第二四話 調査クエスト8
余所者の侵入を拒むかのように地面をのたうつ樹木の根。木々に日光を遮られるためか、数日前に降ったという小雨で湿った地面が未だにぬかるみ、先に述べた印象を強める。
ここはボスコ近辺にある森。ロレンツィの情報を受けて来た訳だが、当初から調査対象に入っていた場所でもある。
今はロレンツィの先導で、木々の間を縫うように蛇行しながら三人で進んでいる。
一応前衛である俺が最後尾に居るが、この面子ではレベル不足が否めない。エディターによる広範囲索敵ができるので、その方面での役割は果たせるが。とはいえロレンツィも居るので、あまり大っぴらに使うつもりは無い。
「んー……、ここだったな」
森に入ってから二十分程経過した頃。ロレンツィが口を動かし始めた。
「俺がここに居て、消えた奴は向こうの方に居た」
ロレンツィが指差した先を見るが、特に目印になるようなものは無い。周囲に見える景色同様、ただ木が生えているだけだ。
果たして彼は事実を述べているのか、それとも。
敵からの襲撃に備えてそれなりに広く指定していたエディターの索敵範囲を、調査のために狭める。一昨日と一昨々日の夜間を時間指定し、まずはロレンツィがこの場に居たかどうかを確認する。
過去の情報を確認するには現地に赴く必要がある上に、現在の情報よりも精度が落ちてしまう難点があるものの。そもそもそれが可能である時点で大変に有用だ。
ヒットしたのは一昨々日、つまり三日前。これで少なくとも、一から十まで嘘ということは無くなった。
次いで検索条件を緩め、単にヒトを指定する。二件ヒット。
一件はロレンツィ。そしてもう一件が──何だこれは。
「どうかしましたか、リク?」
見たことの無い表示に固まっていた俺を現実に戻したのは、怪訝な表情でこちらの顔を覗き込むフランだった。
互いの顔がとても近い。
「や、何でもないよ」
≪後で話すよ≫
ロレンツィを誤魔化すため、コンソールに言葉を打ち込んでフランにだけ見せておく。
「そうですか。分かりました」
フランの視線が一瞬だけコンソールに向いたので、問題無くこちらの意図は伝わっただろう。
ついでにフランの顔もやっと俺から離れた。
しかし、この不可解な名前の表示──「■デ■■■デ・ロ■■■■イ■」とはどういうことだろうか。
文字化け? エディターで?
過去の情報を参照しているとはいえ、名前すら正しく表示されないというのはこれが初めてで、その他の対象についての情報は特に問題無い。表示できるものは正常に表示され、表示できないものはただ表示されないだけというのが今までの結論でもある。
エディターの全てをこの短期間で把握できている訳は無いから、こういうことも有り得るのかもしれないけど……そのまま流すには危険な香りがするな。
その後、形だけの調査を行いつつ、特に何も成果は得られなかった体で解散する流れに持っていった。
解散というか、ロレンツィだけ帰らせた。俺とフランは念のためもう少し調査してみる、ということにして。
「それでリク、一体何があったのですか?」
ロレンツィがちゃんと町に向かって帰っていることをエディターで用心深く確認していると、フランの方から質問してきた。
「コンソールを見てもらうのが手っ取り早いかな」
ロレンツィの所在を表示しているのとは別の画面を出し、文字化けした結果をフランに見せる。
「デ……デ、ロ……イ……? 妙な表示ですが、名前でしょうか?」
俺は首肯しつつ、口を開く。
「とにかく、誰かしらこの近辺に来たってのは間違いないよ。間違いないんだけど……何だろう。俺達が受けた調査クエストと関わりがあるかどうかは全く分からない。エディターが対応できてない存在だから、そりゃあ俺としてはあんまり無視できない感じではあるけど」
もやもやとした心の内を、とりとめもなく言葉にする。
「それなら、関わりがある可能性があるということですね。調査対象に加えておきましょう」
あっさりとそう決着させたフランを見て、俺が呆気に取られたのは無理からぬことだと思うがどうか。
「元から信憑性に欠けていたロレンツィの言葉で出てきた不審点で、それを調査対象にカウントするのはどうかと思うけど。保留にするくらいが妥当じゃないかな」
必要性が出てきたら調査する、といった具合に。何せ魔物との接点が今のところは見られない人物だ。
「エディターのお陰で調査可能な情報量は膨大です。この程度は加えようが加えまいが、誤差と言えるかと」
フランはそう答えながら、俺の手にあるエディターに触れた。そして新たな画面を出現させ、何やら操作を始める。
