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第二二二話 翼を持つ者8

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 果たしてまだ敵は潜んでいるのか。その答え合わせは、すぐにできることとなる。


 飛行能力を持つ魔物の群れを墜とした場所からは、戦いを続けている中で随分と離れていた。

 馬鹿正直にそんな場所から異変が発生したのは、一周回って予想外だったと言えるだろうか。


 黒に近い紫色の球体が見えたと思えば、その下の地面が陥没した。更にその球体は急速にこちらへ向かって飛んできており、やはりその直下は陥没していく。


「全員回避を!」


 エルさんのその言葉に、本人を含めて仲間全員が素早く動いた。

 各々射線上から逃げるべく、かつ軌道が変わる可能性も考えて、黒紫の球体を視界に収めたまま回避行動を取る。


 これまた一周回って予想外なことに、球体はそのまま直進。この場で唯一状況判断ができる状態になかった強欲(アワリティア)が直撃を受け、地面に沈んだ。

 球体は強欲(アワリティア)の真上で停止し、なるほど強引ではあるが仲間の保護という目的があるのだろうと推測された。何せあれでは俺達も近付けない。

 ……一応、保護だよな?


 (いささ)か確証に欠ける推測はひとまず置いて、改めて球体が飛んできた方角を見る。

 そこには大量の魔物の死骸が残っており、その中心にはヒトらしき存在の姿があった。


「ああ、情けないな強欲(アワリティア)。結局、ボクが働いた方が早いんだから」


 風魔法でそちらの方角からの音を拾ってみた。

 すると聞こえたのは落胆を隠そうともしない、気だるげな声だ。声変わり前の少年のそれに聞こえ、身体的特徴も踏まえて違和感は無い。

 黒紫色のボブカット。深緑色の双眸。小柄でもなく大柄でもない、何処にでも居そうな少年の風貌といえる。

 ただし、ここが戦いの場であることを考えれば、街中の普段着のようにラフな恰好には違和感を覚えた。


「リク君の読み通り、まだ潜んでいた敵が居たようだね」


 エルさんはそう言いつつ、俺に目配せしてきた。更にまだ(・・・・)敵が潜んでいる可能性もあるので、それを警戒しろということだろう。


 こちらの警戒を無視するように、新たに現れた少年は歩いてこちらへ接近してくる。


 相手の出方を見る意味でも、俺達はそれを静かに待った。


 そのまま、普通に会話ができる程度の距離にまで接近して。


「初めまして、白のラインハルト。あとは他の人達も」


 呑気とも思える挨拶の言葉を発し、少年は立ち止まる。

 実に堂々とした(ふてぶてしい)振る舞いだ。


「ボクはアケディア。怠惰(たいだ)の名を与えられた、その名通りの怠け者だよ」


 ここまで仲間がやられて初めて動いた事実に鑑みれば、確かに怠け者か。

 しかしながら、マップ上から消えた(・・・)強欲(アワリティア)のマーカー、そしてその位置(・・・・)から動き始めたエミュレーター・コピーの反応を見てしまえば、額面通りに受け取ってしまう訳にもいかない。


 エディターの切っ先を、地中を進む(・・・・・)エミュレーター・コピーの方へと向け、風を放つ。風は大地を穿ち、エミュレーター・コピーに命中。いつもの如く高密度に圧縮されていたそれは、地中で炸裂した。

 それによる衝撃に耐え切れず巻き上げられた土砂の中に、槍の形をしたエミュレーター・コピーがある。


 空中でくるくると回転し、槍は地面に穂先を刺して停止する。


「怠け者を自称する割には、速やかに仲間を回収しようと動くなんて。意外と仕事熱心じゃないか」


「……黒の神授兵装(エディター)の所有者か。()を発現したのに、君はどうしてそちら側(・・・・)に立ってるのかな?」


 はて。黒であることに特別な意味がありそうな言い方だが、どの程度参考にしたものか。


「そんなもの、こちら側を選んだからに決まってる」


 俺としては何てことの無い、普通の返答だった。けれど相手にとっては、そうではなかったらしい。


 怠惰(アケディア)は思わずといった様子で吹き出し、ケタケタと笑う。


「選んだ。そっか、選んだんだ。白と黒は表裏一体だから、確かにそうなるのもある意味相応しいのかも知れないね、うん」


 こちらはお前の知らないことを知っている、と言わんばかりの意味深な発言内容だ。

 まあ──然程興味は無いな。


「じゃあ敵だ」


 俺が内心でばっさり切り捨てていると、奇遇なことに怠惰(アケディア)も俺を切り捨てたらしい。

 気負いの無い声が聞こえたと思えば、俺に向かってくる黒紫の球体が三つほど現れた。


 球体一つ一つの直径は三メートル程か。先程見たものもそのくらいの大きさだったが、速さがまるで違う。圧倒的に、今出現したものの方が速い。


 俺はエクエスに騎乗したままだったので、ひとまず一緒に風を纏い、速やかに空へと離脱する。


 その間、フランが出してくれたらしい氷の障壁が球体と衝突し、僅かな時間で砕かれ取り込まれた(・・・・・・)

