第二六話 調査クエスト10
湧いた疑問をフランにぶつけたところ、フランが知る限りにおいてそんな事例は一つの可能性を除き有り得ないのだという。
「同一種族に対し統率能力を持つ特殊個体、コマンダーと呼ばれる個体が現れた場合は、何らかの目的意識を共有して行動することもあります。ですがそれにしては、規模が小さすぎるのです。例えば龍種ほどの高い知性を備えた種族の特殊個体が現れた場合はその限りではありませんが、飛竜くらいの知性しか持たない種族では、群れを一つにして一斉に動かす程度が精々ですから」
ただし、その可能性で状況を語るには不自然な点が目立つようだ。
「……その群れを唐突に離れた個体である可能性は?」
「なるほど、面白い切り口です。特殊個体の統率能力も、強力ではあれど絶対的なものではありませんから、そういったことも何らかの外的要因があれば起こりえますね」
有り得なくはない訳か。けど推論の域も出ない、と。
「ところで、俺がつい最近倒したコマンドブルって」
「特殊個体です」
え、短期間で計四体も倒しましたけど。
さらりと答えるフランの顔を見ていると、ここにもう一人呼んで第三者の冷静な意見が欲しくなる。
「ですが下級の魔物については然程珍しいものでもありません。コマンドブルやコマンドゴブリン、コマンドスライムなど、初級冒険者でもバランス良くパーティーを組み事前に準備を整えておけば、何とか倒せなくもない程度の強さですから」
と思っていたら、俺の想定よりはマシな現実が見えた。
「中級や上級になってくると特殊個体も珍しくなりますし、その危険度も下級の比ではありませんね。何せ単体でも、一般人にとっては悪夢のような強さを持ち、戦う術を持つ者にとっても決して容易に相手取れる訳ではないのですから。ちなみにワイバーンは中級の魔物です。つまりリクは、中級相当の力を現段階で既に持っているということです」
唐突に俺への戦力評価を受けて、どう反応すべきか分からなくなる。
「少し話が逸れてしまいましたね。仮にワイバーンの特殊個体……コマンドワイバーンが出現していた場合、起こりえる被害規模が決して小さくありません。現段階ではその可能性があるという程度ですが、楽観視して良い話ではありませんね」
推測の話が推測のまま大きくなってきた。果たして事実はどうなのか、早い段階で明らかにしたいところだ。
「ですが、今日は流石に時間も遅くなりました。ボスコの町に戻りましょう」
「……そうだね。結局、フランにはあんまりエディターを使ってもらえなかったけど」
調査だけのつもりだったのに、本格的に戦闘する羽目になるんだからなぁ。いや戦闘っていうより暗殺だったけど。ただどっちにしろ、俺からエディターを取り上げていい状況じゃなかったのは確かだ。
「私が主体となって使うことはあまりありませんでしたが、面白い使い方は覚えましたよ。隠れて筆談ができることなど、今後も役立ちそうです」
心なしか楽しげな様子を見せるフラン。そう言って貰えるなら、俺としても少し救われる。
「……まあ、なら良いけど。ああ、でもそうだ。フランもMPを消費したはずだし、アレやってみない?」
ボスコに到着する前に伝えておいた、フランからの反応が非常に大きかった自重無しのエディター運用方法。魔法使いの戦い方を根底から覆しかねないほどに効果的で、改めてエディターがチートツールであることを認識する。
「アレですか……。そうですね、実際どの程度のものか、使ってみて確かめておくべきでしょうし」
フランから承諾の言葉も得たところで、俺はエディターを渡す。
満足のいく結果が得られた試験運用を終えて、俺達はボスコへと戻ってきた。
「この時間帯は人も居ないか。静かなもんだ」
すっかり夜も更けた今時分、例え起きていても自宅から出ている人間はそう居ないだろう。事実、少なくとも目に見える範囲において俺達以外の人間は居なかった。何ならエディターで確認しても同じ結果になったが。
この世界に来て無駄に用心深くなってるなぁ、と自己評価しつつ、悲しいかな無駄じゃない可能性もあるので今後もこの方針でいく予定だ。不用心が原因で死にたくはないからね。
「私は、夜の静謐な空気も好きですよ。リクはどうですか?」
そう返され、考えてみれば真夜中に美少女と二人きりという、字面的にはロマンスの香りが漂ってきそうな状況だったことに今更ながら気付く。そんな状況において「死にたくはない」なんて、ロマンスの欠片も無いことを考えていた俺。果たして大丈夫か。
「俺も好き……かな、うん。特にこの辺りは空気も澄んでるから、星も綺麗に見えるし」
何と無しに言ってみて、夜空を見上げる。
元の世界では、きっと都心から何時間も車を走らせなければ辿り着けないロケーションでやっと見られる星空だ。単純に、見える星の数が多い。本当に沢山の星々が空を彩っている。
「でも、天動説の星ってどうなってるんだろ」
俺が今立っている大地は、平面だ。少なくともこの大地において上下という概念が明確に示される中、果たして空に浮かぶ星々はどのようにしてそこに在るのか。或いはこの大地こそがイレギュラーであり、何かしらの特殊な環境にあるのか。
「リクはたまに、唐突に難しいことを考えますね」
ぽつりと溢した独り言は、フランに拾われた。
「否定はしない。ところで、天動説って言葉は通じるんだ?」
地動説の世界からやって来て、女神様からこの世界の概要を説明された俺はともかく。元より天動説の世界で生きるこちらの住人に通じるとは。
「今まで多くの転生者達の口から語られた言葉だそうですから。冒険者ギルドの職員になれる程度の人間なら、教養として持ち合わせている知識です」
フランの口から語られた言葉を吟味すると、どうやらある程度まで広まっている知識らしい。ただ恐らく、農村辺りに行って村人から話を聞いても出てこない単語だ。知識として持ち合わせる必要が無いだろうし。
「はー、なるほど。フランと話してると勉強になるな」
この世界に対する理解度が着実に上がっている気がする。でも天然が入ってるから、そこには気を付けないといけないけど。
「私の方こそ、リクとの会話は見識を広げてくれるのでありがたいです」
高評価な言葉を貰い、フランの方に視線を向けると。そこにあったのは穏やかに微笑む表情だった。
いつの間にか惚れてそうだから、天然なのも加減して欲しい。加減できたらそれは天然じゃないけど。
「……宿に行こうか」
心中で白旗を振っておいた。