第二三三話 敵の謎
敵の新キャラです。
煌々と燃える火球は吸い込まれるようにして、巨大ゴーレムの中に消えていった。
射線上にはエミュレーター・コピーが間違いなく存在し、このまま行けば異常な密度に圧縮された膨大な熱量がその目的を全うすることになる。
しかし、そうはならなかった。
巨大ゴーレム全体が、色を塗り替えたように赤く染まる。
赤熱していることが原因だと分かる光り方をしているものの、エミュレーター・コピーの破壊を目的とした紅紫のエクスナーが放った完全制御下にあるはずの火魔法の熱が、無為に広い範囲で消費されている状況。違和感を覚え、警戒するには十分だ。
マップ上でもエミュレーター・コピーが健在のまま、赤熱した巨大ゴーレムがどろりと融け落ちる。そして中から現れたのは、宙に浮かぶ黒い球体。
直径は二メートル程度か。表面には赤いラインが蔓のように走り、如何にもといった見た目をしている。
球体上部が赤いラインに沿って割れ、中からヒト型の上半身が出てきた。衣服が無いものの、それは間違いなく怠惰の形をしている。長杖型のエミュレーター・コピーも右手に持っている。
ただし、目は虚ろで表情も無い。何となく目線は俺に向いているような気がするが、それすら定かではない。
「──あ。あ、あー……? んん、うん、良し!」
喉の調子を確かめるような声の出し方をして、何故か周囲を見渡した。
気付けば間合いを詰めていた白のラインハルトが、白の神授兵装を振り下ろしていた。
「はっは! 危ないなあ! ボクじゃなかったら死んでるところだよ!」
脳天からヘソの辺りまでかち割られた身体の状況を完全に無視して、怠惰らしき存在は陽気に言い放った。
さしものエルさんも不気味に思ったか、追撃はせず即座に敵から距離を取る。
敵の一人称は「ボク」。怠惰は元々そうだった。
けれど様子が違い過ぎる。実は二重人格でした、と言われても納得できそうな程に。
「まずは仮の身体での挨拶になってしまうことを謝罪しよう。そして初めまして、ボクは神様だ! 存分に敬ってくれて良いよ?」
何事も無かったかのように身体を再生しながら、実に楽しそうな笑顔を浮かべて突拍子も無い自己紹介をした正体不明の敵。
神を自称する、というのは以前会った色欲の話と一致する。諸々を鵜呑みにして良いならば、目の前の奴が敵の首魁ということになるが、果たして。
そもそも仮の身体などと、胡散臭いことも言っているし。あくまで話半分に聞いておくか。
何せアイコンの色が黒という、紫に続いての例外でもあることだ。
「無反応というのは寂しいなあ。別に信じてくれなくても良いけれど、流石に何かしらの反応は欲しいところだよ?」
それにしても、今までの敵の中でも輪をかけて死ななそうに見える。致命傷を受けても回復する、というのは不本意ながら慣れてしまったものの、致命傷を回復する前から普通に行動できる程ではなかったものだから。
「他者の身体を乗っ取っているようにしか見えない今の君は、神よりも悪魔と言った方が説得力のある状況だと思う」
穏やかな口調でありながら、バッサリと切り捨てる言葉を放ったのはエルさん。
「はっはっは! 不敬ここに極まれりだね! でも良いよ、赦すとも! 神は寛大だからね!」
こちらばかりが敵意を剥き出しにして、逆にあちらからは敵意が微塵も感じられないこの状況。数で一人を囲んでいることも踏まえて、第三者の目にはどう映るのだろうか。
「とはいえこの身体はもう無理そうだ。形だけの再生はできるけれど、それはまるでハリボテのようなもの。寿命を削って出力を捻り出していたのだから、当然ではあるか」
悍ましいことをさも当然そうに、かつ独り言のように語り、それから敵は俺を見た。
「リク・スギサキ。第二の、黒の神授兵装の所有者。できれば君にはこちら側に加わってほしいんだけど、どうかなあ?」
敵の手が、俺に向けて伸ばされる。その手は急速に、皺だらけになっていく。
否、手だけではない。顔も、首も、胴体も、恐らくは足も。まるで風船が萎むように。
どう見ても死に向かっていくその身体で、笑っている。
「ああ、これはいけない。会話をする時間くらいは残しておいたつもりだったのに。まあ良いか。今日のところは沢山遊んだし、それで満足しておこう。じゃあ、またね」
