第二七話 調査クエスト11
翌日の朝。宿屋のベッドから起きて、朝食を摂るべく狭い食堂にやってきた。
「おはようございます、リク」
一足先に二人用の席についていたフランから、朝の挨拶を貰った。
「おはよう、フラン。今朝は少し冷えるね」
やや肌寒さを感じる気温について感想を述べると、フランも首を縦に振った。
「そうですね、体調管理には気を付けましょう。冒険者は身体が資本ですから」
運動部のマネージャーのようだ、とそんな感想を抱きながら俺も席につく。
フランは玉子サンドのセットで、俺は木の実を練り込んだ丸いパンと野菜スープだ。
「防寒具も用意した方が良いのかな。昨日狩った狼の毛皮でコートでも仕立てて貰おうか」
そういった依頼を受けた訳ではないものの、それなりの数の魔物を討伐してそのまま放置するのも何だったし。最大容量が不明な俺のアイテムボックスには今現在、売ればそれなりの金額になる魔物素材が入っている。
「ワイバーンの素材でも何か装備品を作ってみてはいかがでしょうか。両手剣はバランスこそ取れていますが、リクの戦闘スタイルなら予備の武器としてナイフなどがあっても良さそうです」
さらりと出されたワイバーンの名だが、その素材もまた俺のアイテムボックスに入っている。ただしこちらはどう考えてもフランの方が貢献度が高いので、俺が好きに使って良い素材ではないと考えていた。
「ワイバーンの素材は正直なところ、所有権がフランにあると思ってるからなぁ。俺がやったのは最後のほんの少しだけだし」
上級冒険者が中級の魔物素材を必要とするか否か、というのはあるけど。ある特効薬の素材になる、とかそんなピンポイントな事情でもなければそんなに必要とはしないのかもしれない。
「全体的に大した傷も無く全身の素材を取れたのは、紛れもなくリクの功績ですよ。私一人であっても討伐は可能でしたが、その際にはもっとボロボロになっていたはずです」
フラン曰く、素材の状態はかなり良かったらしい。そもそも中級の魔物を討伐するのは主に中級冒険者のパーティーと聞いたことがあるので、ソロとはいえ上級冒険者であるフランが戦ってそれなら、普通はもっと状態が悪くなるんだろう。
フランが気を遣って言葉を選んでいる可能性はあるけれど。
「ですから、素材はリクの自由に使ってください。もし納得できないのであれば、私達の共有財産ということにすれば良いです」
共有財産ときたか。財産分与することになったら揉めそうだ。
「それに、私の方はこの短期間でエディターによる恩恵をかなり多く受けています。リクはそれを計算に入れていないように見受けられますが、どうでしょうか?」
半ば畳み掛けるように言われ、果たして何がフランをそこまで動かしているのだろうかと考える。
しかし、特に思いつかなかった。
「まあ、調査するにあたって情報を多く得られる点については、それなりに大きな恩恵と言えるのかな。それを精査するのは大変だけど」
なのでひとまず、話の落としどころだけは見つけておいた。
「それだけではありませんが、そういうことです。リクはもう少し自身の活躍を誇って良いと、私は思います」
微笑みながら言われてしまった。
「……ま、ナイフについては爪か牙の一本もあれば作れるだろうし。ありがたく使わせてもらうよ」
ここまで言われて遠慮するのも何だし、厚意に甘えておこう。
俺達が朝食を摂っている最中に、エルさんからフランへ念話が飛んできていた。昼前にはボスコの町に到着するらしい。
昨日は用事があったらしいのに、随分早いなと思っていたんだけど。移動用の魔法具があるのだとフランから教わった。直接戦闘するばかりが魔法具じゃないようだ。
然程の時間でもないようだったので、エルさんと合流するまで宿屋で待機することにした俺達。今は俺が借りている方の部屋にフランと二人、椅子に腰掛けエディターで情報を精査している中で会話している。
「でも魔法具ってことは、MPの消費はあるよね?」
エルさんって剣士だったはずだけど。MPの値も、高レベル故の高さはあるだろうけど。
「エルケンバルトさんは私と比較して、四倍以上のMPをお持ちですから。ここまでの移動で魔法具を使い続けたとしても、十分な余裕があるかと」
なら、MP一三〇〇〇オーバー? それ剣士の魔力量として間違ってない?
