第二九話 調査クエスト13
「軍と冒険者の仲って悪かったりする?」
先程から質問ばかりで申し訳なくなってくるが、この質問まで許して欲しい。割と結構、重要な話だから。
「良いとまでは言いませんが、悪くはありません。軍の兵器には、魔物の素材がふんだんに使われていますから。また、強力な兵器はどうしても巨大化する上、定期的なメンテナンスも必要になりますし、個人で運用できる類のものでもありません。冒険者が扱う武器とは色々な面で異なっている代物ですね」
おおう。軋轢が大きくなり過ぎない仕組みはある訳だ。
軍の戦力を上げるには冒険者から供給される上質な素材が必要不可欠で。冒険者に対し軍が内心でどう考えているかはともかく、表立って嫌悪感やら嫉妬やらを向けていい相手ではないと。ついでに個人ではないことの強みも、どうやらあるみたいだし。
「相変わらず俺の意図を深く読んで答えてくれるな、フランは。毎度のことだけど本当に助かるよ、ありがとう」
フランという仲間を得られたことは、俺にとって大変な幸福なのではなかろうか。そんな思いからの言葉だった。
「お気になさらず。私としても、リクとの会話は楽しいものですから」
そして相変わらずこっちの心を無意識に落としに掛かって来る言葉のチョイスで、心底凄いなって思うよ。穏やかな微笑には僅かな不自然さも無いし。
「それは光栄な話だね」
鼓動が少しだけ不規則になったのを自覚しつつ捻じ伏せ、努めて冷静に振舞う。
今日泊まる宿を決め、俺が借りた方の部屋にて作戦会議を始めることに。
ちなみに宿屋の立地としては、馬車で通った大通りから少し外れて脇道を通り、比較的傾斜が緩やかになったところだ。グレードは高くもなく低くもなく、初級冒険者である俺にとっては妥当な宿。もっと上等な宿も近くにあったので、フランにはそちらを選択してもらっても構わなかったのだけど。宿に拘りは無いと言われて同じ宿になった。
椅子が一つしかなかったので、またエディターの画面を見ながらのため、俺とフランはベッドに腰掛け隣り合っている。
「ひとまず状況を整理しようか」
そう言いながら、空中に浮かせたエディターのコンソールを操作する。表示するのはボスコからアインガングまでのマップ。
「この六日間強で分かったことは、コマンドワイバーンが活動しているってこと。そして同時に、その意図が全く読めないってことだ」
検索地域内に現れた魔物を検索し、馬車に揺られる道中で見事にその名を発見した。通常のワイバーン三十頭で構成された群れを引き連れての大移動をしておきながら、ボスコの手前で謎のUターンをするという意味不明さだ。現在はアルジェント山脈に帰還しており、群れを成していたワイバーンもまたアルジェント山脈の近辺に居る。
やはり、森で会敵したワイバーンはコマンダーによる群れからはぐれた個体だったらしい。
「せめてボスコ近辺の森に到着してからの折り返しなら、そこに何らかの目的があったのだろうと思えるのですが……。何も無い場所でのことでは、不可解というほかありませんね」
コマンドワイバーンの移動ルートをラインで表示し、俺とフランはそれを眺めて頭を悩ませる。地図に照らし合わせても、全く意味が分からなかった。
「エルさんにはコマンドワイバーンの捜索をお願いしてるけど、これはもうエディターを突き刺してアナライズモードで詳しく調べてみるしか方法が無いんじゃないかな。目撃証言とか足跡とかを調べても、これ以上の情報が得られるかは微妙だし」
そう、ちゃんと道中は道中で調査を行っていたのだ。その結果分かったことの一つが、ワイバーンの移動の時間帯が深夜から早朝にかけて行われていたということ。
エディターを使って既に分かってた情報を、少ない目撃証言から改めて得たときの俺の気持ちが、果たしてどのくらいの人に分かって貰えるだろうか。ホントもう、聞き込みしなくて良いんじゃないかなって。
「別に夜行性でもないのに夜中の移動ばかりってのがまた意味不明なんだよな。まるで隠密行動でもしてるような、でもそんな知能がある訳じゃない種族ってことだし。そもそも少数とはいえ目撃証言はあって、隠密と言えるほどでもなく」
コマンドワイバーンにとっての外的要因がないか、勿論エディターで調べた。でも特にそんな形跡は無くて。
例えばワイバーンの群れにちょっかいを出した存在が居て、逃亡するそれを追いかけただとか。逆にコマンドブルのときに推測として出したように、外敵から逃れての移動だとか。
エディターで調べた情報が、そのどちらをも完全に否定する。
「コマンドブルについては、ワイバーンが当初はブル種だけ襲ってたからって裏付けが取れたから良いけど。そのワイバーンは何でこんな意味不明なことしてんだよ……」
上体を後ろに流し、ぼふっと音を立てベッドで仰向けになる。
魔物を研究してる学者とかに問題を放り投げた方が、なんだか良さそうな気がしてきた。
「色々と中途半端な面が目立ちますね。明確な目的が何一つ見えてきません。いっそエディターによる正確な情報が無い方が、現状に納得できていたような気すらします」
フランも俺と似たような印象らしく、こちらから窺える横顔は困惑の色を示していた。
「件のコマンドワイバーンは……山の中腹付近に居るようですね。通常のワイバーンも数頭がその近辺に──リク!」
何かあったのか、フランが俺の名を呼んだ。
急いで上体を起こすと、フランが身を寄せて画面を見せてくる。
「コマンドワイバーンの反応が、突然増えました!」
アルジェント山脈のマップを表示していた画面内に、複数の点が表示されている。その内の一点は既に捕捉していたコマンドワイバーンだが、それ以外に二点、別のコマンドワイバーンが増えているらしい。
「画面外から侵入してきた、ということじゃないよな、位置的に」
表示されているマップは非常に広範囲で、アルジェント山脈全体を網羅している。増えた二点はマップの端から遠く離れており、移動によって新たに表示されたとは到底思えない。
「エディターの誤作動でも疑いたくなる状況ですが、神から与えられたこれがそのようなものを起こすとも思えません。本当に、突然増えたのでしょう」
特殊個体であるコマンダーは通常種からの突然変異らしいので、たまたまエディターで確認中に変異が起こったということも有り得る。それが、二頭同時などという天文学的確率で起こったという前提ならば。
「増えた二頭が移動を開始していますね。周囲のワイバーンも徐々に集結しています。方向はボスコ方面でしょうか? ここ、アインガングの近くも通るようですね」
「色々と考察してる時間は無いか。こうなったら仕方無い、エルさんに情報を伝えよう。念話を頼めるかな?」
コマンダー二頭による群れが再び移動しようとしている。前回は極端に酷い被害も無く謎のUターンで終了してくれたものの、今回もそうとは限らない。何せ前回の段階で不明点のオンパレードなのだから、被害を予測しようとするだけでも馬鹿らしい。
「エディターについて隠し切れなくなりますが、良いのですか?」
やや心配するような視線を向けてくるフランに、俺は即答する。
「流石に人命優先だよ。行動していれば防げたはずの被害を、後から聞きたくもないしね」
それこそ、俺が望む平穏な日常が遠ざかる。