第二三四話 事後処理と出発準備
話があまり進みませんでした!
城塞都市アインバーグへと魔物の軍勢が進撃してきたのは、既に三日前のこと。
二日前は大量に発生した魔物の死骸の処理を、動ける冒険者や兵士を総動員して行って。一日前は今回の戦いで亡くなった人間の追悼兼、生き残った人間の憂さ晴らしで丸一日酒盛り。
追悼と憂さ晴らしを同時にやる辺りが、冒険者らしいところだ。今回は兵士も混ざっての大騒ぎだったが。
今は酒盛りのあった日の翌朝であり、酒を飲み過ぎた連中が死屍累々といった風情で酒場だけでなく道端にも転がっていた。
街全体が酒臭い。朝の爽やかな空気など存在しない。
自室の窓から外を眺めて、そんな感想を抱く。
かく言う俺も昨日は酒を飲んでいたが、程々で切り上げたので二日酔いも無い。
体質的にも、それなりには酒に強いしな。流石に酒豪という程ではないにしろ。
さて、今日はエミュレーター対策に関わる人間総出……に近い形で武術都市の導師を訪ねることになっている。
魔物の軍勢を撃退した直後、アインバーグに居る者だけで話し合いはしたものの。やはり導師も交えて話をすべきということになったためだ。
何せ、導師は敵の首魁と因縁すらあるそうなのだから。
これまで詳しい話を聞かなかったのは、導師からその方が良いと言われていたため。
現に、ここまで大規模な騒動を起こされてようやく、それも自分自身の身体ではない状態で会うことができたような存在だ。こちらが事前に情報を得ているような素振りを見せれば、それだけで警戒心を高めてしまう可能性が高い……と言われてしまえば、やはり反論は難しかった。
まあ、今回出て来たアレが本当に敵の首魁かどうかは確信を持てないが。可能性として低くはない。
「導師は、どの程度までお話を聞かせてくれるでしょうか」
リビングの二人用ソファーに身を預けている俺に、隣から声が掛けられた。
六つ星の魔法使いであり同棲中の俺の恋人、フランセット・シャリエ──フランからの疑問だ。
フランは俺が淹れた紅茶のカップを口元付近に持った状態で、その水面をぼんやりと眺めている。
「自分の弟子にまで秘密主義者と呼ばれて、微塵も否定しなかったような人だからな。七つ星冒険者三人の圧力を前にどの程度の譲歩をするかは、予想すら難しいよ」
七つ星冒険者三人というのは白のラインハルト、青のシャリエ、紅紫のエクスナーのことだ。小国の王くらいなら軽く圧倒してみせるであろう、錚々たる顔ぶれではある。
ただし、対する導師もまた尋常ではない人物。単純な実力としても七つ星クラスは確実にあるものだから、楽観視は最初からしていない。
……どうして敵に会うような心境で思考しないといけないんだろうな。
「まあ、気を揉んでいても仕方ないことだと思うし、色々と諦める。とりあえず俺は今からギルドに顔を出してくるけど、フランはどうする?」
問題を放り投げて別の話題を始めた俺に対して、微妙な顔くらいはされるかと思ったが。予想に反し、フランは平常通りの表情を俺に向けている。
「わざわざ別行動をする理由もありませんし、私も行きます」
ついでに返答も、予想の外側からやってきた。
「……一緒に居るのが当然って顔で言い切ったな」
今は自宅に居るのだから、そのまま待っていても問題無いだろうに。
「リクは突然トラブルに巻き込まれることも頻繁にあるのですから、その通り私としては当然です」
フランは真顔である。
「俺がトラブル体質なばかりに、いつも迷惑をかけるね」
意図しておどけた調子で、九割方本気の言葉を返す。
「ご心配なく。それはそれで楽しんでいますから」
フランは笑みまで浮かべ、強者の発言である。
この場において相対的弱者の俺には、負ける以外の結末が用意されていないらしい。
場所は変わって、冒険者ギルドへとやって来た俺とフラン。
普段と比べて人が多い訳ではないが、忙しなく動く者が多いために騒々しく感じる。
先の戦いで亡くなった冒険者、負傷した冒険者は多い。そのため、今動ける冒険者ができるだけ動いているという状況だ。
魔物素材の流通量はむしろ普段より多いくらいなので、その手の依頼が少ないのは救いか。
それはそれとして。
「残念なお知らせですが、俺とフランはしばらく依頼の受注頻度が下がります」
