第二五話 調査クエスト9
アナライズモード起動。
俺を中心とした半径三百メートルの範囲で、小動物以上の生命体を検索。レベル五ごとに区分け・色分け表示し、討伐の優先順位を決定する目安とする。
エディットモード起動。
STR、VIT、DEX、INTを全て一だけ残し、捻出したリソースを全てAGIに割り振る。攻撃時に自動でSTRへ割り振るマクロも立ち上げておく。
準備が完了した俺は足を強く踏み込み、加速度が異常に上がった身体を前方へ射出する。
木々の間を縫って、混乱し狂乱する魔物の首を背後から刈り取る。
俺が戦闘という名の暗殺を開始した直後、派手な花火が──否、青白く輝く氷の槍が空を飛ぶワイバーンに向けて放たれた。
不意を突いたらしい一撃はワイバーンの鼻先を掠め、牽制目的だったらしいことが分かる。だが、当てられた方のワイバーンはより過激に受け取ったようで。眼下の森を睥睨し、自身に向けて杖を構えるフランを見つけると、一直線に急降下してきた。
いきなり敵が本気で殺しにかかってくるとか、もうちょっと穏便に事を進めたい俺としては本当に勘弁して欲しい。今回は対象が俺ではないけど、盗賊という前例もあるし。
どうせ生まれ変わるならもっと平和な、それこそステータスなんていう常時発動型のバフが存在しない世界が良かった。他に選択肢は無かったから、仕方無い話だけど。
急降下してくるワイバーンの顔を真正面から見据えて、フランは氷の防壁を出現させていた。
透き通って向こう側が見えるそれは、一見してガラスのように脆そうだったがしかし。恐らく正面衝突により粉砕する気満々だったワイバーンの鼻面を、衝突の直後に容赦無く潰す。
流石に氷の防壁も無傷とはいかず罅が入っているものの、同様の攻撃をあと一度は確実に防げそうな雰囲気がある。
とまあ、そんな具合に大変豪快な戦闘は当然ながら周囲の注目を集める訳で。エディターによる簡易俯瞰視点で得られる情報から、魔物の死角を割り出しては暗殺を繰り返す俺。
いやはや、格上の魔物を倒すと経験値がガッポガッポ入って良いね。熊とか狼とかの魔物の首を胴体とお別れさせていってるけど、その度にエディターから受ける抵抗が少なくなっていくよ。紙耐久になってることにさえ気を付ければ、これは結構なイージーモードだ。
うん、一撃でも良いの貰ったら死ぬと思うけどね。
魔物との戦闘……もとい魔物を暗殺し続けて、落とした首の数が三〇に届こうかという今現在。順調に経験値を獲得した俺の今のステータスがこう。
▼▼▼▼▼
Name:リク・スギサキ
Lv.33
EXP:5401
HP:1135
MP:872
STR:1(-335)
VIT:1(-421)
DEX:1(-380)
AGI:1807(1517)
INT:1(-381)
▲▲▲▲▲
ハハハ、やってやったよ。綱渡りを全力ダッシュすりゃこんなもんさ。もし叶うなら二度とやりたくねぇ。
妥協も自重もせず敏捷性に極振りしてる状態とはいえ、素のフランの三倍速で動ける。レベル差はまだ二倍以上あるんだけど。んで、問題のワイバーンと比べても、今の俺は二倍速に近い状態な訳で。
「周囲の魔物は粗方片付けたし、そろそろこっちに参戦すべきかな」
幾つもの氷の盾を自身の周囲に展開し、ワイバーンの急襲を迎え撃ち続けているフランの隣に立つ。
やはり余裕があるらしく、フランは普通にワイバーンから視線を外してこちらを見てきた。
「念のため、多少の討ち漏らしは想定していたのですが……無用な心配でしたね。お陰でワイバーンだけに集中できました。流石はリクです」
俺の姿を認めて悠長に話し掛け、複数の盾を空中で操作してワイバーンの突進を受け流し、同時に反撃のための氷の槍を射出するフランを見て。俺ごときの助力の必要性に対し、甚だ疑問が生じるけれど。
「エディターさえあれば、同じことができる人間は結構居ると思うけどね」