「人類史上最高のレベル二五〇は伊達ではありませんからね」
間違ってるのはレベルからだった。何その数値。一体どれだけの魔物を屠ればそうなるのかな。
「レベルは個々人によって異なる上限がある上、格下の魔物相手では取得経験値も下がってしまいますから。その上であそこまでの高レベルというのは、やはり驚きです」
こっちの世界に来て早々に知り合った人は、俺が思っていた以上にとんでもない人でした。
予告通り昼前にフランへ念話が入り、情報の精査をひとまず終えてエルさんを待つ。その数分後に、部屋の扉がノックされた。
俺が返事をすると、純白の剣を腰に差した金髪の美男子が扉の奥から姿を現す。
「やあ、フランセットさん、リク君。エルケンバルト・ラインハルト、一日遅れで合流させて貰うよ」
やや気取った台詞を違和感無く使いこなす辺り、婚約者が居るにしても女性からの人気は高そうだ。
……今のところの印象は本当に良い人だから、女性関係にだらしなかったりとかしないで欲しいな。いや多分、大丈夫だとは思うけど。フランのお姉さんの婚約者だし。
「お待ちしていました。早速ですが、昨日得た情報を共有しましょう」
椅子の数が足りなかったので俺とフランはベッドに腰掛け、エルさんに椅子を勧めてから。フランがエルさんへの情報共有を開始する。
エディターを使用しての調査だったためにやたらと情報量が多くなったが、フランはその辺りを適当に誤魔化しつつ説明してくれた。
説明を受けたエルさんは、顎を引いて思考する仕草を見せながら口を開く。
「コマンダーの群れを離れたワイバーンである可能性、か……。確かにこの近辺には、大規模なワイバーンの巣は無いからね。元々孤立した個体だったにしては縄張り争いによる外傷が少なすぎたようだし、その推測はかなり信憑性が高そうだ」
ボスコの東にある山脈──アルジェント山脈というらしい──から来た、という確定情報まで推測という設定でエルさんに話した結果、太鼓判を押すような返答を貰えた。
「ただ、数日前に見かけられたというフードの人物についての目撃証言は、話の流れからすると……どうだろう。こんなことはあまり言いたくないけれど、その……、見間違いだった可能性も有り得るのかな、と」
そして、エディターによる裏取りが無ければ俺も同じ結論に至っただろう内容を、かなり言葉を選んだ様子で言われた。本当に言葉通り見間違いだったと思うなら、ここまで控えめには言わないだろう。
「証言者の言葉に一貫性がありませんでしたから、確かにそうかもしれません。ただ、嘘を言う必要があったとも思えませんが」
俺と同じく事実を知っているフランからすれば、話の軌道修正を図りたかったんだろう。けれどどうにも、証言者であるロレンツィの目当てが自分にあったとは考えていない様子だ。
酒場でフランにずっと視線を向けていたことを、忘れているのだろうか。それとも、元から視線の意図に思い至っていなかった……?
思わずエルさんに目を向けると、俺と同じことを思ったらしく視線が交差する。俺達はお互いに頷き合った。
「彼女のレベルならそうそう問題が起こるとも思いませんが、微力ながら俺も気を付けておきます」
「そうだね。勿論僕も気を付けてはいるけれど、君の方でも頼むよ」
ここに、妙な共同戦線が成立した。しかし、中心人物であるフランは不思議そうに、俺とエルさんを交互に見ている。
「話が逸れましたね。本題に戻りますが、フードの人物については必要が認められた場合に調査するとして、本腰を入れるべきはワイバーンの方でしょう。あちらは今回のクエストとの関係性が十分に考えられる上、そもそも放置できない内容ですから」
中級の魔物が群れで空を飛んで広範囲で活動してる可能性がある訳だ。一般人からすれば大変な恐怖だろう。
何なら俺も怖い。奴らがブレスを吐けないのが唯一の救いだけど、上に居ることの優位性はある。今後空を飛びつつ遠距離攻撃の手段も兼ね備えた敵が現れるだろうことを踏まえて、俺も対抗手段を得ておきたい。