「このクッソ忙しい時に救いの神が来たかと思ったら、死神の方だったみたいだねぇ!?」
この場に居る忙しなく働いていた内の一人である受付嬢、フランの先輩であるマリー・フロランタンさんからの反応だ。
「死神だなんて大げさな。まあ、俺に関しては一時期そう呼ばれたこともあったようですが」
「軽口に付き合う余裕は、今のアタシにゃ無いよ。ところでアンタに受けて貰いたいクエストが一つあってね」
「さっきの俺の話、聞いてました?」
流れるように依頼を押し付けようとするフロランタンさんに、俺も即座に待ったを掛ける。
「依頼内容自体はちょっと面倒って程度なんだけど、条件が面倒なことになっててね。任せられる冒険者がろくに居ないんだよ」
けれど初めから止まる気が無い相手には、言葉だけでは不足だったらしい。フロランタンさんはそのまま遠慮無く話を続ける。
「とある貴族のご令嬢が城塞都市から王都に行くのに、護衛が必要なんだけどね。その家でいつも雇ってる馴染みの冒険者パーティーの一人が、今は大怪我負ってて。五人パーティーの内の一人なんだけど、よりにもよって壁役が療養中なのさ。要するに、今はパーティーバランスに不安があり過ぎてとても任せられないんだよ」
「壁役の経験が無いので、俺では不適ですね。他の冒険者を探してください」
「貴族の相手ができるだけの礼儀作法を持ち合わせてて、誰とでも連携を取れて、しっかり実力もある冒険者が目の前に居るんだよ。アタシの目の前に、今」
「それアレックスで良くないですか。ほら丁度あそこに」
マップを確認すると実に都合が良いことに、アレックス・ケンドールの名が冒険者ギルド内で表示されていた。だから遠慮無く、名前を出してみた。指差しで場所まで示しつつ。
今は他の冒険者達に混ざり、クエストボードに張り出された依頼を確認していたようだ。
「確かに!」
短く叫び、フロランタンさんは受付から飛び出すような勢いでアレックスへと突撃していく。
程なくして受付に戻ってきたが、しっかりとアレックスを捕獲していた。
捕獲されたアレックスの顔を見ると、見事に困惑一色で面白い。
「理由も教えられずにここまで引っ張られた状況なんだが、一体何だい? 僕に何をさせる気なんだ?」
俺とフランが居ることを踏まえてか、警戒した様子で至極真っ当な質問をしてきたアレックス。
というか、何も説明せずにここまで引っ張ってきたのかフロランタンさんは。
「いや、俺は今回無関係なんだよ、本来なら」
「リクがケンドールさんのお名前を挙げたことで現状が生まれたのですから、現に無関係ではないのですが」
久々にフランからフレンドリーファイアを貰ったなぁ。
「冒険者ギルドに来てる少し面倒な依頼があるらしいんだけど、それを俺に任せたいって言われて断ったんだ」
「面倒事を僕に押し付けようとした訳だね?」
非常に攻撃的な印象の強い笑顔を浮かべたアレックスが、俺を真っ直ぐ見つめてくる。
「その解釈は少々異なります。リクは特に悪意を持っていた訳ではなく、純粋に能力的な観点からケンドールさんのお名前を挙げましたから。もしリクが何も言わなかったとして、その場合は私がケンドールさんを推していたとも思います」
おっと今度は援護射撃。フランの発言がシームレスに性質を変えていく。
ただそれは、俺が不都合な部分を伏せた発言をしているのに対し、フランが淡々と事実を述べているだけということでもある。
「それに面倒とは言っても、任せるに値する冒険者の条件についてのお話でしたから。今のケンドールさんであれば、むしろ簡単に件の依頼を完遂してしまうのではないかと」
やはり淡々と、しかしそれ故に事実を述べているだけだと信じさせるフランの言葉。
対するアレックスは、些か以上に動揺していた。
何せこいつはフランに惚れていた男だ。今でも恋愛感情を抱いているのかは不明だが、好意的に思っているのは見て分かる。そんな対象から掛け値なしの誉め言葉を貰えば、動揺するのも仕方が無いだろう。
──そして俺はこれ幸いとその隙を突いて言葉を紡ぎ、目論見通りアレックスに依頼を受注させることに成功した。
いやまあ、実際適任だとは思うし。
さて、少しばかりの不安要素を解消したところで。
武術都市オルデンへと向かおうか。
大勢で導師を問い詰めに行きましょうかね。