「……過去のログを参照しただけでは、マーカーまでは付けられませんか。やはり実際に接触するか、エディターで探知できなければならないのですね」
操作というか捜査を始めていた。個別詳細設定の、灰色になった設定不可の項目ばかりが表示されたポップアップを睨みつけている。
「仕方ありませんね。他のことから調べていきましょう」
俺よりがっかりした様子なのは何故だろう。まあ良いけど。
「この文字化け以外のことについてなら、エディターで集められる情報はもう集め終えたよ。あんまり長居してると魔物も出てくるかもしれないし、早いとこ宿に行こう」
フラグっぽく聞こえるが、エディターでの索敵は継続してる。今のところは大丈夫だ。
はいはいフラグでしたフラグでした。
俺とフランは今、一際大きな木の影に身を隠している。理由は単純、突如この森に飛竜が飛んできたからだ。
俺達と飛竜との距離は数百メートルある上に、あちらは俺達に気付いていない様子だが、そんなことはどうでもいい。森中の魔物がパニック起こして暴れてるんだ、どうしようもない。
んで、何で飛竜なんていう割と強力な魔物が登場したのかね。それも唐突に。
フランに話を聞いてみれば、飛竜の狩りは時間帯こそ問わないものの、見晴らしの良い平原で行われることがほとんどだと言う。当然だ、こんな森の中の獲物を狙えば木が圧倒的に邪魔になる。馬鹿にだって分かる話だ。
そんな当然の話を無視している飛竜に対し、当然ながら困惑しているのが森の魔物達の現状である。逼迫した様子が窺える鳴き声が執拗に鼓膜を叩いてきて鬱陶しい。
「俺、もっと平和的に生きていくつもりでこの世界に来たんだけどなー」
「私とリクなら強硬な手段も取れそうですが、どうしますか?」
俺が平和的にって言った直後に強硬手段を提案する辺り、やっぱりフランさんですね。素敵だと思います。
「いや、この状況だと乱戦は避けられそうもないし。で、乱戦に耐え得る耐久力は俺には無い。耐久にリソースを割けば話は別だけど、そうなると火力的な貢献が全くできないよ」
まあ、簡易俯瞰視点をフル活用して俺の脳味噌がオーバーヒートしそうな感じに酷使してみれば、数分くらいなんとかなるかもしれないけど。でもそんな博打を打つつもりは毛頭無い。
「てかこれ、ひょっとして調査的には進展なのかな。魔物が自分のテリトリーを逃げ出すには十分な理由だし」
気に掛かるのは規模の大きさの違い。或いは単に、俺の嫌な想像が当たっているだけの可能性もあるけれど。
エディターのコンソールに3Dマップを表示し、空中で大きく円軌道を描く飛竜を調べる。
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Name:ワイバーン
Lv.47
EXP:10810
HP:2901
MP:636
STR:902
VIT:662
DEX:427
AGI:950
INT:297
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「俺なんて瞬殺されそうなんだけど」
フランに敵のステータスを見せつつ、小声で話しかけた。
俺の素のVITが一八〇で、奴のSTRが九〇二。HP五七〇くらい、軽く消し飛ぶよね。
こうなってくると、そのVIT一八〇もAGIに割り振った方がかえって生存率が上がるか? でも乱戦になる可能性大だし、やっぱりVITに全振り……はただのサンドバッグか、AGI死ぬし。
やべぇ、本格的にリスク覚悟で動かないと詰みそう。良い感じの安全策が無い。悪い感じのはあるけど。
「では全力で離脱しますか?」
「予想外に手がかりっぽい情報がやってきた今、それは依頼を受けた冒険者としては失格かなと思う次第で」
結局フランの口から提示されてしまった安全策を、俺は即座に棄却した。だから俺の方針は既に定まっていて。
「はー……、仕方ない。悪いんだけどフランには時間稼ぎを頼めるかな。前衛として働けるだけのリソースを、現地調達してみようかと思うんだけど」
経験値はそこら中で暴れてるし、フランなら空中を飛び回るワイバーン相手でも大丈夫だろうし。
……大丈夫だよな?
「分かりました。ワイバーンの足止めは私がしましょう。リクも、できれば私の周囲にいる魔物を優先して狙って貰えるとありがたいです」
不意に過ぎった不安をばっさり切り捨ててくれたフラン。
どうやら大丈夫らしいね。
「そのくらいは当然。……ま、レベル一五の俺がレベル三〇オーバーの森の魔物を相手取るって時点で、何が当然なのか分からなくなってくるけど」
乱獲できるチャンスには違いないし、エディターの機能フル活用でセルフパワーレベリングといきますか。