第二二四話 城塞都市防衛2
ちょっと短めです。
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ワタクシは七つ星冒険者、クラリッサ・エクスナー。紅紫の神授兵装の所有者にして、火属性の魔法使い。
城塞都市を守護する戦力として、現在この街に残った唯一の七つ星冒険者。
四大霊峰が南ズュートケーゲルより侵攻を開始した大規模な魔物の軍勢が、何故か予測を遥かに超えて早くこの街に到着し、狼藉を働いている。
そんな中で、軍も冒険者も良く奮戦している方でしょう。けれど、敵が少しリソースの使い方を変えれば途端に劣勢と成り果てる。
一体一体に複数体分のリソースを集約する、空からの攻撃も増やす。戦術というのもおこがましい、至って単純なことをされただけだというのに。
もっとも、それを単純だと断じることができるのは、ワタクシが黒の神授兵装の存在を知っているからこそなのだけれど。
劣勢の中、個々人で見れば余裕のある者は居る。
帝国からやって来た【煌拳】アクセル・ゲーベンバウアー、古くからこの城塞都市にて活動している【鋼刃】ドミニク・ベッテンドルフ、先日リク・スギサキから紹介をされていた【閃光】アレックス・ケンドール。
後方から見ても分かる程に際立つのは、この三名。
【煌拳】は自身の祖父より受け継いだ赤の神授兵装を既に十全に使いこなし、攻撃は最大の防御と言わんばかりに荒々しく戦っている。
【鋼刃】は自身の大剣に地属性魔法を纏わせ、人の身で振るうにはあまりにも長大に思えるそれを軽々と振るっている。
けれどやはり、ワタクシは【閃光】にこそ最も注目している。彼の戦い方は、この乱戦状態の場において異質だった。
誰も彼もが目の前の敵にばかり集中し、またそうでなければ満足に働きを示せない状況で。【閃光】だけがまるでじっくり腰を据え、どのような順番で敵を仕留めていけば周囲の味方が安全に戦えるのかを考えて動いているかのよう。
そうできる理由を、ワタクシは既に知っている。
速度の特殊運用、その副次効果に過ぎない思考速度の上昇を、能動的に使用しているから。局所的には目まぐるしく変わっていく戦場の変化を、少なくともこの場において彼だけが緩慢に感じているはず。
彼の主観的にはゆっくりとした変化を読み解くだけ。そこに難解な理屈は存在しない。
あるのは、異常の域に到達した者の理不尽さのみ。
なるほど、リク・スギサキの語った通りということでしょう。
【閃光】アレックス・ケンドールの力はいずれ、神授兵装の価値に並び得る。
故に。
大地が起き上がり、太陽を隠しながらこちらへ倒れ込んでくるという異常を見て、ワタクシは一つの決断をした。
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僕の名はアレックス・ケンドール。つい最近五つ星に上がったばかりの、魔法剣士の冒険者だ。
リク・スギサキから事前に色々と情報を受け取っていて、現在城塞都市を襲っている魔物の大規模軍勢についてもある程度は心の準備ができていた。
そう、あくまである程度だ。
僕だって、上級の中でも特別上位に位置するような魔物でなければ相手取れる実力を付けたつもりだ。事実、近接戦闘に特化した上級の魔物であるオーガの首を複数、連続で落としたりもしている。その上位種であるオーガロードとなるとそこまで容易にはいかないが、それでも決して勝てない相手ではない。
しかし、しかしだ。
大地そのものが僕達矮小なヒトを踏み潰そうとしてくるなどという、天災という表現すら少々不足に感じてしまう規模の事象を、一体どう受け止めれば良いのか。
ひとまず、現状のままでは確実に全員揃って生きたまま土葬される。
だから、砕く。襲い来る巨大な壁に僅かでも隙間を開け、確実な死を不確実な死に。
剣を構え、刺突の準備を。
──紫電、溜撃。
紫電は思考の加速を最優先に調整。
溜撃を高速で、今の僕の限界に挑むつもりで溜め続ける。
加速した思考は、目の前の景色を相対的に減速させてくれる。
それがかえって、迫り来る絶望を僕に直視させるが。それでも、僕は目を逸らさない。
立ち向かうと、決めたから。
もはや何発分の威力を溜めたのか、自分でも把握できない程になった頃。後方から紅蓮の炎が飛来した。
炎は球体となっており、流星群の如く次々に流れてくる。
これは、紅紫のエクスナーの炎か。
壁には罅が入り、幾つもの穴が開けられ、けれどこちらに倒れてくるのは変わらない。
脅威度は減ったように思うが、このままではこちらの被害は甚大だろう。
ならば、僕は威力ではなく範囲を優先させる。
構えを刺突から斬撃のそれへと変更。
切っ先にて集中運用していた溜撃を刃全体に広げ、更に拡散させる。
リク・スギサキ曰く、特殊運用寄りの通常運用。
STRの効果を発生させる部位および範囲の選択によって、ナマクラの剣でも業物に変えられる技術──を、業物をナマクラの剣に変えるように使う。
今必要なのは、切断する力ではなく押し返す力だ。
──衝波。
斜め上に向け、横一閃。
太く長く広がる、斬撃というよりは打撃に近くなった衝波は、尚も撃ち込まれ続ける紅蓮の流星群と共に壁へと到達した。
壁が消し飛んだ。
え……?
いや、紅蓮の流星群によって穴だらけで、ボロボロになっていたし……うん、強度的に限界だったんだろう。
多少、溜撃を溜め過ぎた気がしないでもないが。
いやいや、衝波は無色透明な攻撃だ。空気の揺らぎこそ発生するが、それでも非常に見えづらいことに変わりはない。
きっと僕以外にも同時に攻撃した者が居たんだろう。特に【煌拳】なんて、そもそも衝波を僕に教えてくれた人だ。溜撃だって覚えているはずだし、レベルだって僕より高い。
全く、少しばかり強くなったからといって、自惚れている場合じゃないだろう。
攻撃タイミングも明らかに被り易い状況だったというのに、その程度の偶然で勘違いを起こすなんて。
「アレックス・ケンドール」
凛とした上品な声色で、僕は僕の名が呼ばれたことを自覚する。
それはすぐ後ろから聞こえた声であり、最近になって比較的頻繁に聞くようになった声でもある。
つまるところ、それは紅紫のエクスナーの声だということだ。
タイミングが悪いというべきか否か。妙なことを考えてしまいそうな僕の動きはぎこちなく、何とか表情だけでもと取り繕ってから振り返る。
「ようやく敵の主力がお出ましですわ。これよりワタクシの前衛を務めなさい」
振り返った先、本当に僕のすぐ傍までやって来ていた紅紫のエクスナーは、思わず見惚れてしまいそうなほど素敵な笑顔を浮かべて僕のこれからの務めを決定した。
溜め過ぎました。