々を尻目に、坂道を駆け上がる。
AGIに極振りした俺と同じ値にフランのAGIも調整したため、デフォルトのフランの三倍強の移動速度だ。そりゃあ人々も、驚いてこちらを見るだろうと思う。目を向けたときには既に、遠く離れてはいるけれど。
「エルケンバルトさんへ、それぞれの敵の位置情報を伝えました。情報が詳しすぎたせいで色々と質問を受けましたが、返答は保留にしています」
こちらからコマンドワイバーンの捜索を依頼していたというのに、その位置情報をエルさんとの相対位置まで含めて伝えたはずだから、質問も来るだろう。俺がエルさんの立場でも間違いなく質問する。
「意味が分からなかっただろうなぁ、エルさんも。捜索対象の位置情報に加え、自分との相対位置。そして極めつけに、対象が増えたって言われれば……」
せめて俺達も山の奥に入っていたなら、まだ意味が分かっただろうけど。エルさんからすれば、情報源が全く予想できないと思われる。
そうこうしている内に街の端が見えてくる。
堅牢そうな分厚い石壁があり、その上には兵器と思われる構造物が、等間隔に並べられていた。緑色の軍服を着た兵士が二人、走ってくる俺達に気付いてこちらを見ている。
「私は【大瀑布】、フランセット・シャリエです! 現在、アルジェント山脈にて、コマンドワイバーンによる群れが集結しつつあります! この街はその予測進路上にあり、迎撃の必要が認められます! 私を含む少数で迎撃にあたりますが、討ち漏らしが出た際には処理をお願いします!」
見張りの人員と見られるその二人の兵士に対し、フランが走り続けながらそう呼びかけた。
兵士達は驚いた様子を見せたものの、すぐに通信機のようなものを出して何処かへ連絡をしだしたらしい。
で、問題なんだけど。今向かってる先は石壁で、扉はちゃんとある。でも閉まってる。開けて貰うには事情説明だけでなく、許可も必要だろう。
けれどそんな悠長なことをしている暇は無い。
「飛び越えましょう、リク」
俺の懸念を蹴り飛ばすような言葉が耳に届いた。それしかないか、と納得するほかない。
ここまでの移動に掛かった六日間、何も調査だけを行っていた訳じゃない。念話の習得は必須だと思っていたし、可能ならそれ以外の戦闘に直接使える魔法も、と。
フランからの協力で俺には風魔法の適性があると分かり、実はその風魔法も使えるというフランからの手解きを受けて、初級風魔法を習得した。
魔法と言うのは等級こそあれ、それぞれに固定された形は無いらしい。大きな括りとして各属性の攻撃魔法と補助魔法が存在し、魔法を行使する者のイメージでその性能も変わるのだとか。それでも一応基本形は存在するらしく、そこからアレンジを加えていく、と言った方が適切か。
アレンジを加えるにも制限があり、等級が上がるごとにそれが緩む。具体的には体積や密度、形状、出力など。初級は一つ、中級は二つといった具合に設定可能な項目数が増える。
話を戻すが、俺は初級風魔法を習得した。その上で目の前に壁があるなら、どうするか。
答えはフランが既に言った。
エディットモード起動。AGIからINTへ値を譲渡。
魔法の構築開始。
『モノ・ウィンド』
魔法の構築が完了し、その起動のための文言を唱えた瞬間、INTからAGIへ値を譲渡。
ほんの僅かにタイミングを遅らせ、跳躍。一秒後、俺の身体は殺傷能力を失くした風魔法に運ばれ、石壁を軽々越えて街の外へと躍り出ていた。
着地に備え再び初級風魔法を発動させ、無事柔らかく地に降り立つ。振り返って後ろを見ると、あんぐりと口を開けてこちらを見る顔が二つあった。
はて、そんなにも驚くようなことをしただろうか。発動したのは所詮初級魔法だし、フランもほぼ同様にして壁を乗り越えたのだけど。