だから俺の返答はこんなもの。そうであるからといって、怠けるつもりも無いけどさ。
「という訳で、お待たせ。奴を生け捕りにして分析してやろう」
死なない程度にエディターの刃を突き立てて、今回の調査の礎になって貰う。こちとら仕事だ、悪く思うなよ。
愚かにも無策に突撃を繰り返してきたこのワイバーンは、学習能力というものに縁が無いらしい。敵対者に俺が加わった今もまた、真っ直ぐに突撃してくる。
とはいえ迫力についてはさるもので、潰れた鼻からの流血が顔全体に広がり、B級ホラーの特殊メイクを思い出させる程度に──いや滑稽だなこれ。今の俺の精神状態がハイになってるのもあるとは思うけど。
「まあそもそも、俺としてはジャパニーズホラーのおどろおどろしい感じの方が、よっぽど背筋がぞくぞくして好みなんだけど」
戯言を口から溢しつつ、視界の真正面にワイバーンを捉える。
足の裏で地面を掴み、身体を前方へ傾け、疾走を開始する。
この森で経験値稼ぎを開始する前までとは、別次元の速度が発揮される。それはあたかも、周囲の時間が遅く進んでいるかのように錯覚するほど。
眼前に迫るB級ホラー顔が視界いっぱいにまで広がっても、それは十分に心構えができた上でのことならば、それほど苦も無く対処できるというもの。
地面すれすれにまで高度を下げたワイバーンが、木々を豪快に薙ぎ倒しながら突撃してきた訳だけど。俺は跳躍と同時にワイバーンの鼻先に刀身を叩きつけ、豪快さはそのままにヘッドスライディングへと移行させた。
地面に浅からず溝を掘りながら進むワイバーンの巨体が、丁度良くフランの数メートル手前で停止する。翼にはそこまでで薙ぎ倒してきた木々の枝が引っ掛かり、何本かは翼膜に突き刺さっている。
『ジ・アクア』
その翼膜に、枝どころではない──人間の大人の背丈に倍するほどの長さの、氷の楔が打ち込まれた。それも、同時に二本。暴れるワイバーンを大地に縫い付けている。
俺はというと、ワイバーンの後方より近付いて背中に飛び乗り、エディターの黒い刀身をそこへ突き立てる。痛みに暴れるワイバーンだが、既にその力は地に落ちた。エディターによりVIT値へ、それ以外の全ての値を全振りされて、今や人間の子どもにも劣る攻撃力しか持たない。
「……ステータスっていうシステム、本当にえげつない」
それを編集できるエディターの威力を改めて認識しながら、陸に打ち上げられた魚のようにのたうつワイバーンの背中から降りる。
「お疲れ様です、リク」
「お疲れ様、フラン」
労いの言葉をかけてくれたフランに返答しつつ、先程ワイバーンが薙ぎ倒した木々の内の一本を指で示す。
「落ち着いて調べようと思うから、まずは座ろうか」
良い具合のベンチと化した横倒しの木に、フランと二人で腰掛けて。エディターのコンソールを二人で見詰める。
表示しているのは地図であり、あのワイバーンが辿ってきた足跡を赤いラインで示している。
「東の方から、かなり真っ直ぐここまでやってきてるな」
その東の方にあるのは山脈で、なるほどそこが本拠地なのだろうと俺は納得しかけていたのだけど。
「おかしいですね」
フランのその言葉に、ひとまず納得を保留することになった。
「おかしいって、何が?」
如何せんこの世界の知識にはまだ乏しい俺だ。これから知識量を増やしていく所存ではあるものの、今はまだ無い物ねだりなので素直にフランを頼ろう。
「ワイバーンの行動範囲は飛行可能な為に大変広いことが知られていますが、それでも一日で往復できる範囲に収まるというのが通説です。ところがこの個体は、レベルから言って片道でも三日は掛かるここまで飛んできています。中には方向音痴な個体も居て、迷子になってしまう場合も無くはないのですが……とても迷子になって移動した軌跡ではありません」
まるで明確な目的意識を持って移動してきたかのように。と、フランは推論した。
はて、そんなことがありえるのかどうか。