明確に、老人の声だった。しわがれて、弱々しい声だった。
今にも死んでしまいそうな、声だった。
けれどそこに悲壮感は一切無く、自分で語ったように自身にとっては仮の身体でしかなかったのだろう。
ぐらりと敵の身体が傾き、下半身を取り込んだままの半球と共に地面に倒れる。
こちらの警戒心ばかりが働く中、数秒の静寂が訪れた後に、突然敵が咳き込み始めた。
「が……ハッ、ゲホ、ゴホ……! な、んだ、これ……!? ボクは、どうなって……!?」
怠惰だと、素直に納得している俺がいる。声は完全に、老人のそれになっているというのに。
念のためマップを見れば、アイコンの色も黒から紫に変わっていた。ヒトと魔物の混ざり物の色だ。
怠惰は地面の上に倒れたまま、自身の手を見て目を見開いている。
「誰、だ……? 誰の身体だ、これは!? ……返せよボクの身体をォッ!」
アレは間違い無く強大な敵だった。力の使い方には拙さがあったものの、振るう力の大きさが桁違いだっただけに、評価としては妥当だろう。
その最期が、これか。
音も無く接近を終えていた無表情のアレックスが、光を纏う剣を振り下ろす。
白い軌跡が怠惰の身体とエミュレーター・コピーを、まとめて同時に切断。両方に罅割れが広がり、全体を覆ってから当然の如く崩れ落ちる。
「……本当は、捕縛して尋問でもするべきだったのかも知れないけれど。これ以上は見ていられなかった」
事を起こしたアレックスは、独白するように呟いた。
俺はここで青のシャリエに視線を向ける。
視線に気付いたマリアベルさんは、俺の意図にも気付いたらしく。
「私達からの尋問を受ける時間は、彼には残されていなかったでしょうね。回復魔法は外傷を治すものでしかないし、青の神授兵装を使っても恐らく僅かな延命ができた程度かしら」
どちらにせよ結果は変わらなかったと、状況の説明をしてくれた。
「なんつーか、これじゃ勝った気がしねぇな」
不満を隠そうともせずに言ったのはアクセル。先程まで両拳に纏わせていた炎を消して、脱力している。
「推測できることは様々あれど、謎はむしろ増えたように感じますわ」
随分とお疲れの様子で、ため息交じりにクラリッサ様。ここで何故か俺へと視線を向けられる。
「この一帯にはもう、エミュレーター・コピーは残っていませんわよね?」
なるほど当然の疑問だった。
たった一つあるだけで不確定要素を量産してくるのがエミュレーター・コピーだ、確認をしない訳にもいかないだろう。
「ええ。少なくとも、城塞都市の半径一〇〇キロメートル圏内には」
後は、統率の手段を失って烏合の衆と化した魔物の軍勢の残党を狩るのみ。
「これ以上のお話は、残る魔物を片付けてからにしませんか? 私達以外の冒険者と軍は、今もまだ戦闘中です」
俺が頭の中で出したひとまずの結論を読み取ったかのようなタイミングで、フランが口に出してくれた。
「それもそうだね。手早く片付けてしまおう」
真っ先に反応したエルさんは、その言葉を残して消えた。正確には消えたと錯覚するほどの速さで、敵陣に斬り込んでいた。
最高速度なら俺の方が上だけど、技術的な部分が圧倒的なんだよなエルさんは。だから今、予備動作にも俺は気付けなかったし。
……何処かの誰かさんは、ステータスシステム運用の化け物染みた練度で同等のことができるようだけれど。俺が目指すべきは、どちらかというとそっちの方だろうか。辿り着くことは不可能と断言して良い次元なので、あくまで目指す方向という意味だが。
その誰かさんはといえば、既に白のラインハルトに続いて敵陣へと向かっていた。
「リク、私達も行きましょう」
騎獣の背中に乗ったままのフランが、いそいそと座る位置をずらして鞍の上のスペースを空けつつ俺に声をかけてくれた。
彼女は同乗をご所望らしい。
軽く跳躍してゲイルの背に乗り、手綱をフランから受け取る。
「攻撃力は既に過剰かと思いますので、治癒魔法が必要な場所にお願いします」
「攻撃に参加する気満々だった。けど、確かにそういう動きの方が貢献できるか」
フランから行動指針を示されて、素直に予定を修正する。
……当然、この戦いで死者は出ているけれど。これ以上増やさないよう動くことはできるはずだ。
謎だけ残して去りました。