それはさておき、これでMPを100消費して残りは801。補給無し、飛翔と着地を一セットと考えれば、あと八セット分の魔力が残っている。レベルアップ時のHP・MP上昇分の回復があることや、着地前に次の標的を狙えることがあれば、もう少しだけ長く空中戦も可能だろうか。
中級風魔法まで習得できていれば、発動後の操作も多少可能にできて、MPの運用効率を上げられたんだろうけど。無いものねだりをしても仕方がない。
「急ぎましょう、リク」
「了解」
隣から声を掛けられ、俺は前に進むことにした。
獣道ですらない山中にて、時に俺の剣が木を切り倒し、時にフランの魔法が木をなぎ倒し。ついでに襲い掛かる魔物を処理しながら。俺とフランはコマンドワイバーンの姿が確認できる位置にまでやってきた。
「魔法剣士ってさ、どちらかというと剣がメインで魔法がサブだと思ってたんだけど。俺の認識間違いだったかな」
そして、通常のワイバーンが白い光に貫かれて次々に墜落している様を見ている。
その光の発生源は、言わずもがな。
「いえ、合っています。ただやはり、圧倒的な高レベルというのは常識を置き去りにしてしまうものですから。とはいえ勿論、剣で戦った方が強いという点は彼も変わりませんよ」
神様から受け取った知識と、目の前で前述の状況を生み出している魔法剣士──エルさんの実力とで生まれている差が激しく、フランの言葉を待つまで俺はどう判断していいのか分からなかった。
足場が悪い急斜面でありながら、また障害物となる木々が視界を邪魔しながら、それでも何ら問題なく光魔法を放ちワイバーンを撃ち落していくエルさん。果たして俺達は必要だろうか。
「それよりも、加勢に行きましょう」
戦力としての必要性について疑問を抱いている俺に、フランがそう言った。周囲には複数の氷柱が既に展開されている。
「そうだね。……とりあえず、敵がバラける危険性を考えて、通常種が先かな」
「ええ、お願いします。何かあれば私もサポートしますから、遠慮無く空で暴れてください」
言葉を区切るや否や、待機させていた氷柱を空に向けて射出するフラン。
俺も早く働かないと、タダ飯食らい一直線だ。そう思って、フランと違い自分自身を空へと射出する。
比較的低空を飛行していた一体を目掛けた跳躍。風魔法の加速を受けて、建物の五・六階程度には跳び上がりそうだ。
その勢いをそのままに、狙い通りのコースを飛行しているワイバーンの首を落とす。当然、攻撃の直前にはSTRへ値を割り振っている。
水平方向への飛行から緩やかな滑空に移行し始めたワイバーンの死体を足場に、俺は次の標的を目指す。幸いにして、手が届く位置に敵が居た。
◆◆◆◆◆
リクが空中戦を開始する中、私──フランセット・シャリエは次々に氷柱を生み出し射出していきます。
発動しているのは中級水魔法であるジ・アクア。液体ではなく固体、発動後の操作性。その二つの特性を獲得して対空手段としつつ、それを複数発動することで弾幕を張ります。
前衛であるリクが遠くに離れているので、本来であれば防御のためのMPを温存しておくべきですが。もし足りなくなりそうであれば、リクを呼び戻して回復することにしましょう。だから今は、リクへの誤射だけ注意して攻撃を続行します。
それにしても、リクの戦い方は見事なものです。
跳び上がった直後の首を落とした攻撃に始まり、そこから次の標的に飛び乗って。敢えて周囲のワイバーンの注意を集め、仲間を助けようと集まってきたところで、乗っていたワイバーンの背中から心臓を貫き。そしてそのまま次の標的へ。エディターによる能力値の割り振り方が適切かつ迅速で、高機動高火力を体現しています。
同レベルの魔物を安全に一体倒すのに、冒険者が三人以上は通常必要であることを、果たしてリクは知っているのでしょうか。何となく、知らない気がします。
リクの心配はさほど必要ではなさそうに思えるので、頭の片隅にでも置いておきましょう。そう結論付けた私は、空中を飛び回るワイバーンに集中することにします。