第二一八話 翼を持つ者4
引き続きエル視点です。
強欲の足は大きな爪を備えた鎧に覆われており、その爪は大地を掴んだ。
次の瞬間、僕らとの距離は無くなっていた。
長物である輝煌を縦に振り下ろす。芯を捉えた一撃は強欲の間に合わせの防御を潰し、彼の右前腕は嫌な音を立てて折れた。
しかし強欲は慌てず迅速に下がり、僕から僅かに遅れて攻撃をしたリク君の一太刀を──脇腹に受けつつも、致命傷だけは避けた。
多少の流血こそあったものの、傷は鎧ごと修復されてすぐに元通り。聞いていた情報通り、再生能力があるらしい。
「全身鎧に身を包んでいる割には素早い」
「エルケンバルトさんの一撃を受けて、腕が折れる程度で済んだ耐久力も異常でした」
リク君とフランセットさんは、冷静に敵の考察をしている。
「シンプルに戦闘能力が高いタイプなのかしらね?」
「どうだろう。技量自体はそう大したものには感じられなかったけど」
それを受けてかマリアも考察を始めたらしいので、僕も参加してみた。
「エルを基準に技量を語ったら、エル以外の全人類が未熟者になるわよ?」
「……単純な技量はリク君より数段落ちるくらいだと思うよ」
僅か数秒間の動きを見ただけにせよ、分かることは多い。
高い移動速度は力任せに動いた結果だったし、防御も受け流すものではなく真正面からだった。技量を偽っている可能性は残っているけれど、それならそれで構わない。
僕は静かに、騎獣から降りた。そして輝煌をアイテムボックスに収納し、白の神授兵装を取り出す。
「剣の天才様はやっぱ凄いな。たったあれだけでそこまで見抜かれちゃあ、オレっちも出し惜しみしてる場合じゃなさそうだ」
不穏なことを言う強欲を、黙って見守る道理は無い。間合いを詰めて斬り結ぼう──と考えた僕が動くより先に、ゲイルに乗ったリク君が大薙刀の切っ先を敵に届かせていた。
甲高く鳴り響く、硬質な音。
胸部中心を正確に突いた大薙刀の切っ先は、けれど僅かに刺さって止まる。
「効かねぇよ!」
強欲は服に付いた汚れを払うような仕草で、大薙刀を雑に振り払う。振り払ったように、見えた。
気付けば強欲の背後に居たリク君とゲイルは、隙だらけの首を既に刺し貫いていた。強欲の喉から飛び出た黒い切っ先は赤い血に濡れ、すぐさま引き抜かれる。
普通に考えれば十分な致命傷。しかし敵は普通ではない。
口の端から血を溢しつつ、槍を四方に振るって僕らを牽制してくる。その間に、喉の傷は塞がってしまった。
「あ゛、あ゛ー……。ああ、クソだせぇ死に方するかと思った」
更にその上、どういう手品か一瞬にして頭部も鎧で覆われた。これで分かり易い弱点は無くなったと言える。
「中々、悍ましいものだね。首を貫かれても平然としている人間というのは」
といっても、白の神授兵装があれば鎧は無意味な物になるんだけどね。
静かに自然体で、けれど素早く踏み込む。
まるで僕が突然目の前に現れたかのように慌てて突き出された槍は、半身になることで簡単に避けた。
生身だけを斬るようにした今のシュトラールを、敵の両腕と首をまとめて斬るべく振り抜く。
僕の思い描いた軌跡をなぞって、シュトラールは仕事を終えた。
けれど。
「斬った感触が首の分しか無かったのは、どういうことだい?」
僕が斬ったはずの敵の両腕は、即座に槍を振るって僕に向けてくる。
もっとも、首を貫かれても斬られても死んでいない時点で、もはや驚くには値しないけれど。
だから当然、防御の為に構えたシュトラールが、敵の槍を受け流した。
「オレっちの槍をこうもあっさり流して、更に冷静に質問たぁ傷つくね」
突き、横薙ぎ、振り下ろし。
技術こそ拙くとも、ステータスの高さによって繰り出される怒涛の連撃は、なるほど並の前衛では相手にもならないだろう。速度も威力も尋常ではない。
もし真正面から攻撃を受けようものなら、僕でも押されてしまうはずだ。だからそんなことはしない。
「僕の質問には、答えて貰えないのかな?」
「どうせ見当は付いてんだろ!」
敵の連撃を丁寧に捌きつつ質問を重ねたけれど、素っ気ない返答を貰っただけだった。
「となると、やはり義手のようだね。そして恐らくは、義足でもある」
「ご名答……っと!」
一応の確認として、生身に対してだけ干渉するようにしてシュトラールを振るってみたものの。狙いがあからさま過ぎたか回避されてしまった。即断で大きく後退した敵の足には掠りもせず、ただ空振る。
けれど。
「そんなに僕から距離を取ってしまって、良いのかな?」
優秀な魔法使い姉妹が二人、チャンスをずっと窺っているからね。
僕の斜め後方、左右から。空気をも凍り付かせる極低温の氷柱が、同時に発射された。
軌跡が氷のレールのようになって残りつつ、僅かに高さを変えた二本の氷柱が敵の胴体に突き刺さる。
内包する冷気が解放され、一瞬にして巨大な氷のオブジェを完成させた。
氷の中心では腹部に大穴を開けられた敵が、ピクリとも動かずに固まっている。
「これで終わってくれると良いんだけどね」
「完全に分かってて言ってますよね、エルさん」
右頬に風を感じ、視界の右端に金色の翼が現れる。
「リク君だって、終わってくれるならそれが望ましいだろう?」
「それはそうですが」
お互い前方を警戒したまま、軽口を叩く。
そして──まるでそれが気に食わなかったかのように、一瞬にして氷が砕け散った。
飛来した氷の破片を剣で弾きつつ、視線は前方に向けたまま。
現れたのは、やはり強欲だろう。
だろうと曖昧な表現をしたのは、先程までと姿が大きく異なっているからだ。
全体的には黒く、そして禍々しい赤い紋様が走っている。手足が生物的だという印象は強まり、太く強靭にもなった。頭部は竜種のそれと酷似した形状となり、背中からは大きな翼が生えている。
竜人、とでも表現すべきだろうか。
大きさは比べるべくもないけれど、以前相対した溶岩竜に近いプレッシャーを感じる。
ここからが本番ということだね。
敵の強さを肌で感じ取る系男子。