 そういえば、地面の陥没が確認できないな。先程と見た目は同じでも、性質は異なっているらしい。


 エクエスの背中から降りて、自分だけで風を纏う。

 そのままエクエスから大きく離れると、案の定球体は俺を追ってきた。


 エディターをアイテムボックスに収納し、代わりに投げナイフを取り出す。風属性の魔法具となっているナイフだ。


 ──紫電、溜撃。


 通常の紫電よりも思考速度の上昇を優先し、溜撃を高速チャージ。

 ステータスシステムに愛されたアレックス程ではないが、俺にもこのくらいはできるようになった。


 刻まれた風魔法を発動し、特殊運用の重ね掛けをして投擲したナイフは、迫り来る三つの球体の内の一つに真っ直ぐ吸い込まれていく。

 一拍置いて、ナイフを吸い込んだ球体が破裂した。先に吸い込んでいた氷の破片が飛び散り、その中に混ざって今しがた吸い込まれたナイフもある。あるが、まるで何度も鈍器を打ち付けられたかのように歪んでいた。


 ひとまず、球体は無尽蔵に何でも吸い込める訳ではないと分かったのは大きい。というか消去法的に対処法を精査するつもりの手段が、予想外に上手くいってしまって困惑しているんだが。


 ものは試しと、今度はアイテムボックスに入れておいた土砂をぶちまけてみる。

 学校のプールくらいなら満杯にできる程度の量を一つの球体に集中して吸い込ませてみたところ、やはり破裂した。

 物量で攻めるのも有効、と。


 何だよ、見掛け倒しじゃないか。


 今後の為に色々調べるつもりだったが、そう熱心になる必要は無いらしい。

 だから最後の一つは、最初と同じく投げナイフを投擲して雑に処理をする。


 さて、怠惰(アケディア)本人だが。

 新たな黒紫の球体を六つほど出現させ、自身の周囲に展開している。


 フランとマリアベルさんが魔法攻撃を加えて順次球体を破裂させているが、怠惰(アケディア)はその度に新たな球体を出現させて現状を維持してしまう。


 しかしながら、ここには世界最強の冒険者が居ることを忘れてはならない。


 フランとマリアベルさんの魔法がそれぞれ球体を破壊する、そのタイミングが揃った瞬間。新たな球体の出現までの極僅かな時間は、白のラインハルトが間合いを詰めるのに十分な時間だった。

 俺が縮地を用いて発揮するような瞬発力を、洗練された歩法とステータスシステム通常運用の精度の高さによって実現した。


 首を断った。心臓を穿った。脳天から股間まで両断した。四肢を付け根から断った。

 瞬きをする暇も無く、その(ことごと)くが恙無(つつがな)く完了した。


 破壊を免れていた球体も砂のように崩れ落ち、一時の静寂が訪れる。


 ……本当に、これで終わらないのは理不尽が過ぎるな。


 まさしく一瞬にして肉片と化した怠惰(アケディア)だが、その肉片の全てが黒い靄となって地面に沈み込んだ。そして少し離れた場所から縦長に伸びてきて、ヒトの形を成す。

 ご丁寧に服も着ている、先程までと何ら変わった様子の無い怠惰(アケディア)本人だ。


「うん、流石は世界最強の魔法剣士と呼ばれるだけはあるね。ボクもこのまま戦ってたら、リソースを全て使い切らされるかな」


 自身の死を意味するだろうに、怠惰(アケディア)の語り口は何処か他人事のようだ。

 死が怖くないのか、或いは──ここでは死なない確信があるのか。


 ふと気付けば、怠惰(アケディア)の手には強欲(アワリティア)の槍があった。

 俺もマップ表示には常に気を配っていたし、間違い無くつい先程までは怠惰(アケディア)から距離のある場所に刺さっていたというのに。


 原因不明の事態に対し、迂闊に動くのは危険だ。

 俺と同じ考えなのか、エルさんも白の神授兵装(シュトラール)を構えてはいるが動かない。フランとマリアベルさんも同様に、動かない。


「ところで、エミュレーター・コピーには便利な機能があってね。魔物の収納と、魔物が混ざった(・・・・・・・)ものの収納ができるんだ」


 それは既に知っている。けれど、それだけではこの場を離脱する手段にはなり得ない。


「そしてエミュレーター・コピー同士で、ちょっと距離が離れていてもパスを繋げることができる」


 そこまで聞いたところでようやく、俺は電光石火と溜撃を使用した。

 当然の如く標的は怠惰(アケディア)で、けれど振るったエディターの切っ先が届いた時には既に、一本のエミュレーター・コピーしか残っていなかった。


 数十発分の威力を一撃に込めた俺の攻撃は、その場に残っていたエミュレーター・コピーを粉々に粉砕したが、こんなものは千本程ある内の一本でしかない。

 この国の至る所(・・・・・・・)に点在しているエミュレーター・コピーのいずれかに逃げ込まれ、もはや追跡は叶わない。


 なるほど。

 導師の語る敵の首魁は、導師をして捕捉が困難だということだったけれど。その配下もまた、似たようなものということらしい。


「……逃げられた、ということなのかな」


 破壊したエミュレーター・コピーの残骸を睨みつけているところに、エルさんが声を掛けてきた。


「残念ながら」


 どれほど腹立たしくとも、事実は事実として認めなければならない。俺は短く返事をして、エルさんの方へと向き直る。


「四大霊峰が南ズュートケーゲルからの魔物大移動。それがブラフだと分かりました。奴らはそんなことをする必要は無かった。この国中にばら撒いたエミュレーター・コピーによって、概ね好きな場所にすぐさま現れることができます」


 ここまで言って、俺はマップをこの場に居る全員に見えるよう表示した。

 場所は城塞都市アインバーグ。


 リアルタイムで(・・・・・・・)魔物の襲撃を(・・・・・・)受けている(・・・・・)場所だった。

新年一発目の更新がこんな話ですよ!

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